段ボールおじさん(陽)
タイプ1:盲目少女
タイプ2:銀髪
性格:マイペースで少し頑固者。
特質:パンの種類を匂いであてる。
わざ:さんぽ 歩く 走る 利きパン
忘れた水筒の代わりにケーラさんに奢って貰った午後ティーのペットボトルに口を付ける。少しお腹が空いたけど、お昼には梟公園でケーラさんが試作パンのフルコースをご馳走様してくれるので我慢。
私はその場面を想像して少し鼻息を荒くしながら歩いている。
住宅街を壁伝いに歩いてしばらく行くと、北方の森、八ツ森の資産家、北白家所有の森が近付くに連れ、風景に緑が多くなってきているはず。等間隔で並ぶ木の幹のザラザラした感触が手に心地いい。盛り上がった根には気を付けないと転んで片手で抱えているパンを落としてしまいかねない。そうなったら由々しき事態。
私は八ツ森でも東に位置する木漏日町を起点に反時計周りで市内を大きくぐるりと一周する。特に義務と意味は無いのだけど、私の中ではこうする事がいつの間にか日課になっていた。
目の見えない私には普通の人に比べて極端に出来る事が少ない。
本を読む。テレビや映画を視る。
ゲーム、パソコン、携帯、自転車、電車で移動するにも色々不便だ。
幸いな事に道に迷えばこの八ツ森市では一定の基準を満たした障害者に対しては無料でタクシーを利用出来る。しかも24時間体制でそれらは市内を駆け巡っているのでいざという時に頼りになる。あ、確かここ数年で一般の人でも無料で利用出来る様になった気がする。何でだったかな?まぁいいや。
あとは買い物をするのにも人に頼らなければならない。小銭やお札の見定めは出来無くもないけど時間がかかってしまうのでお店の人に頼りっぱなし。私は人の善意で生かされている。それはとても有り難い事だけど、いつも寝る時に感じるのは自分自身の不甲斐なさ。
私も誰かの役に立ちたい。
誰の力も借りずに1人で生きてみたい。
そんな事を考えつつ、私はこの大好きな町を巡回して見周りを行なっている。盲目の少女がうろうろしてもさして役に立たない事は分かっているけど、歩く事。それが私の唯一1人で出来る事だから。
今日も八ツ森の北方に異常は無し。
私は北の森の方を眺める様に顔を上げる。この北方の森で確か六年前ぐらいに行方不明だった女の子が1人で下山てきて、手に握られたナイフで40人もの人間を斬りつけた事件があった。他にも恐ろしい事件は一杯あるけど、下山した9歳の女の子が大の大人相手にそこまで立ちまわれたのには別の何かが彼女に影響を与えていたのかも知れない。
丁度二年前ぐらいかな?
この北方の森で悲惨な事件が起きた。
先程の下山した女の子も実はその事件の被害者だった事が分かって、この森の地主さんがその事件の犯人だとラジヲで聴いた気がする。
あ、テレビは見れないけどラジヲは聞けるので有り難い情報源だ。
その悲惨な事件は「八ツ森市連続少女殺害事件」と名付けられて、人々の間では通称生贄ゲーム事件って呼ばれてる。その地主の人は弱まった森の結界を強める為に幼い女の子の生贄を必要とした。
分からないのは、生贄が本当に必要なら1人で事足りるはず。
わざわざ小さな女の子二人を誘拐して殺し合いをさせて、生きる資格を得た者を生かし、資格を得る事が出来無かった者はその地主の人に殺された。考えただけで嫌になる。
私はその事件当時、何かの異変に気付いていた。
肌がピリピリと逆立ち、背中に悪寒が走って、何かとてつもない暗く重く、そして激しい圧力を感じた。私はそんな予兆を肌で感じながら気の性だと決めつけて何も動こうとしなかった。
最終的にその生贄ゲーム事件の被害にあった子達は9人にも及んだ。その中の生存者はたったの4名だ。
もしかしたら、私に誰かの未来を救えた結末があったのかも知れない。そんな後悔が頭を過る。
けど、そんな事は只の空想論だ。
目の見えない私にそれらの凶行を止める事など出来ない。私も誰かが起こした何かの事件の被害者だ。
その事件は10年以上経った今も犯人が特定されずに未解決状態。私のあの優しかった兄は肉体をミンチ状に粉々にされて殺された。そして私は、両目を抉りとられていた。
