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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第六章 避け得ぬ争い、未来の為に
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血に染まる大地

危険、という言葉すら生温いような森林を踏破してきた兵士達。多くの戦友を失いながらも、平穏な場所に辿り着いた彼らは、久し振りの休息に心底喜んだ。


一日目こそ、また夜になれば魔物が来るのではないかと思い心休まらぬ時間を過ごしたが、二日目も、そして三日目の夜、つまり今までも魔物の襲撃はついぞ無かった。


間もなく夜が明けるであろうかという時間帯、今となっては多くの兵士が眠りについている。起きているのは、不幸にも夜の見張り番に割り当てられた少数の者達だけだ。その者達も、昨日にしっかりと休みをとったのだから、文句は言えないが。


「……ガルディナの奥に、こんな平和な場所があるなんてな」


「あぁ、あいつらも、ここまで来れてたらな……」


落ち着いて、ここに来るまでに死に、或いは力尽きていった者達を思えば、気軽に笑って会話する事も出来ない。


「どこまで進むんだろうな」


「知らんよ、何か、を見つけるまでだろ」


「何かったってなぁ……何にもねぇじゃねぇか。んなことより、早く帰りてぇ……」


「だよな……俺も、早く息子に顔を見せてぇよ」


そんな、なんということもない会話をしながら見張りを続ける二人の兵士。夜の見張りは、居眠りを防ぐために必ず二人以上で組んで行うというのが規則だが、こういった時には会話ばかりで警備に集中しないという欠点もある。


それでも気付けたのは、単なる偶然か、それとも半月以上に亘る恐ろしい経験の数々が神経を鋭敏にしていたからか。


「……んっ?」


「どうした?」


突然、一人が顔を上げて空を見上げた。木々の隙間からは、まだ夜は明けきらぬと言わんばかりに月明かりが零れ、星が散りばめられた砂金の様に輝いている。


「いや……なんだか一瞬暗くなったような……」


「雲だろ、後は梟とか」


「いや、雲なんてほとんどないしそれにしては短い……」


そこまで言ってから、彼は驚きに表情を歪めた。


「な……なんだあれは……」


「は?一体何言って……」


その視線の先には、月明かりを背に受けながら、翼をはためかせ滞空している人の様な影。否、竜の様な尾と翼を持った人に似た存在など、一つしかない。


「ど……ど……ど……」


「ドラゴ……ニュート……?」


それも、一人や二人ではない。数十からなるそれが、高みから自分たちを見下ろしている。そんなあまりにも理解しがたい光景に、声が出せなくなってしまった二人が次に見たのは、その数十のドラゴニュートがこちらに手をかざし、そして、魔法を放つ瞬間だった。


