カレーの試合(5)
不定期掲載。16時ころ更新します。
「ちがっ、岡本……! 駐機場は会場の外っ……!!」
もはやわたくしの声はローター音にかき消され、全面舗装するまでの整備に至らなかった急ごしらえの会場には、機体が発する大きな風圧によって濛々たる砂塵が巻き起こる!
隣席の人影も見えないかと思うほどのもやが晴れてきたのは、機体が着地後、完全に動きを停止して数十秒ほどたってからでした。
会場のあちらこちらから咳き込む声が聞こえる中、銀白色の機体の後部ハッチから貨物コンテナをトレーラーで牽引して引き出す岡本。
それはもうかけらほどの翳りのない笑みをたたえ、わたくしに向かって言ったものですわ。
「お嬢様のご所望の品、憚りながらわたくしめが確かに届けさせていただきましたぁ!」
…………いただきましたぁ、じゃないわよ! なに、この有り様は……?
「岡本……」
「はい! お嬢様?」
「あちらを、よく見てご覧なさい!」
「は、い?」
わたくしがまっすぐ指さした先に目を向ける岡本。その会場中央、キッチンスタジアムで、突然の空からの闖入者に呆然と佇む数人の男女。
純白にしつらえられていたキッチンはうっすらと紅茶の色のようなの埃に覆われ、それはスタジアムのプレイヤー――店主とあの女のコックコートも例外にはしておかなかった。
店主は苦笑しながら着衣の塵を払いつつ、わたくしへの一皿を受け取っていた給仕人に顔を向ける。
「これは――処分してくれたまえ。……もう、人の口に入れられるようなシロモノではないから……」
――本来、真っ白であるはずのライスの部分まで砂色に覆われてしまった皿は、納得してはいるだろうがやや首をかしげ気味の給仕人によって、会場の後方に下げられてゆく。
「……さて、アトラクションは終わりでしょうか……? どうも不調法なもので、こういった催し物の腰を折らなければよいのですが……」
言いながら店主は新たな皿にジャーのライスをよそい、大鍋のまだたっぷり残っているルーをそれにかけようとする。
見れば女の方も動きは同様だ。
――しかし――
わたしの望んだ勝負はこんな、中途半端なものでは、ない。
店主は、いつもの穏やかな表情の中にもなにかをあきらめたかのような薄い笑み。
女は、わたくしが今まで見てきた彼女の表情の中でも、最高に、取って置きの仏頂面。
わたしが……わたくしが望んだ勝負は……!
「……お二人とも、手をお休めなさい!」
――おもわず会場中に響き渡る大音声で、わたくしはマイクに叫んでしまいましたの!
こころなし、気乗りなさげに手を動かしていた両名は、わたくしが声を発した時の姿勢のまま、こちらに顔を向けています。
「……コホン!」
わたくしは一息入れ、代わるがわる二人の顔を見て一息入れました。
「――あの……」
ようやく二人は忙しく動かしていた手を下ろし、わたくしの方に向き直ってくれています。
「なんと言いますか……お二人の勝負に水を差すかたちになったのはお詫び致しますわ。 ……ただその、さきほどのことはあくまでアクシデントでして、余興とかそういったモノではなく……」
わたくしの、歯切れの悪い発言をスタジアムの十数人、ひいては観客席を含めると数万人の近隣の皆さまが聞いていらっしゃる!
いくら、パインバック家総帥に任じられたわたくしといえども、これだけの観衆を前に生で演説するなど、初めての経験!
のまれてはいけない……呑まれてはいけませんわ!
「――ご主人、あなたは彼女とフェアに勝負をなさりたいのですわよね!?」
ここまでのやりとりを聞いていた者には言わずもがなのことを口にする。
「あれをご覧なさい」
コトの成り行きに戸惑いながらもわずかに首を縦にした店主を見て、わたくしは続けた。
「あのバカが必死で運んできたモノは、なんだと思いまして?」
店主、並びにあの女やその他の人々は、岡本が押しているコンテナに一斉に目を向けた。
「もう、お分かりかとは思うけれども……」
「アレ、ですか……!?」
「そうよ、アレ……。あなた方の言う『カレーの、カレーによる、カレーのための』お肉。例の『カレー牛』とやらの上肉ですわ!!」
わたくしが言うとほぼ同時に、岡本がコンテナの開口ハッチを跳ね上げ、中でチルドされていた大きな肉塊を観衆の前に引きずり出した!
それはスタジアムのライトに照らされて、さながら宝石――サファイアのごとくに輝き、冷蔵コンテナからたったいま解放された証を立てるがごとく、白い煙のような冷気を周囲に漂わせている。




