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君待つものは

作者: tomato

 昇り始めた朝日が、すみれ色の空をコスモス色に変え、一日の始まりを静かに告げました。

 一本杉の丘の上では、花たちが朝のすがすがしい風に吹かれながら、その葉をゆらしています。

 いつもの朝の光景でした。

 と、突然、騒がしい物音が聞こえ始めました。その音はだんだんと近づいて来ます。

 やがて現れたのは、ここでは珍しい人間の姿でした。

 人間たちは丘の花たちを見て「やっと見つけた」と喜びました。

「やれやれ、こんなにたくさんの花を見つけることができるなんて!田舎まで足を運んだ甲斐があったというものだ。」

「これで式典に間に合いますね。」

「ああ。それじゃあ皆、急いで作業に取り掛かってくれ」 

 黒いスーツに身をつつんだ人間がそう言うと、作業服の人間たちが一斉に動き始めました。

 花たちは驚きました。

 作業服の人間たちが花たちを根元から引き抜いて、次々に箱の中に押し込めていくのです。

 花たちは悲鳴を上げました。風が吹き、一本杉がその枝を揺らします。

 スーツの男は叫びました。

「花を傷つけないように気をつけてくれよ」

「わかってますよ。価値が無くなってしまいますからね」

 結局、花たちの悲鳴も、杉の木のざわめきも、人間たちには届きませんでした。

 やがて人間たちは去り、そこにはぽつんと立った一本杉と多数の穴ボコだけが残されました。

 

 暗く狭い箱の中、がたごと揺られながら花たちが辿り着いた先は、大きな会場でした。

「よくやったな。ここらじゃ、その辺の花屋は全て品切れ状態で困っていたところだよ」

 箱が開けられ、花たちを見た年配の人間が例の黒いスーツ姿の人間に声を掛けました。

 黒いスーツ姿の人間は、年配の人間に声をかけられると背筋を伸ばし、緊張した様子で何事か答えていました。年配の人間が離れていくとホッと息をつき、上機嫌で作業服の人たちに花たちを飾りつけるよう指示を出し始めました。

 そうすると、花たちは次々と箱から取り出され根を切り落とされ、しかるべき場所に配置されていきました。

 ある花は会場の周辺に飾られ、ある花は壇上の上に飾られていきました。

 会場の飾り付けが終わっても、たくさんの花が残りました。

「これは、来場者に1本ずつ渡すように用意しておいてくれ。あと、萎れていたり、傷ついたりして使えない花は箱の中に戻して、人の目の届かないところに置いておくように」

 そう言うと、黒いスーツ姿の人間は忙しそうにどこかへ行ってしまいました。

 残された花たちは、怖くてたまりませんでした。

 けれど、怖さのあまり身をすくませて縮こまっている花は乱暴に箱の中に投げ捨てられ、会場の扉の先に微かに見える真っ暗い廊下の奥へ連れていかれるのを見ると、怖さを押し殺し凛と咲いたまま選別の順番を待つしかありませんでした。

