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カレーの試合(2)

不定期掲載。16時ころ更新します。

 言い合いながらも、二人は一瞬たりとも動きを止めず、それはそれは手際よく、右から左へと食材を処理していく。

「そうか……おまえには辛い思いをさせていたな……だが、その顔は何だ! その眼は何だ! その涙は、一体何だっ! その涙は母さんを思うが故じゃないのか? 旨いカレーを作りたいが為じゃないのか!? どうしてそんなに手が動く? どうしてそれほどに的確なスパイスが選べるんだ!?」

「あぁ~? 涙、だって?」

 そうして初めてその女――レイコは左手の指を目許に触れさせた。

「こ、これは……」

 すこし狼狽して、次に口をついて出た言葉は。

「た、タマネギの汁が、目に入ったんだよぉ……!!」

 で、出たぁ!! さすがのわたしでも知っている、不意の落涙に対する言い訳の、古典的定番ですわ! ま、まさかこのようなベタな台詞を耳にする日が来ようとは……

 ……ともかく、この二人には宿業とも言える、重い因縁があることはよくわかった。なんてったって、親子な訳だし。

 これはもう、他人であるわたしがとやかく口を挟める問題ではないようだ。

 とは言え、一度引き受けた勝負の見届け役を途中で放り出す気などもさらさら有りはしない。

 わたしの矜恃がそれを許さないし、それになんと言ってもあの二人が持てる技巧のすべてを凝らして作っている『かれぇ・らいす』……それを賞味せずに終わることなど、論外ですわ!

 もはや勝負が始まって小一時間もたったろうか。

 あの二人の熱い会話が聞こえている筈のない観客席からも、誰一人として席を立つ者はなく、どうやらこの妥協の入る隙のない正面衝突に、皆が皆、呑まれてしまっている。

 あらかたの材料を切りそろえた様子の二人は、いよいよ『かれぇ』づくりの肝とも言えるらしい、各種スパイスの調合に入る構えのようだ。

 ふと、そこでレイコが店主の手元を見てこんな事を口にした。

「……あんた、どう見てもそのスパイスの量……多すぎやしないかい? あたしたちが今作るルーなんて、どう多めに見ても十人分か、せいぜい二十人分…… でも、あんたのそれじゃ、この会場のみんなの分も賄おうってんじゃ……?」

「……っふ、気付いた、か。なんにせよ、この勝負に勝てなければ店を畳まねばならん。だから、バックヤードの在庫を含め、洗いざらいをここに持ってきてある」

 そう言う店主の側の調理台の上には、数多くの白磁の皿の上に、それぞれ山のようにカラフルに盛られた粉末の調味料が見える。。

「もちろん、今ここですべてを使い切ろうという腹じゃあない。勝負に勝つことができれば、みなさんの分を作らせて頂こうと言うつもり……だ、が……」

 不意に店主は黙り込み、あとはただ黙々と手を動かすばかり。

 わたしは横に控えているヤヤに、こっそり訊いてみる。

「ねぇ、あなた。……あなたはこの勝負、どちらに分があるとお思いなの?」

「……あなたのようなひとが人が、つまらないことを訊く……」

 彼女は表情を変えず、その目は会場の中央に向けたまま返答をする。……やっぱり可愛げ、かぎりなく000000パーーーーーセントォ!!

「……あの女の人に決まっている」

「――やはり……!?」

 ……この一週間で調べた、わがグループのこれまでの活動状況。その痕跡を追って、数日前にやっと、この娘が言う『わたし自身で調べるべき最良の情報』が手に入った。

「つまり……」

「カレー肉……希少なあのお肉があなた方のグループの妨害で、あのお店に入らなくなった……」

 そういうことだったのだ。

 この地区再開発を請け負った我がコンツェルン麾下のディベロッパー。その内の一部のが納期を焦るあまり、片端から財力にモノを言わせ、時にはその……恫喝などの卑劣な手段を使って短期間で取得したのが、現在わたしが見ているこの会場の土地……近い将来の総合ショッピングモール、ですわ。

 しかし、最後までどんな脅しにも屈せず、どれだけ札束を積み上げられても首を縦に振らなかったお店が一つ残った。それが、かのカレーショップ。

 そのため、我らがならず者たちが仕掛けた最後の手段が、悪辣な営業妨害……すなわち、その店にはなくてはならない食材の供給を遮断すること

 しかも、どうやらお店に因縁のあるあの女……レイコが少なからず荷担した、というのだ。

「だから、彼女が……」

 ヤヤが言い終わるより先に、店主が声を発した。

「まぁ……俺がどうやって何皿作ろうとも、レイコ、この場の勝ちはおまえで揺るがないだろうがな……」

「パパ……」

 あの女に似合わぬしおらしい台詞。しかしそれとは裏腹に、その態度からは勝利の確信が滲み出て隠せるものではない。

「わかっているよ、もう。おまえの方から漂ってくる匂いをかげば……。レイコ……。あの肉を……使っているね?」

 その言葉を、たいして意外でない風にレイコは受けて答えた。

「パパ……あたしだってね、大切なことはあるんだよ。なんだと思う……? それはね、あたしたち家族の幸せ!! そいつは、こんなカレーの一皿なんかで左右されちゃなんないものなんだよ!! だから、そのことをアンタにわからせるためには、あたしはどんな手段だって使う!! それがっ!!」

「……俺に卸させない肉を、開発(ディベロッパー)の連中と結託して手に入れでても、か……」

「よく……わかったわね」

「あぁ、そんないい匂いをそちらからプンプン嗅がされちゃあ、な」

 ふたりはそう言いながらも、迷いなく自分たちの料理の手順を進めていく。

「だが……言ってみればレイコ、おまえが俺の一番の弟子には違いない。どうせやるなら、最高の一皿を作ってみろ。そのつもりがなければ、こちらにいくら食材が不足していようと、負けてやることはできんぞ!」

 二人の間にはいよいよ目に見えぬ火花が飛び散り、その手さばきは素人目にも神のごとき精緻さを極め、下ごしらえされた食材が次々と大きな鍋の中に投入されては至高の供物のごとく調味され、煮込まれていく。

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