カレーの試合(1)
不定期掲載。16時ころ更新します。
瞬く間に一週間は過ぎ、『勝負』の準備は順当に整っていった。
その間に様々のことにも調べが付いた。
その日は朝から快晴。わたしに預けられた勝負の決着にはふさわしいお天気になりましたわ。
モールの建設予定地は、本格的な工事を前に未だ充分な広さがあり、せっかくなので思い切った大きさの仮設スタジアムを設営させていただいた。
そう、このご町内の皆さんがすべて収容できるほどの……。
そうしてもなお余った周辺には商店の有志の皆さんに開放し、各々自由に露天などを出していただいている。
そのため会場近辺は大層な賑わい。これで、この勝負にも少しは花を添えることができるというもの。
なんだかまぁ、そのついでにと申し込まれて来た、カラオケ大会だの少年チーム対抗サッカーだの、ママさんコーラスだの一通りのイベントも消化して日もだいぶ傾いたころ。
「……そろそろですわね」
スタジアムの正面奥に設けられた特別席にわたしは向かった。
審査長席と書かれたそのシートにゆったりと腰を落ち着けると、用意されたマイクを手に取りコホンと一つ咳払い。
見渡すと、野球場ほどもあるスタジアムはほぼ人で埋まって居る。
わたしはおもむろに立ち上がり、口を開いた。
「え~皆様方、本日はわたくし、アーケミスト・リヒトフォーデル・フォン・パインバック主催のご町内カレー決戦にお集まりいただき、誠にありがとうございます。なんですかその、件のおみせはご町内ではそれなりに長く愛されていたとか、そうではなかったとか……詳しくは存じませんけれども。しかし、そのお店もご店主の意向により、今宵の勝負次第ではこれきりとなるかもしれません。どうか皆様、悔いのなきよう存分の応援をお願い致します」
パラパラとした拍手の中、わたしは一礼。
まぁ、この辺の土地を買収していき、そのお店の存続を脅かしているのは他ならぬわたしの財団のグループなのだ。こんなものだろう、わたしの知らないところで起こっていたことだとは言え。
「……それでは両者の入場です!」
日が暮れ始めた会場の、わたしからみて左と右、それぞれのサイドのゲートにスポットライトが当たり、ゆっくりと開いていく。
すると双方から一台ずつ、大型のトレーラーが現れ、会場のセンターへ静かに進み寄って行くと、互いに一台分ほどの距離をとって止まった。
会場の人々が何かと思って見つめる中、二台のトレーラーのカーゴはゆっくりと開き、中からは純白のキッチンスタジアムが姿を表す。
左のトレーラーには例の店主がぽつねんと、そして右の方車両にはあの女が不機嫌そうな顔をして、それぞれ調理器具と食材の中に囲まれていた。
四方に設置された巨大モニターには二人の表情が大写しにされ、ここでようやく会場は大きな拍手と歓声に包まれた。
わたしにとって、やや人ごとのようなそのざわめきを聞きながら、再び腰を下ろしたその時、さっきまでは無かった気配を視界の外に感じ、ぎょっとして首を振った。
ゆったりとしたわたしのシート。その脇の空間に鳶色の影がうずくまっている!
「……いつからそこにいらっしゃったの?」
「さっき」
曖昧な答えを返してその娘――ヤヤはそのからだを覆う衣服と同じ鳶色の瞳をこちらに向けた。
「なぜここに? あなたはてっきりあの御店主のお手伝いをするものと思っていましたが……」
「わたしは、美味しいカレーができればそれでいいだけ……誰の味方でもない。ここにいるのは……この勝負、立会人のあなたと見届けたかったから」
「……そうですの? それじゃ、せいぜいわたくしの邪魔にならないようにご観戦なさいな」
いいながらわたしは、心の隅でなにかホッとしているのを感じている。
「……あのひとは……?」
かすかに首を動かしながら彼女が問う。
「え、誰のことですの?」
「この間、お店で……あなたに付き従っていた人。いつも一緒なのでは……?」
「あぁ、岡本のこと? 彼は運転手ですもの。……アレにはアレの仕事がありますから……」
「そう……。それにしては、あの時の身のこなし……」
ヤヤは少し首をかしげたが、再び視線を会場の中央に向けた。
二台のトレーラーの上では店主とあの女がそれぞれ調理の下準備を始めているようだ。
二人は時折り会話を交わしているのだが、もちろんサッカーができるほど広いスタジアムの中央のこと、観客席までその声が届くことはない。
ただ、勝負の見届け人を指名されたわたしには、集音マイクで拾った音声がこの席のスピーカーまで届けられている。
一般席から隔てられた特別シートなので、本来それを聞くことができるのはわたし一人なのだが、どこからか侵入して来たヤヤも耳をそばだてている。
まぁ、この娘はあの二人と因縁もありそうだし、良いとしましょうか……
いつしか日はとうに沈み落ち、仮設とはいえ競技場並みのナイター照明が煌々と灯り始めた。
「こんなところで、オマエと腕を競う日が来るとはな……レイコ」
どうやら、あの女の人は『レイコ』という名のようですわね……。
「……どうしても、ここで決着を着けなければならんのか……?」
勝負は非情なもののはず。そんなところで発せられた弱気とも思える言葉に、『レイコ』と呼ばれた女は即座に反応した。
「あぁ!? おっさん、いい加減にしろよ? 母さんは、なんで死んだと思ってんだよ?」
「おまえは……いつもそういうことを言うが、ここにあのひとがいたら、どんな気持ちでいるかを考えたことがあるか?」
えぇー! もしかして、親子なのかしら、あの二人は!
「もちろん! あたしにこんな名前をつけるような母親なんだから、生きてたってろくなコトは言いやしないさ。……アンタ、ウチの姓を考えたことあるのかい? 『小中』だぜ、『コナカ』。あたしの名前、『コナカ・レーコ』……『粉☆カレー粉』!! ふざけやがって! ……小さいときから周りに『カレー粉、カレー粉』ってバカにされて、あたしは昔から家を出ることしか考えてなかったよ!」
「いや、だからそれは、母さんがオマエが生まれる前から必死に考えてだな……」
「うるさい! 挙げ句の果てに、未開の大陸に新種のスパイスを探しに行くとか言って、乗った飛行機があっけなく墜ちてそれっきり……。あたしにとってカレーってのはね、みんなを幸せにする魔法の香りとかじゃなくてね、周りを不幸にする呪いの妖気なんだよ!」
呆然と見ているわたしの横で、ヤヤが小さくつぶやく。
「……かわいそうな、ひと」