 そんな花たちに混ざって、小さな花の姿がありました。

その花は他のどの花よりも幹が細く花も小ぶりでした。

 そして、自分が他の花に比べ、見劣りするということもよくわかっていました。

 自分より綺麗だと思っていた花たちが箱の中に容赦なく投げ捨てられるその様が、自分を待つすぐ側の未来に思えてなりませんでした。

 箱の中に投げ捨てられるのは嫌でした。そして、真っ暗な廊下の奥へ連れていかれるのはもっと嫌でした。

 花は順番を待っている間、息をするのも忘れて緊張していました。

 選別されていない花が残りわずかというところで、その花の番が回ってきました。

 花を手にとった瞬間、機械的に動いていた作業員の手が止まり、僅かに首を傾げてから別の作業員に声をかけました。

「この花、どう思う?」

「あら、随分小さな花ね。式典には向かないわ。捨てちゃえば?」

「でも、こんなに小さな花を捨てるのは何だか可哀想だわ。まだ根も切っていないし、私がもらってもいいかしら?」

「いいわよ」

 許可を得た作業員は、残りの花の選別を終えた後、小さな花を連れて会場の2階の観覧席に行きました。

 そこは会場全体が見渡せるものの、周囲からこちらの席は暗くて見えにくいところでした。

 作業員は、他の人間と同じように会場の隅の席に座りました。

「花が遅れてどうなることかと思ったけれど、間に合ってよかったわね」

「えぇ、急ごしらえにはなったけれど、なかなかいい出来栄えじゃない。英雄たちの式典らしいわ」

 そんなことを言いながら、飾り付けられた会場を見渡しています。

 やがて会場には、ちらほらと来場者が現れ始めました。

 来場者の手にはそれぞれ、作業員たちが選別した花が一本一本握られていました。

 人間の姿は時間が経つごとにどんどん増えていき、最後には広かった会場が窮屈に感じる程の人数が集まりました。

 けれど、その中の誰一人として口を開く者はおらず、静かに時間だけが流れていきました。

 やがて、静まり返った会場の中、式典の始まりが告げられ、壇上には立派な背広を着た人たちが入れ替わり何事か喋っていました。

 その話は小さな花には難しすぎてよくわかりません。

 一方、壇上を前にした人間たちは微動だにせず静かにその話を聞いています。

 よくこんな長い時間静かに話しを聞いていられるな、と感心していた花も段々飽きてきました。

 そこで、彼らの長いセリフの中に『彼らは我が国の誇り』とか『彼らの勇気ある行動』という言葉が度々出てくるので、どの人間が一番多くその言葉を言うか数えて時間を過ごしました。

 粛々と式典は進んでいき、やがて壇上に立って話しをする人がいなくなりました。

 すると、次は花たちの出番がやってきました。

 どうやら今日の式典の主役に向けて贈られるために花たちは用意されたようです。

 来場者が司会者の指示に従って長い列を作り始めました。

 小さな花には不思議でした。

 花を贈るということですが、壇上には誰の姿も見えません。

 その代わり壇上の前には蓋のされていない立派な箱がいくつも置かれていました。

 花を持った人間たちは、そこに向かって手をそろえ、そっと花を置いていくのです。

 たまに、箱しか無いそこにすがりつき、泣き崩れる人間もおりました。

 そうした人間は、周りの者が抱きかかえるようにしながら、列を離れていきました。

 それだけのこと。誰も、何も言いません。

 ただ粛々と長い列を作っていた人々は壇上に向かって手をそろえ、元いたところへ帰っていきます。

 なんて奇妙な式典なのだろう。

 こんなもののために、自分たちは一本杉の丘から連れてこられたのかと思いました。

 その時でした。

「うそつき!」

 静かな会場に、突然大きな声が響き渡りました。

 それは、まだ幼い女の子でした。女の子は、花を握り締め、箱に向かって叫びました。

「絶対帰ってくるっていったじゃない!帰ったら海に連れていってくれるっていったじゃない!泳ぎ方教えてくれるっていったじゃない!うそつき!うそつき!うそつき!」

 突然叫び出した女の子に、母親らしき女の人が慌てたように女の子を抑えようとしましたが、女の子はその手を振り払うと同時に握っていた花を地面に投げつけて泣き始めました。

「英雄のお父さんなんていらない!普通のお父さんでよかったの。普通のお父さんがよかったの。帰ってきてよぉ」

 悲鳴のような泣き声でした。

 その後、女の人は女の子をしっかり抱きしめ、足早に会場を去りました。

 そしてまた、沈黙のまま式典が進んでいきました。


 式典を終え、物言わぬ人間たちが去ると作業員たちは片付けのために席を立ちました。

 花を持った作業員も立ち上がりました。するとハンカチを取り出し、その上にっと花を置いて席から離れて行きました。

 花は片付けの声を聞きながら、作業員を待っていました。

 すると、靴音が近づいてきます。近づいてくるにつれ、話し声も聞こえてくるようになりました。

 聞き覚えのある声でした。

「無事式典が済んでよかったな」

「ええ。ちょっとした騒動もありましたが」

「ちょっとした騒動?なんのことだね?式典はつつがなく終わったのだよ。なんの問題も起こってはいない」

「………そうですね。今一番の問題は、次回の花をどこから入手するかでしょう。」

「それをどうにかするのが君の役目だ。期待しているよ」

 近づいた声は、足音と共に再び遠ざかって聞こえなくなりました。

 すると再び片付けられていく花の声が聞こえてきます。

 人間の声も聞こえない人間の耳に花の声が届くはずはないのだと、花は思い知りました。

 そうして花は作業員の訪れをただ静かに待ちました。


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