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カレーの娘(1)

不定期掲載、16時ころにに更新します。

 鋭い光を放つその瞳は、わたしの眼をとらえて離すつもりはなさそうね。

「……わたくしは、アーケミス・リヒトフォーデル・フォン・パインバック――世界の五分の一の富を支配する、パインバック財団の現当主にして次世代CEOです――そのわたくしに向かってあれやこれやと指図するのは、たとえ大国の元首たちといえどもはばかられること……あなた、その意味をわかっているのでしょうね」

「わかっている。……いや、正確にはおよそわかっていた。あなたが、そういった立場の人だろうということは……」

 その娘は、私から視線をそらせることなく続ける。

「あなたは……『りひとふぉーでる・ふぉん・ぱいんばっく』……その名を継ぐ限り、安易な物や事柄を、後世に残すことが許されない立場の筈……」

 その娘は、相変わらずこっちを挑発的とさえ言える視線で射抜いてくる。

「なんですの? あなたの言い分を聞いていると、まるでこのひと皿に世界の命運でもかかっているようなおおげさな言いようですけれど……」

「かかっている。……もしあなたがそういう立場でなければわたしも何も言いはしない。だが……それは同時に『妥協の一皿』にあなたが甘んじる、そういう結果も生んでいた。それはおそらくあなたの矜持が許さないだろうし、それ以上に……」

「『妥協の一皿』――ですか、なるほど」

 先ほどまで辛さのために目を白黒させていた岡本が口を挟んできた。

「――たしかに、このカレー、街場の一品としては高い水準のできでしょう。八百円という対価も充分に見合ったものです。しかし……」

「――ひと味、欠けているものがある。そうおっしゃりたいのでしょう」

 口を濁す岡本の後を料理人が引き取った。

「わかっております。わかっていながら身過ぎのためには店を……開けざるを得なかった。しかし、パインバックのお嬢様とわかっていれば、今日の品をお出しするのではなかった――いや、やはり店は開けるべきではなかったのだ」

「――なにか……事情がおありのようですわね、ご店主。わたくしでよければお話を聞かせていただきたいと存じますが」

 こうなれば乗りかかった船です。こんなモヤモヤした状況をほおっておいては今夜の睡眠にも差し障りますわ。

 わたしに対する悪影響は、すなわち世界に対する悪影響にほかなりません!

「……今日はもう、店じまいにしましょう。皆さんをおもてなしできるものは、これ以上何もありませんから。もちろん、お代は結構です。どうか、お引き取りになって……」

 わたしの言葉を聞き入れもせず、店主は店の入り口に向かってのっそり動き出した。その沈んだ表情をみると、さすがのわたしも、それ以上の声をかけるのはためらわれた。

 彼は扉を開き、店の営業を告げる札を閉店へと掛け替えようとする。そのとき。

「お、おまえたち……」

「おら、どけよオッサン! 客だぞ、客!」

 男を押しのけて、三、四人の若い男女が押し入ってきた。中でも最後に入ってきた長身でスタイルの良い女は、店の中を一通り見まわし、吐き捨てるように、

「なんだ、なんだい、客はたったの三人かい。あいっかわらずシケた店だねぇ。まぁいいや、邪魔するよ。こちとらハラぁ減ってんだ!」

 そう言い放つとわたしたちより手前のテーブルに足を投げ出してどっかりと座りこんだ。

「……岡本、なんですの、アレは」

「はぁ、まあ街の愚連隊と申すような連中でしょうか。……面倒になりそうなら、わたくしが……」

 耳打ちしながら上着の懐を探る岡本をわたしは片手で制し、少し成り行きを見守ることにした。少なくとも今夜は、いつもの退屈の虫と添い寝をしなくても済みそうだわ。

 連中は席に腰を下ろすとてんでに勝手なことを喚き始めた。

「オヤジ! 酒だ、酒をよこせ」

「灰皿はねぇのかよ! はぁ、禁煙? ふざけんじゃね、おめーサービス業ってもんがわかってねんじゃねぇか!?」

「水くらいすぐ持ってこいや! おう、これか……ぷふっ! なんじゃこりゃ冷てぇ! 客に凍傷くらわすつもりかよ!」

 半笑いで言いたい放題の連中に、店の主人は辛抱強く接客を続けている。

「――はぁ? なんになさいますかあ? こ、ここはカレーショップじゃねぇのかよ、ハハ!」

「んだよ、アレか? 言えば懐石料理でも出てくるってか? あぁ?」

「……申し訳、ありません」

 声を押し殺しながら肩を震わせる主人を見て満足したのか、窓際に陣取った女が笑いを押し殺しながら

「あー悪かった、悪かったよ。そぉだねえ、ここは通り一遍のメニューしかない、おえらい専門店様だった。あたしたち、今日は遊び疲れてそのことを忘れてたんだよぉ。……アレだ、あたいらが来たときの、いつものヤツ。それでいいから、特急な! グダグダ言ってやがっと……」

「消費者センターに駆け込んじゃおうかしらぁ、ボクチンたち!」

 行儀の悪い連中から投げかけられた声に、店主はただ一言

「……かしこまりました」

 一礼すると、くるりと背を向けてカウンターの中の厨房に向かった。

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