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カレーの試合(3)

不定期掲載。16時ころ更新します。

 まるでトップアスリート(金メダリスト)の体術を見るがごとくの美しさに、、会場全体が呑まれていく様が手にとるように伝わってくる。

 やがて、双方共に仕込まれたすべての食材が、ガスコンロの上で煮えたぎる鍋の中へ消えていき、二人はそれぞれ、時に匙ですくって味見をし、またはスパイスを加え火加減を変え、要するに料理が煮込まれる過程をじっくりと監視する段階へ進んだ。

 先ほどまでの鋭く、しかし的確な食材処理の場面を、さながら嵐のごとき動とするなら、最低限の動きで調理の成り行きを見守り続けている今の様子は、まさに風ひとつない晴れた海面(うなづら)のような、静の状態と言える。

 ただ、それで観客たちの、そしてもちろんわたしの勝負に対する興味は些か(いささか)も削がれることはなく、会場はしんと静まりかえり、もはや儀式と化したこの対決の成り行きを固唾を呑んで見つめている。

 ――やがて女の、続いて店主の側のコンロの火が落とされた。

 だが、それで完成とはいかないらしく、二人はそれぞれ大鍋の上に視線を落としたまま、石のように押し黙っている。

 その状態で一〇分も経過したろうか。

 さざ波ひとつない湖水に一石を投じるように、店主が控えめに口を開いた。

「……できました」

 その声は、わたしの席以外にはマイクを通じた仕掛けなどなかったにも係わらず、会場中の人々の耳に、確かに届いたように見えた。

 次いで、あの女、レイコの方もそれまで厳しく鍋を見つめていた視線を少しゆるめ、わたしの方に顔を向けて言った。

「できたよ」

 極度の緊張状態にあった会場席から少しずつ咳払いやささやき声がもれてきて、やがてそれは徐々に高鳴るどよめきとなって、最奥上段にあるわたしの席に圧倒的な勢いで迫ってきた!

 満場の歓声にふたりは少し戸惑う様子を見せたが、それでもしっかりした手つきで、あらかじめ用意されたジャーの中からふんわりと湯気立つ白米をおおぶりの皿によそい、それぞれの鍋の中からすくった黄金色の液体をたっぷりと注ぎかけた。

 そう、あれよ! あれですわ! わたしがこの一週間、あれやこれやと文献を追求し、その画像をネットの海に追い求め、幾度となくレシピのシミュレーションを行って、ただ唯一実行していないアプローチが、ほんのひと匙でもこの口に入れること……。

 まるで、舞踏会で置き忘れられたガラスの靴の持ち主に焦がれ続ける王子のように、千秋の思いで待ちわびた一皿がそこに現れたのだ。

 試合前に打ち合わせた手順に従うのならば、それぞれ一皿ずつがわたしのもとへサーブされ、合わせて観客の中から抽選で選ばれた二十名がスタジアムに案内され、試食を行う。

 彼らの判定はわたしのもとに集められるが、さしあたりそれは結果に対する参考程度。

 最終的な決着は、なによりもわたしが美味しいと感じたほうに軍配を上げることになっているの。

 ま、これはこれで、庶民のみなさんも適度にこのビッグイベントに係わった気になれていいのではないかと思うのだけれども。

 そうして集められた皿はまずは観客代表の一般審査員のもとへと届けられ、次々に試食されていった。

 結果は……二十名の内じつに十七名があの女の方に投票の札を置いた。

 まぁ、みなさんが出した結果は、それはそれとして今回はわたくしの票が勝負の全て。

 果たして、鍛え抜かれたこの舌は一体どちらに勝利の福音をもたらすのかしら!

 ……などということをあれやこれやと思いながら試食の皿を待っていたのですがいつまで経っても手元に届く気配がない。

 それどころか、店主は自身が仕上げたその一品を手元に留めたまま、一向にこちらが差し向けた給仕係(サーヴァント)に引き渡しもせず、ただ、押し黙っている。

 やがて、困り果てた給仕係を尻目に、店主はその重い口を開いた。

「もう、気が済んだろう……この勝負、わたしの負けだ……」

 な! わたしの判定も待たず、なに勝手に匙を投げちゃってやがんのですか!?

