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油揚げと、油揚げの巾着たまご煮の話


油揚げと冬貴くんの話


「こんなに沢山……?」

「そう!全国の特徴なものを集めてみたんだよ!美味しそうだと思わないかい?」

「美味しいものだということも、君の好物だということも、重々承知しているのだけれど、何故こんなにも沢山あるのかしら」



ニコニコと喜びに溢れた表情をした彼の今日のお土産は、北は秋田県由利本荘の「大内三角油揚げ」から南は熊本県玉名郡南関町の「南関揚げ」と、全国の多岐にわたるご当地油揚げだ。



三角形をしたもの、長方形なもの、厚揚げのようか分厚さをしたものと、パッと見だけでも特徴がはっきりと現れている。



この豆腐を油で揚げたシンプルな和食材は、彼の好きなものの1つでもある。



「今日、仕事帰りに百貨店に行ったら、ご当地食材フェアをしていてね。そこに見事なまでの全国カバー率で販売されていたんだよ!僕は感動してしまって!」

「それで、思わず買って帰ってきてしまったということかしら?」

「そういうことになるね!」


嬉しそうな顔をしながら、各地の油揚げを手にとって見ている彼に、さて、どうしようと私は大量の油揚げを夕飯の献立にいかに組み込もうかと思案し始める。




「もちろん君は、この食材のこだわりの食べかたはあるのよね?」


そう問いかけた私に、彼は「待ってました!」といわんばかりの表情を浮かべてガタン!と立ち上がる。



「まずは秋田の大内三角油揚げからにしようか」



そう言って、わざわざバサリと広げ置いた日本地図に合わせて、買ってきた油揚げを並べていた彼は、まず初めにと秋田県に置かれていた三角形をした厚みのある油揚げを手に取った。



「まず、美晴さん。油揚げと厚揚げの違いは何だと思う?」

「………えぇと…材料はどちらも揚げた豆腐なのだから、厚みの差、ということかしら?」

「うーん。正しいといえば正しいのだけど。ほんの少し足りないものがあるね」

「あら。それなら、油揚げ好きの君が、私に違いを教えてくれる?」

「もちろんだとも!まずは、僕の大好きな油揚げも、厚揚げも美晴さんの言う通り、豆腐を油で揚げたものだね。油揚げは薄切りにした豆腐を使うから、中まで揚がっている。それに比べて厚揚げは、生揚げ豆腐とも呼ばれて、一般的には、木綿豆腐を水切りしてから、高温で揚げる。だから厚揚げの表面は油でカラリとした食感をしているのだけど、中までは火を通さない。あくまでも、厚揚げの中は生豆腐のままということが1番大切なんだ」

「だから厚揚げは豆腐の味がしっかりと残っているのね」

「そういうことになるね。それと、絹豆腐で作れば、美晴さんが好きな絹揚げと呼ばれる厚揚げが出来上がるよ」



厚揚げは焼いたり煮たりおでんも良いよね、と少し厚みのある油揚げを眺めながら彼は楽しそうな表情で厚揚げの食べかたを考え始めている。


そんな彼の様子を見ているのも楽しいのだけれど、そろそろ夕飯の支度を始めなければ、その後に控えているお風呂や寝る時間が遅くなってしまう。


とりあえず、厚みのある三角油揚げは、網焼きなどで表面をパリッと焼き、醤油や七味などで食べることにしようと決めた。七輪は先週、秋刀魚を焼くのに使い、まだ縁側に置いたままなので、焼網が置いてある土間へ向かおうと立ち上がれば「そして、油揚げはね」とするりと私の横へと立ち並んだ彼がそのまま言葉を続けている。