その時の記憶は朧気でハッキリと覚えていないけど、痛みも無く、どういう訳か恐怖感は抱いていなかったと思う。もし、当時6歳の私がその事件の記憶を鮮明の覚えていたとしたら、自ら命を絶っていたかも知れ無い。
私が難しい顔をしながらいつものコースを歩いていると、誰かから声をかけられる。
この声は大きな梟公園内の通り道に段ボールのお家を構えるおじさんだ。多分、30代後半ぐらいできっとシブメンだ。
「芽衣さん?どうしたんだい?難しい顔をして?」
私は眉をひそめたままおじさんに挨拶をする。
「こんにちわ。段ボールおじさん。今、私は過去に思いを馳せて後悔の念を抱いているのです」
名前を教えてくれないそのおじさんの事を私はその家の特徴を冠して段ボールおじさんと呼んでいる。時々、寒い日は頭に段ボールの箱を被って、体に段ボールを装着しているとも言っていた。
「芽衣さん、哲学ですね」
「うん。哲学してるの」
「今日もいい天気ですね」
「うん、とっても温かくて心地いい、春の陽気」
「芽衣さん?それ雀かい?」
私の頭にはどういう訳か雀が居座ってしまっている。馴染み過ぎて私も忘れていた。
「そうなの。友達の儀式の生贄にされそうだったから助けたら、懐かれちゃったみらい」
「まるで舌切雀みたいだね」
「私は慎み深い淑女だから、小さい方を選ぶからきっと大丈夫」
「うんうん、賢明だね」
このおじさんも、私の目には少し輝きを帯びて見えている。その色合いは不思議で他の何ものとも似つかないオーロラの様な揺らぎ方をしている。ごく稀にこういった輝きを帯びている人を見かける。なんだろう?この違いは?良く分からないし、気のせいかも知れ無い。
そう言えばあのパン屋のケーラさんも不思議な紫がかった煌めきを帯びている。
良い人は輝くのかな?
段ボールおじさんのお腹が鳴る。
「ごめんごめん、そろそろご飯を調達しにいくよ」
「うん。あ!これ良かったら食べませんか?」
私は紙袋からメロンパンを取り出して差し出す。もうすぐお昼だからメロンパンは食べなくてももう大丈夫。
「パンの・・・・・・耳?」
あっ、間違えた。私は慌てて紙袋にパンの耳を仕舞うと、丸っこい方を差し出す。
「メロンパンですね、私の大好物です」
「うん、私も大好物です」
「いいのかい?」と少し遠慮気味に段ボールおじさんが伺いを立てる。
「うん。この後、梟公園の大時計の近くのベンチで、ケーラさんがパンをたくさん持ってきてくれるの」
段ボールおじさんが、嬉しそうに笑い声を静かに上げながらメロンパンを受け取る。
「女王と芽衣さんは本当に仲良しですね」
「うん、ケーラさん大好き」
この段ボールおじさんはずっと前からケーラさんとは知り合いみたいで、彼女の事を何故か女王と呼んでいる。
「あ、僕も少し出掛けないといけないんだ。また明日ね、芽衣さん」
「うん。また明日ね?空き缶拾いのお仕事頑張ってね!」
「今日は少し違うんだけど、それじゃあね?」
「バイバイ」
私はおじさんの揺らめくオーラを頼りにその方向に手を振る。砂を踏む足跡が耳に届いて、その場を去るのが私にも分かった。その声の後半がくぐもった事から、メロンパンを咥えたようだった。
私も歩き出して、しばらくすると私の背後から自転車のベルが聞こえてくる。
「芽衣さーん!少し早いですが焼き立て持って来ましたよー!」
この声はケーラさんだ!
「お惣菜パンの匂い!」
ケーラさんが嬉しそうに笑い声をあげながら私の横に自転車を止めて降りると、カラカラと自転車を引っ張りながら私に並んで歩いてくれる。
「ケーラさん!お仕事お疲れ様です!」
ケーラさんが優しく微笑んだ気がして私の頬に手を触れ、そして頭の上に鎮座する雀さんにも触れる。
「芽衣さんのボディガードは頼りがいがありそうですね!ね?チュン太?」
「あっ、ずるい。ケーラさん、勝手に名前つけないで下さいよ」
「フフッ、ごめんなさい。なら何がいいかしら?」
「うーんと……オニスズメ?」
「お、おに?鬼には見えませんけどネェ?」
「クツバシティでカモネギーと交換するの」
「???」
「ごめんなさい。チュン太にします」
私の名前は陽守芽衣。頭に雀のチュン太を乗せた17歳の盲目少女です。照れ隠しに自己紹介してみる。私の「目」から見た八ツ森は今日も平和な様です。