 わたしは思わず手元のマイクをオンにして、会場中に響き渡るのもかまわず声を出した。

「な、なにをおっしゃっておられますの? そこでつくられたそのお皿! それをわたくしが頂いてこそこの勝負、完結致すものですのに!!」

 さすがにこの怒気を察し、店主はわたしの席から遙か先のキッチンスタジアムからこちらに一礼してきた。

「……お嬢さん、経過は聞いておられたと思いますが、この勝負、あちらの勝利……と言うよりわたしの一方的な敗北です…………。理由は――勿論材料のこともありますが、それ以上にあらゆる手管を使ってわたしを倒そうとした彼女の執念にあるといえるでしょう。……なにより、わたし自身がこの、こうした公開の場で愛する彼女に引導を渡されることを望んでいたのです。……皆さまの手を煩わせるような、茶番を演じたことを深く……お詫びする次第です」

 こちらの席へと届けられた店主のこの声は、わたしがオンにしたままのマイクを通じて会場全体へと鳴り響くことになった。

 店主は深々と頭を下げ、ざわついていた聴衆は水を打ったように静まりかえっていく。

 やがて、ゆっくりと頭を上げた店主は、覚悟をたたえたまなざしをこちらに向け、口を開いた。

「……ですから、この不出来な一皿をお嬢様に差し上げるわけにはまいりません……どうかよろしければ、あちらのものを頂いてくだされば……」

「あ? 冗談じゃないよ!」

 店主の口上に対して、あの女、レイコが激しく応じた。

「あたしはね、いよいよあんたに勝てると思ったからこの勝負に応じたんだ! いいかい、ここまで来てキチンとした判定にも応じないで、そのまま終わらそうってんじゃあたしの気持ちが収まらないんだよ! ここまで来るのに血の滲むような修行重ねてきてんだよこちとら!」

 そして女はこちらを睨むと言い放った。

「嬢ちゃん、ここで判定を放り出すようだったら金輪際あたしはあんたを許さないからね! あたしが見込んだ見届け人の役、約束通りきっちり果たしてもらおうじゃないか!」

 シンと静まりかえった会場の中、訴えかけるような彼女の声はなおも響く。

「……それにね、まだあんたが負けだと決まった訳じゃない! 確かにあたしはあらゆる手を使ってあんたの妨害をやりもした。でも……でも、あんたの調理――スパイス調合の腕はちっとも落ちてやしないじゃないか! あんたは今日負ける気でいた。けど、いざ料理を作るとなったら、例え限られた材料しかなくても手を抜く事なんてできなかった。だから……怖いんじゃないのかい? 嬢ちゃんの判定に応じて万一……ベストの状態じゃないカレーが、あたしのに勝ってしまうなんて事態が。もしかしたら、あたしの腕は所詮そこまでかもしれない、と知ってしまうかも知れないって事が! ……あ、あんまり舐めんじゃあないわよ、お父さん!!」

 会場はいよいよ水を打ったような静けさで、スタジアムの一般審査員は、顔を見合わせて困惑している。その中で一人目を瞑っていた店主は、ようやくなにかを決意したかのように顔を上げた。

「そうか、わかった。……おまえがそこまで言うのならば……」

 そうして彼が給仕人に皿を渡そうとしたその時、わたしの携帯(スマホ)に着信が入った。ピリリリ、ピリリリ……。マイクを通して、全会場内にその着信音が響き渡る。

 不意を突かれた会場の皆がこちらを振り向く中、わたしは少し顔を赤くしてタッチパネルに表示された発信者の名を睨みつける。

 ……まったく、あいつはいつだって間が悪いんだから。

『カレーの娘』『火星の娘』 シリーズ化しました。


まぁ、しております……が。


……実は今日俺、マッドマックス観てきたんすよ!


ホント、超! 楽しかったっす!!!


出来ればすぐ、観に行って欲しいです!!!


――――なんていうか、十年ぶりくらいに劇場で時間を忘れる至福の時間でした。


では♡

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