その動きに、首を傾げて立ち止まれば、彼が不思議そうな顔をして振り返った。



「美晴さんどうかした?」

「……いえ、君が急に立ち上がったものだから、どうしたのかしら、と思って」

「どうしたのって、何か取りに行くのだろう?僕が持つよ」

「大丈夫よ、それくらい」

「良いんだ。僕が持ちたいのだから」



そう言った彼の表情はとても柔らかなもので。


まるで



「君は……豆腐みたいね」

「同じ豆腐なら油揚げのほうが僕は嬉しいかな。美晴さん、網はコレでいいかい?」

「えぇ。助かったわ」

「美晴さんのためならいつでも。なんたって僕は美晴さんの旦那さんなのだし!」


焼網を片手に持ち、家の中だというのに彼の空いていた片手が私の手を握り、「それでね」と言葉を続けて歩きだした彼に、小さく笑いが溢れる。



「なに?何か面白かったのかい?」

「いえ、別に何でもないの。続けて?」

「そうかい?じゃあ……、ええと、そうそう、それでね。油揚げ自体の歴史はとても長く、一説によると室町時代には誕生していたと言われていて、元禄10年(1697年)に刊行された「本朝食鑑」に、今の油揚げと同じ作り方で、【豆腐を薄く切って水気を切り、油で揚げる】と、記載されていたのだけどね。あ、そうそう!安土桃山時代には天麩羅が登場し始めていたらしいんだ。

きっと、室町時代以降に定着し始めた豆腐と、その豆腐を油で揚げて食べる、という流れは自然と生み出されたことなんだろうね」

「そうかもしれないわね」


カシャ、と台所の片隅に焼網を置いた彼の「七輪を使うのかい?」という質問に「用意してくれると助かるのだけれど、お願いしても構わないかしら?」と答えれば「任せて!」と頼もしい声が聞こえる。


その声を聞き、まずは、関東育ちの私にとって一番親しみのある厚みの薄いの油揚げは、卵の巾着煮にしようと決め、七輪の用意を始めた彼に背を向けて、私は出汁をとる準備を始めるものの、ふと、疑問に思ったことがある。


「けれど、その時代は油は貴重なものだった、と記憶しているのだけれど、私の思い違いかしら?」


確か、授業などでそう習ったような気が、するのだが。


湯を沸かそうと、水を汲んだ2つの鍋のうち、1つを火にかけ、鰹節と、キッチンペーパーをざるに用意する。


「その通りだよ、美晴さん。その当時は油は貴重なものだったから、僕たちのような庶民に食用油が浸透したのは、江戸中期くらいと考えられているんだ」

「それなら、当時の人たちには油揚げはとても贅沢なご馳走だったのでしょうね」

「それがね。油揚げ自体は、江戸時代中期には、もう僕たち庶民の味方だったんだよ」

「そうなの?」

「うん。ええとね。まず、江戸時代初期の頃は豆腐は確かに高級品として扱われて、いわゆる『ハレの日』にしか食べられない食材だったんだ。けれど、平和な世の中になるにつれて、食文化も徐々に豊かになっていって、庶民の生活にも食用油が浸透していったんだろうね。でもまぁ、そうは言っても、自宅で油揚げを作っていた家は殆ど無かったんじゃないかな」

「あら、何故?」

「ほら、歴史博物館とかで見たことあるだろう?江戸時代の一般庶民の家は、殆どが長屋造りで、台所も狭くて、自宅での揚げ物は無理があったんだよ。けれど、この頃は豆腐屋さんがお店で揚げて、売りに歩いてきていたらしいんだ。『油揚げ〜油揚げはいらんかね〜』ってね」


何処かの誰かを想像しているであろう彼は、楽しそうに身振り手振りをしながら説明を続ける中、私は沸騰した鍋の火を止め、パサリと削り節を鍋へ入れる。


「豆腐と違って、油揚げは日持ちもするし、軽い。きっと、店側と客側、どちらにも利点があったのが油揚げだったんだろうね。でもね、油揚げが普及した理由はまた別にもあってね」

