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カレーの娘(2)

不定期掲載、16時ころに更新します。

「……お嬢様、やはりここはわたくしが……」

「――あなた、衛生兵もいないのに、ここをフィールド(戦場)にでもなさるおつもり? ……さしあたりこちらに累が及ばない限り、様子を見ておきましょう……」

 はやる岡本と小声でやり取りするこちらの様子を知ってか知らずか、愚連隊のリーダーらしき女は、先ほどこちらに一瞥(いちべつ)をくれたきり、仲間との談笑に興じたままだ。

 わたしはといえば、正直、空腹を抱えたまま、鼻腔をくすぐる香辛料らしき匂いや、あの連中のやかましさに耐えながら、次の局面を待つばかり。

 やがて、先ほどにも増して濃密な香りを漂わせながら、店主が四皿のカレーを連中のテーブルにサーブし始めた。

「……おまたせしました。ビーフが二つにボークとチキン。全てベリーベリーホットでございます」

「――そうそう、ボクチン辛~いのが好きなのよ」

「なんせ、つまんない人生、できるだけ刺激がなくっちゃあねぇ!」

 てんでに好き勝手なことを言いながらスプーンを構え始める。

 唯一、窓際の女だけは黙って自分の前に運ばれた、ビーフと説明された一皿を繁々と覗き込んでいる。

 やがて、その座の落着きを見計らって女が一言。

「おい、おまえら」

 すると一同は奇妙にも黙り込んで表情を改め、信じられない言葉を口にした。

「――いただきます」

 わたしと岡本が唖然とする目の前で、連中はカチャカチャと小さな音をたてはするものの、それは行儀よく皿に盛られた(かて)を黙々と口に運んでいく。

 しかし――連中が静かにしていたのも束の間だった。

「あ~、かれぇかれぇ! この辛さがたまんねぇんだ! ……けどよ」

「あぁ……なんてぇか、前に比べりゃ……」

「どぉも、やっぱりもうひと味……」

「オヤジ! やっぱテメーなんか手ぇ抜いてやがるな!? 俺らのことぉ、ナメてんだったらよぉ……!?」

 男たちが立ち上がり、店の中に不穏な空気がたちこめる。よく見ると、窓際の女は皿をじっと見つめるばかりで、一匙も口をつけていないようだ。

「……お嬢様」

「そうね――」

 これ以上、放置しておくのもわたしどもの沽券(こけん)に関わるというものだわ。

「あなたがた――」

 席から立ちあがろうとしたその時。

 ヒュン! と一陣の風がわたしの頬を(かす)め過ぎた。

 なに?

 風の行く手に目をやると、連中のテーブルの前に先ほどのヤヤとかいう娘の姿があった。どうやらカウンターの方から瞬時に飛び出してきたようだ。

「!? な、なんだよ」

「あぁ、言いてぇことでもあるんかぁ? おチビちゃん」

 無言で立ちはだかる彼女に男たちは少し気圧されて居るようだ。ただ、窓際の女だけは真正面から射るような視線をヤヤに送っている。

 だが、彼女の背中に臆した様子はない。

 と、いきなりヤヤの後ろ姿が何倍にも広がる!

 なに!? と思った一瞬あとに状況は呑み込めた。彼女はその身にまとっているマントのような衣装を大きく広げたのだ。

 わたしの視界を深い褐色で覆いつくしたそれは、見る間に一陣の砂塵となり、連中のテーブルの周りを渦巻きはじめた!

 ど、どうなってるの?

 ヤヤはその鳶色(とびいろ)のマントを広げたまま、すさまじいスピードで彼らの周囲を廻っている!

 まるでそのテーブルの周りに土煙の壁ができたような勢い!

 あっけにとられる間もなく砂塵は収まり、再びヤヤは彼らの前にぽつねんと立ち尽くしている。

「お、おい、ナニしゃーがったこのドチビ!」

「てめ、オトナをおちょくってっと……!」

 ヤヤは男たちが騒ぐのをものともせず言い放つ。

「黙って、食べて」

 連中は、少女の勢いに呑まれて椅子に座り直し、あらためて目の前の皿に視線を落とす。

 やがて誰からともなく、ひと口、ふた口と皿の上のものを口に入れはじめると

「んん~?」

「こりゃ……さっきより……」

「――うめぇ! なんか、昔の味そのままじゃねぇか?」

 まるで自分の意志とは関係ないように、男たちはせわしなく手を動かし、たちまち皿は空っぽになっていく。

 さっきとはなにかが変わったのだ、たぶん。その味の細かいニュアンスのなにかが。

 あのコ、一体なにをしたというの?

 ……ただ、食欲を満たして満足げな男たちをよそに、窓際の女だけは料理に手をつけず、ヤヤをじっと睨みつけている。

 やがて座が静まったところで、女はひと匙すくって口につけ、目を瞑ってそれをゆっくりと呑み込んだ。

 カラン。

 女は手にしていたスプーンをテーブルに放り投げると、眉間にしわを寄せて言った。

「――まがい物だね。……こんなまやかしで、この店がどうにかなるとでもおもってるのかい、えぇ?」

 その視線はまっすぐにヤヤを射抜くと、ついで店主にそそがれた。

「……いいかい、一週間だ。来週の今日、アタシはカレーを作ってくる。――そのとき、『アンタのカレー』が『アタシの』より、劣るようだったら……」

「――あぁ、約束する。……その次の日にオマエが来たとしても……」

 店主は静かに応じる。

「……ここに――この店は、ない」

 女は、一呼吸置いて、こう答えた。

「そうかい――約束は守られなくっちゃあね。……そこのアンタ!」

 そして、思いがけず彼女の視線はわたしに向けられた。

 な、なんですの!?

「――アンタ、あれだろ。あの『丘の上のお嬢さん』だろ? ……こういうコトには証人……見届け人が必要だ。――アレはもう係わりすぎてる。アテにはできない」

 彼女は、ヤヤにチラと目線を向け、再びわたしに向き直った。

「――悪いんだけどさァ、来週またここに来てくんないかな? ……損はさせないよぉ? アンタはおいしいカレーを喰って、満足したらおうちに帰るだけ。……なぁにお代は、アタシかアイツの負けたほう持ちだから、アンタはただ正直に、旨かったと思う方を教えてくれればいい。それで、すべておしまい。きれいさっぱりカタがついて、お互いにせいせいするってもんだ」

 言うだけ言うとその女は席からガタリと立ち上がりながら。

「あぁ、もちろんそこにくっついてる物騒なお兄さんも一緒でいいよ。――せっかくだから多めに作ってくるとするか。……その小娘の分も、ね」

 よりきつい視線を、一瞬彼女はヤヤに注ぐと、バン! と乱暴な音を立てて高額紙幣をテーブルに叩き付けた。

「もちろん、例によって釣りはいらね! せいぜい、いい食材でも仕入れるんだな……おら、オマエたち、行くよ!!」

 女は言い捨てると、満足して惚けている男たちをどやしつけながら、ドアに向かう。

 そして扉に手を掛けながら彼女がポソリとつぶやいたセリフを、わたしの敏感なこの耳は聞き逃すことはありませんでしたの。

「……カレーの娘、め」

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