「てっ…!?」


「敵襲ぅぅぅぅ!!」


その声を最後に、二人は炎に包まれた。


















「何事だっ!?」


指揮官用の簡易テントで眠っていたラーゲルクヴィストは、運よく魔法による初撃を免れ、ただその爆音と閃光に目を覚ました。


「閣下!?敵襲です!!敵の数は不明!!上空からの魔法による攻撃です!!」


「空からだと!?一体何者だ!!」


「分かりません!!陣地に火災が広がり、兵が恐慌状態に陥っております!!」


「すぐに落ち着かせろ!!消火を急がせ……」


「閣下!!」


未だ断続的に響く爆音の中、別の兵士が血相を変えてラーゲルクヴィストの元へやってきた。


「今度はなんだ!?」


「ち……地上からも奇襲です!!陣を離れた者が次々と討たれております!!」


「魔物か!?」


「違います!!こ……こちらは……」



兵士は、一度息を飲んでから、大声ではっきりと告げる。



「地上から奇襲をかけてきたのは……獣人です!!」

















「奇襲は成功だ!!さぁ、一人残らず狩り尽くせぇぇ!!」


「「「「「「応っ!!」」」」」


空からの近衛の奇襲に、予想通り壊乱状態に陥った敵軍に、警衛隊が抜剣し斬り込む。両手に携えた剣を、月明かりと炎、そして血に染めんと。


「今こそ我らが積年の恨みを果たす時!!我らを虐げてきた人間に、その報いを与えてくれようぞ!!」


「人間に、そしてゲオルグ様に、我らの力を示しなさい!!」


「「「「「「応っっ!!」」」」」


彼らの勢いは、凄まじいの一言に尽きる。


「貴様ら…っ!?……亜人か!!」


「違う!!誇り高きガルディナの民、狼人族ぞ!!」


そう言い放ちながら首を斬り飛ばし。


「こっちは豹人族だ、てめぇらの都合で殺された同族の恨み、今ここで晴らすっ!!」


憎悪の表情を浮かべながら斬り結び。


「同胞の為、ガルディナの為、ゲオルグ様の為、今ここで散れぇ!!」


叫びながら剣を突き立てる。



その様相は、正しく修羅と呼ぶに相応しい程だ。



ある者は恨みを晴らさんと、ある者は期待に応えんと、ある者は忠勇を示さんと、両手に掲げた剣を縦横無尽に振るう。警衛隊に斬り込まれた一角は、瞬く間に血に染まっていく。


響く剣戟と怒声、血しぶき、そこにこれまでの平穏など、微塵も存在しなかた。


殆どが眠りについていたディナントの兵士達は、混乱の渦中にあって隊列を組むこともままならず、まともな防具すら身に付けていない。中には剣や槍の代わりに陣地構築用の木材などを振り回す者までいる。


それに比べ警衛隊は、空からの援護を受けながら、纏まって死角の出来ないよう行動しつつ、ゲオルグ、或いはドワーフ達が丹精込めて作り上げた武器防具に身を固めている。そしてなにより、全員が鬼気迫る表情で次々と敵兵を斬り捨てていくのだ。


ディナント兵が敗北を悟り、逃走を始めるのに、そう時間は掛からなかった。


「な……なんなんだ……なんなんだよこいつら……」


「強い……」


「あの防具、生半可な斬り方じゃこっちの得物がやられちまう……」


「勝てねぇ……」


後方から様子を見ていた兵士達の間で、厭戦ムードが漂い、一人、また一人と背を向けて走り出す。


「逃げるな!!敵は少数だ!!」


「臆病者共がっ!!全員で囲んで討ち取れぇ!!」


下士官らしき者が、必死に逃亡を押し止めんとするが、そこに死神の手が振るわれた。


「威勢が良いのは結構だが、さてその腕前はどうか?」


そんな声に振り向いた二人が最期に見たものは、剣を持った両腕を左右に振らんとする、狼人族の男だった。
















「隊長、そろそろ近衛が限界かと」


二人の指揮官らしき人物の首を、両手の剣で刎ねたヨハンに、ジルが語り掛けた。


「む?……そうだな、口惜しいが、そろそろ潮時だろう。全隊に撤退命令を出せ」


「はっ!!」


傍に控えていた伝令に言伝するジルを傍目に、ヨハンは呟く。


「……赤い、な」


ヨハンの剣は、ゲオルグが作り上げた逸品。人を斬ったくらいで刃毀れなどするはずもなく、切れ味も未だ淀みない、流石というべきか。


そして、その剣で10人以上を斬り、首を刎ねたヨハンは、全身を返り血で染め上げていた。


「……臭い」


そして、人並み外れて嗅覚に優れた狼人族の鼻には、血の匂いがこびり付いて離れない。


「……落ちるのか、これは?」


血と匂い、どちらに対してか、あるいは両方か。


「隊長、全隊、撤退に移ります。死傷者はおりません。隊長もお急ぎ下さい」


「あぁ、分かった。我らの役目はここまでだ、急ぎ街に戻ろう」


「はい」


「全隊!!撤収!!撤収だ!!」


ヨハンの掛け声に、一斉に退き始める警衛隊の面々。


彼らは、負傷者こそ数名出したものの、命さえあれば、最悪ゲオルグが治療してくれる。どこか安堵を覚えたヨハンを含め、全員が無事に撤退するのだった。

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