「他に理由があるの?」

「そうなんだよ!それが、いなり寿司、なんだ」

「どうしてそこでいなり寿司が出てくるの?」


削り節を入れてから約2分。鍋に入れた削り節をキッチンペーパーを敷いたざるに漉す。


ふわ、と鰹だしの良い匂いが鼻先をくすぐる。

濁りのない琥珀色が、白い鍋に映えるが、今、欲しいのは煮物に使うニ番だしであって一番だしでは無い。

さっき用意をした水を汲んだ鍋に、一番だしのだしがらを戻し、もう一度火にかけなおす。


ーー煮物には二番だしを使うほうが、旨みがしっかりと出て美味しくなるのよ


料理の上手なお祖母ちゃんが煮物の味を教わる時に、いつもそう言っていたことをふと思い出して、一人小さく笑う。


「始めの頃のいなり寿司は、味をつけていない油揚げで包んだものを、わさび醤油につけて食べていたようなのだけど、実はそんなに人気が無かったんじゃないか、と僕は考えているんだ。けれど、砂糖と醤油が普及し始めた時に、何処かのの誰かが、甘く、もしくは甘辛く煮つけて、鮨飯を詰めて売り出した。その時の人達の驚きと、衝撃の美味しさは、きっと、僕が初めて美晴さんが作ったいなり寿司を食べた時の驚きと感動に近いものがあったんだろう、と僕は思うよ」

「それは……言い過ぎじゃないかしら」

「いいや、言い過ぎなんかじゃないね。美晴さんはもう少し自分の料理の上手さを自覚するべきだよ!」

いつも言ってるのに!と何故かやたらと熱く語る彼に、私の作る味は一般的な家庭の味のはずなのだけれど、と先ほどとはまた違う理由で、また一人、小さく笑った。




「美晴さん、この大根、使ってもいいかい?」

「構わないけれど、何に使うのかしら?」

「福井県、竹田地区の油揚げのトッピングには大根おろしと七味唐辛子がピッタリだと思うのだけど、どうかな?」

「君が美味しいと思う味なら、私に異論は無いけれど……大根おろしに使うのなら、君が今、手にしている先端部分よりも、茎に近いほうが私は好きなのだけど」

「えっと、辛さが違うんだっけ?」

「ええ。私はそんなに辛いのが得意ではないから……」

「じゃあ茎のほうしよう!美晴さんにも美味しく食べて欲しいからね」


卸金どこだっけ〜?笑顔を浮かべながら言う冬貴に、ごめんね、と謝れば「美晴さん、やっぱり可愛い」とよくわからないけれど満足そうな顔をしてまた柔らかく笑った。





「良い匂い。煮物の匂いだね」


大根をおろしながら、冬貴がくん、と鍋の匂いに反応する。


「ええ。卵の巾着煮にしようと思って」


先ほどのだしがらを戻しただし汁は弱火で三分から五分、煮出してからほんの少しの鰹節を加えて2分ほど置く。

その二番だしを1と1/4カップ分、鍋にとり、そこに醤油大さじ1と1/2、みりん大さじ1、砂糖大さじ1と1/2をいれ、煮立てる。

煮汁が沸騰するまでの間に、半分に切った油揚げを用意し、口を開けた油揚げに卵を割り入れて、爪楊枝で止める。



しゃこしゃこしゃこ、と大根おろしをすりながら、私の横に並んだ彼が、じっ、と私の手元と私を、楽しそうな表情をしながら交互に見つめている。



「どうかしたの?」

「ん?どうもしていないよ?」

「そう……味見をしたいのかしら?」

「したい!」



パアァと明るい表情をした彼に、クスクスと小さく笑いながら、煮汁を小さな小皿に少しだけとる。


「ん。いつもも同じく美味しい!」

「そう。良かった」


ニコニコと嬉しそうに笑う冬貴に、ふふ、と小さく笑いながら先ほど作り終えた巾着を煮汁へ入れ、落し蓋をする。


ここからは火の調整をしながら、味を染み込ませていくだけだ。




「食べた瞬間に、じゅわーって口の中に広がる煮汁と、卵、油揚げの味……!あー、お腹空いてきちゃったよ」


そう言った彼の言葉に反応するように、冬貴のお腹が空腹を知らせる音を鳴らす。



「ふふ、ご飯もあと少しで炊けるから、まだ少し待っていて?」

「……我慢します」



お腹を抑えながら言った冬貴に、また小さく笑う。

「美晴さん、卵が半熟なやつも食べたいなぁ」といつものように言われるのは、きっと、このあとすぐのこと。





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