カレーの素性(2)
不定期掲載。16時ころ更新します。
「……カレー肉……。まさか、そのような食材がこの世界に存在していたとは……」
わたしのつぶやきに岡本がよけいな返答をする。
「いやぁ、カレー肉って、スーパーとかで売ってる豚の切り身肉のことっすよねぇ!」
「……いまはそのような次元の低いはなしをしているのではありません!!」
運転席で肩をすくめる岡本から窓外の街の眺めに目を移すと、わたしは大きな息を吐いた。
「そうね……そうですわね。これはもはや、低次元の話ではありません。そもそもわたくしのような者が、ああまで焦らされ、待たされ、下々のお話を聞いて差し上げた挙げ句に、たったひと皿のごはん――そりゃあ美味しゅうございましたけど――を与えられるだけなどと、世が世なら、キィィ!! ……アレもんの、コレもんの、ああしてもこうしても飽き足らないほどの仕打ちですわ! こうなりましたら、岡本……!!」
「は、はい、お嬢様。ただいますぐ、当局に圧力をかけまして、あの店の営業許可を取り消し……」
「なにをまた、見当違いなことを言っているのです。こうなったら、わたくしの意地にかけても件の勝負、派手に、ド派手に演出して見せましてよ!!」
「はぁ!?」
言った弾みに急ブレーキをかける。どうやら話に気を取られて、赤信号を見落としかけたようだ。
「……まずは会場を押さえることが先決ですわ。――千鳥ヶ淵の演武館……あるいは埼玉フューチャーアリーナ? ……いいえ、水道橋の棒球ドームも捨てがたいですわね……」
「――六万人も、この勝負の観客に呼ぶおつもりですか!? ……さすがに、そういった会場を一週間前のいまからでは、とても押さえられるものではないと……」
「では!? 争う内容がどうあれ、わたくしに裁定を委ねられたこの一勝負、しょっぱい公民館みたいな場所とか、辺鄙な地方の会場で開催せよ、とでも言うのですか!?」
「……(いや、別に観客とかじゃなくて、フツーにさっきの店で食べ比べれば……)」
「……なんですの? 何か言いたいことがあるのでしたら……」
「い、いえ! そうですね、お嬢様が望むそのような勝負でしたら、是非ともそれに見合う会場はひつよう、必要かと」
「で、しょう? ……岡本、信号、青ですわよ」
ゆるゆるとした加速に合わせて、わたしはシートで体をくつろがせる。
「それにしても、いまから大箱系の会場を押さえるのは、確かに難しいわねえ。なにかよい方法は……」
と、岡本がなにかを思いついたのか、わたしの方を振り返った。
「お嬢様、それならば……!」
「な、なによ、岡本? 前! 前を向いて運転なさい!!」
「!? ――失礼しました。不肖、この岡本、良い案がございます。今から広さもそれなりに確保でき、おそらくそれに見合う数のギャラリーも集められる場所か……と」
「……焦らさずにおっしゃいな、そんな都合のいいところがどこにあると言いますの?」
「――失礼ながら、お嬢様。先ほどの店の周囲をご覧になりましたか?」
「え……? えぇ。――なんだかとても埃っぽくて……。なにか、工事をしていたようですわね、あの店の裏手で。とても大きな……。区画整理かなにかかしら?」
「そうです。そして、その施工者は……。お嬢様、ふた月ほど前に『MMコーポレーション&パインバックJV』からの提出書類にサインされた覚えは?」
「……あぁ、なにか、そんなお話もありましたわね。たしか、都内商業地域の大規模再開発計画とか……。!? つまり、あそこが?」
「そうです。あの店の裏手……いや、あの店のある場所も含めた一帯の区画、その五キロ四方が、商業施設『ニュー・PBモール』の建設予定地なのです」
「あぁ、それで……」
あの店が、よりみすぼらしく見えたのも、なんだか明るい気配を感じなかったのも、その裏全体からしてすでになにもない更地になっていたから、なのね。
「PBモール……すなわち、お嬢様の管轄下にある土地です。工事の進捗状況にもよりますが、ある程度の規模の仮設会場を設置するのも不可能ではないかと……」
「なるほど。あなたらしくもない……よい提案です」
「いえ、そのような……。さらにギャラリーは近隣の住民を動員すれば、ある程度の人数は見込まれましょう。たとえば……モール開設関連のイベントとしてカレー祭りを行い、来場者には無料で振る舞ってみる……とか」
「どうしたの。今宵のあなたのキレ味は、まるでこんにゃく以外は鉄でも二つにできる、彼の銘刀みたいだわ」
「いやその……なんですか、さきほど口に入った激辛のルーにアタマを刺激された感じでして……。辛いものって、こんな効果もあるんですかね?」
「――間違いありませんわ。普段のぼーっとしたあなたなら、こんな名案が次から次へと浮かんでくるはずがありもしませんもの。さ、岡本、そうと決まったら急いで屋敷へ帰るのです。ぐずぐずしている時間はありませんわよ、ただでさえ、多忙なわたくしなのですから」
どうやら、変わりばえしない日々にチョッピリ刺激が与えられる予感。
わたしはほんの少し胸をときめかせながら、屋敷のある丘の上に車を急がせる。
――そうだ、まぁ、『かれぇのるう』の初めては、勝負の時まで取っておくとしても、辛いものには慣れておく必要がありそうね。
さっそく屋敷のシェフには『かれぇ』以外の、世界のありとあらゆるスパイス料理を用意させておきましょう。当面、辛いもの祭りになるわね。
手始めに、特盛りで山葵を効かせたお寿司など、どうかしら。
もちろん、わたしだけがそんな辛い目に合うわけにいきませんから、すべては岡本が試食してから、のことだけど。
あぁ、なんだか、ホントに忙しくなってきたわ。来週までに、寝ているヒマがありますかしら!?




