雲雀公園(陽)
チョココルネ?コロネ?どっちだっけ?
目に白いリボンを巻いた私はゆったりとマイペースに決められたコースをお散歩している。優しい風にリボンが揺れてなびいているが分かる。通学路からそう距離の無い公園、広い空き地に少しの遊具が備え付けられている雲雀公園へとたどり着くと、私がいつも腰掛けるベンチを目指して移動する。近くに雀の鳴く声を聴きながら。ペンチの汚れ具合を確認した後、ゆっくりとそこに腰を降ろす。
「フン、フフフーン♪」
少しずつ上がっていく気温を肌に感じながら私は大好きな曲をハミングする。近くに雀の鳴き声と地面を棒でガリガリと削る様な音を聞きながら。地面を削るその少年に声をかける。
「雀さんを儀式の生贄にするのは芽依お姉ちゃん賛同出来ないなぁ」
私に構わずにガリガリと地面に紋章を描き続ける少年。
「やってみないと分からないだろ?」
「分かるよ、一度失われた死者の命が蘇る事はないんだよ」
私の言葉に「そんな事はとっくに分かってるよ」と答えながらも魔法陣の錬成を再開する少年の名前は「久瀬浩樹」君。現在進行形で半年以上学校に通わずにこうしてこの空き地でひたすら魔法陣研究に心血を注ぐ小さな9歳の男の子。きっと可愛い。
私はそっと立ち上がるとその魔法陣の中央に生け贄にされている体を紐でぐるぐる巻きにされた雀を解放してあげる。どうやって捕まえたんだろう。浩樹君から邪魔をするなと溜息を吐かれてしまうが私の行動を中断させるつもりは無いらしくそっと見守ってくれている。
雀が嬉しそうに私の周りを飛び回るとまるでそこが指定席であるかの様に私の頭の上に羽を止めて鎮座してしまう。……ま、いいか。
「ありがとう、浩樹君。新しいお友達が出来たよ」
「そっか、良かったな。結果オーライ。あ、芽依さんおはよ」
「おはよう。浩樹君」
私は浩樹君の書いた魔法陣を踏み荒らさない様に気をつけながら元居たベンチに腰をかけなおす。私にはその線が微妙に光を帯びているように見えるからどこにそれが描かれているかが分かる。……儀式が成功しちゃったらどうなるんだろ?チュンチュンと私の頭の上に居座る雀が鳴いてくる。
「ケーラさんに、パンの耳もらわなくっちゃね」
雀って何を食べるのかな?パンでいいよね?ミミズとかだとちょっと嫌だな。生け贄が居なくなってしまったにも関わらず、地面を削り続ける浩樹君が私にそのまま話しかけてくる。
「ケーラさんって、パン屋の?」
「うん。すごく親切な外人さんできっと美人」
「その人なら多分知ってるよ。登校拒否する前に何度かそのパン屋で外人さんを見かけたから」
「美人さんだった?」
「うん。よく分かんなかったけど、芽依さんの2倍ぐらい大人っぽくてお淑やかな人だったよ」
「いやいや、多分10倍ぐらいちがうよ。髪の色や目の色は何色だった?」
浩樹君は会話をしながら近くある石ころを集めて魔法陣の中央に集めているようだった。
「ん?黒っぽかった気がする。眼も俺達と同じ黒色だったから初めは少し彫りの深い日本人かと思ったけど、肌の色は白いし、カタコトだったからやっぱり外国人かな?」
私は生まれつき目が見えないんわけじゃ無いから、頭の中に色彩の記憶がしっかりとあるので色の感じは分かるの。
「よく見てるじゃない。やっぱり男の子ね。美人さんには弱いのね」
「うるさい」
もくもくと作業を続ける浩樹君。その傍らにはきっと魔術に関する書物が積まれているんだろうな。浩樹君はまだ9歳なのに大人の人でも読むのが大変な昔の書物を頑張って読み解いていった。私なんて点字ぐらいしか読めないから到底真似出来ない。そんな彼に声をかける。
「今日は成功しそう?」
その言葉に悲しそうに微笑んだ気がした浩樹君。
「芽依さんに生け贄とられたから、失敗っぽい。やっぱその辺の石ころじゃあ対価にはならないよな」
「ごめんね。なんなら私が対価になろうか?」
「ん?考えとくよ。死んだ友達を蘇らせる為に生きている友達を捧げるのは訳わかんないし」
「でも、雀さんはダメだよ?」
「あぁ。猫にするよ」
「ダメ!」
「冗談だよ」
「よかった。それに大丈夫だよ、君の声は死んだ良平君にしっかりと届いているから」
私はゆっくりと宙空、彼へと手を伸ばして撫でる仕草をとる。
「あぁ、気休めでも嬉しいよ。あれ?良平の事話したっけ?」
私は肩掛け鞄から文庫本の一冊を浩樹君に提示する。
「それより、今日もお願い出来るかしら?」
浩樹君が日課の魔法研究を中断して私の横に座る。そしてそっと私の手から文庫本をとると栞を挟んだページの続きから物語を読み始めてくれる。私の楽しみの一つ、公園で死者蘇生の研究に励む少年に本を読んでもらう事だ。今日読んでもらえるのはイソップ寓話集。オラ、ワクワクすっぞー。
「ライオンと狐と鹿」
岩がちの谷に棲むライオンが病気になって、鈍った手足を地に投げ出して伏せっていた。友達の狐が相手をしていたがこれに向かってこう言った。
「俺に生きていて欲しいと思うならば、のことだがな。ごつい松ノ木の下のこんもりした藪に鹿が潜んでいる。そいつが食いたくて死にそうだが、もはや追っかける力がない。お前がその気になってくれるなら、あいつはお前の甘言にからめとられて、手に入るだろう・・・・・・」