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2.取扱説明書2P

「……意味わかんねぇぞ」


 渡された黒いコントローラを両手で握りながら、思わず呟いていた。

 ここは異世界であると白ローブの男は答えた。つまりは、異なる文化を持つ世界であるはずだ。元の世界――とりあえず地球と呼ぶ事にする――とこちらの世界、どちらの文明が進んでいるのかはわからない。いや、格付けすること自体ができない可能性があった。

 白いローブに身を包んだ男、そして召喚という言葉。ついでに部屋の内装や照明の質。地球とは異なる方向、科学ではなく魔法という方面に文明が進んでいるのかもしれない。


「状況が理解できたか、指揮者」


「なワケねーだろ。頭おかしいんじゃねぇか、お前」


 大体な、と言葉をつなげる。


「さっきから、俺のことを指揮者とか呼んでるけどな、何だよそれ?」


 オーケストラの指揮をこのコントローラでやれ、とでも言うのだろうか。だとしたら笑えない冗談だ。もっとも、この状況下で笑えるほど図太い神経は持ち合わせていない。


「どうやら、話を聞いてもらえる程度には落ち着いてくれたようだな」


「家に戻してくれるんだったら聞いてやるよ」


 コントローラのボタンを適当に叩きながら、白ローブの男に答えた。目を合わせる気は起きなかったので、視線は手元のコントローラにある。どこからどう見ても、扱いなれたコントローラそのものだ。


「君を呼び出した理由は先程も言ったとおり、我が村を救って欲しいからだ。今、我等は存亡の危機にある」


 その割りに危機感を感じさせない口調だな、と文句をつけたくなる。


「滅びかけた異世界の村と地球の大学生な俺、どう関係あんのよ? 過疎化とかどうしようもねーよ?」


「過疎で滅ぶのなら、まだ許せたであったろうな」


 嘆息のような声だった。白ローブの男が発した、初めての感情だったとも思う。


「村の近隣に、悪しき鬼が住み着いた。人語を解し、魔を操る強大な化物だ。奴は、村を襲わぬ代わりに生贄を要求してきた」


 よくある昔話のような展開だと思った。何となくではあるが、話の筋が読めてきた気がする。


「その悪鬼?の討伐に向かうも甚大な被害を出して失敗、今は怯えながら生贄を差し出して日々を凌いでいる。しかし村人全員が生贄になって全滅するのは目に見えている。そんな感じかい」


「理解が早くて助かる。実情はもう少しばかり複雑だが」


 白ローブの男は言葉を続けた。

 この非常事態に、村人達は領主に助けを求めた。僻地の領主とはいえ、土地と領民を守る責務を負った立場の人間だ。兵士や騎士を派遣し、この悪鬼の討伐に乗り出してくれるに違いない、そういう考えからの行動だった。

 しかし、その領主という人間が、見事なまでに器の小さい男であったらしい。挙兵をするどころか、民を切り捨てたのである。

 悪鬼に向けるべき刃を領民へと向け、あろう事か彼等を村へと幽閉した。そして悪鬼から贄の要求があれば、その走狗となって犠牲者を選定し、悪鬼の下へと送り届ける始末だ。領主曰く、村ごと領地の盾となり時間を稼ぐのだ、というご高説であるらしかった。


「絵に描いたような屑だな、そのご領主様っての」


「否定の余地はない」


 無機質一辺倒だった声に皮肉が混じって聞こえたのは、気のせいではなかっただろう。距離を測りかねているのはお互い様だったのかもしれない。


「このままでは、悪鬼と領主の一存で村は滅んでしまう。そこで私は一計を案じた。お師匠様から譲り受けた数多の書を読み解き、秘術を用いることにした」


 秘術の名は“魔導兵”と言うらしかった。白ローブの説明を噛み砕くと、概要はこうだ。

 魔術による刻印を施した鎧の中身を魔で満たし、遠隔操作することができる秘術であるらしい。魔を動力として活動する“魔導兵”の力は、人間のそれを遥かに凌駕する。また、あらゆる攻撃を受けても痛みを感じない。ただし、鎧内部の魔が尽きれば“魔導兵”は停止してしまう。要するに、魔をエネルギー源として戦うロボット兵みたいなものだろう。そう理解した。

 しかし、ここまでの経緯を聞いて、素朴な疑問が浮かんだ。


「あんた、いわゆる魔法使いって奴?」


「分類としては間違っていない」


「すっげぇ単純な質問なんだけど。鎧を操り人形みたいに動かせちゃう立派な魔法使いだったらさ、悪鬼なんか強ぇ魔法で一発! みたいな事できねぇの?」


 誤解があるな、と前置きして白ローブは答えた。

 まず、自身は大きい括りでは魔法使いに違いないが、炎や氷雪、雷に代表される自然現象を操る魔法使いではないということ。イメージしていた魔法使い像は、こちらの世界では魔術師と呼ばれるらしい。対して、白ローブの男は物品に魔法を施し、様々な魔道具を生み出すことを生業としている付与術師と言われる魔法使いであるとのことだった。


「専門分野の差だな。君が想像するような魔術が使えない訳ではないが、あの悪鬼に通じる習熟度はない。あくまで“魔法使い”の嗜み程度だ」


 そう説明した白ローブの男の声には、僅かに自虐が含まれているように思われた。それが出来ているのならば、すでに実行に移している。そういう事だろうか。


「何となく話は見えてきたけどさ」


 付与術師が秘術で創り出した“魔導兵”。そして手渡されたコントローラ。ここまでご丁寧な説明がなされれば、いくらなんでも察しがつく。つまりは、コントローラで“魔導兵”を操作し、人々に害をなす悪鬼を倒すため呼び出されたのであろうと。まさか異世界に召喚された上に、魔物討伐アクションゲームをさせられる羽目になろうとは想像が及ばなかった。

 だが、それでも疑問は尽きない。


「“魔導兵”の操作なんてあんたがやれば良いじゃん。俺、いらなくね?」


 製品の知識は製作者が一番詳しい道理だ。素材から詳細なスペックまで、知らないことなどあるまい。

 これについて、白ローブは明確な否定をした。


「事は単純ではない」


 曰く、一人で“魔導兵”を動かすには三つの魔法を同時に操る必要があるのだという。

 一つ、命令。いわば戦闘用操り人形である“魔導兵”は、術師からの命令がなければ動くことはない。単純な命令――歩け、跳ねろ、戦え程度のもの――を一度与え、それを実行し続けることは可能らしいが、とても実用的といえるレベルではないらしい。戦え、だけでは攻撃相手を補足し、ひたすら殴りかかるのが精一杯。動きも直線的で緩慢、とてもではないが悪鬼を打倒することは叶わないだろう。常に新しい命令を発し続ける必要がある、そういうことらしい。

 一つ、命令の伝達。“魔導兵”に命令そのものを送り続ける行為だ。これが途切れてしまうと、“魔導兵”はただの鎧に成り下がる。動きを止めた鎧など、サンドバッグに等しい。

 一つ、視界と聴覚の共有。術者から離れて活動する“魔導兵”を思い通り動かすには、“魔導兵”が視るもの、聞こえるもの、それらを操作する人間も見られるようにしなくてはならない。これがなければ、目隠しに耳栓をして戦闘するようなものだ。


「この身の未熟ゆえ、同時に複数の魔法を操ることに長けていない。全力を尽くして二つを平行して実行するのがやっと。それも、難度の低いもの二つを、だ」


 その二つが、命令の伝達と視界・聴覚の共有なのだろう。

 命令は、いわばコントローラでのコマンド入力に他ならない。状況を瞬時に判断し、最適な行動をすぐさま打ち込む。確かに、他にも集中しなくてはならないものがあるのならば、一番難易度が高いのも頷ける。アクションゲームで相手との交戦中、スマホでSNSを更新しながら漫画を読めと言われたってできる訳がない。そう考えると、二つ同時に魔法を使えること自体、凄いことなのかもしれなかった。


「まぁ、事態は理解できた。飲み込めたとは言いたくないけどさ」


 自分がコントローラを握るプレーヤーである事は地球のゲームと大差ない。大きく違うのは、目の前の白ローブがゲームハード本体であり、モニタであり、インターネットケーブルであるということだ。要約すればこういうことだろうと、とりあえず自分を納得させた。

 だが、それでもまだ。納得できないことがあった。これについては、未だ明確な回答がない。


「どうして、俺なんだ?」


 対して、そんな事か、と白ローブは淡々と能書きをたれ始めた。


「異世界には“やぽん”という国があり、そこには“魔導兵”の指揮者に最も相応しい“あくしょん・げーまー”と呼ばれる異能者が数多いるという。すべてお師匠様の残した書にあったとおりだ。私が魔道具を用いた召喚によって望んだことは、最も士気の高い“あくしょん・げーまー”をこちらの世界に招くこと」


 この説明に、思わず苦笑いで顔を歪ませてしまった。

 つまりは、新作ゲームを夜通し遊ぶ覚悟を決めたことが、見事その条件に引っかかってしまった。だとしたら、どれだけ気合を入れて舞い上がっていたのだろうか。大学生にもなって恥ずかしい、と田舎の母親にも呆れられそうだ。


 思わず腰に両手を当て、俯くと同時に今日一番のため息を吐き出していた。

初めてブックマークをしていただきました。

ありがとうございます。


次回投稿は明日の同じ時間帯を予定しています。

よろしくお願いします。

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