村の朝
「くぁ………ふぁ………」
朝日の眩しさに目を細めながら、ゲオルグは起き上がる。
昨夜、実は村長だったという壮年の男の家に厄介になったゲオルグは、毛布を敷布団代わりにして固い床で寝ていた。名をシュミットと言うらしい村長は妻子持ちの身らしく、家に入った時に妻のエレナ、息子のソーンに紹介され、自分のベッドを使ってくれと申し出てきた、が、固辞した。
厄介になる身の上で、家主のベッドを奪える程の図太さはなかったからだ。それに、この体は寒暖の差による影響がほとんどない。ただ人間体の時に固いところで寝ると、体の節々が痛くなりそうな気がしたので、毛布を敷いて寝ていた。
シュミットは最後まで粘り強くベッドを勧めてきたが、ゲオルグが説得を諦め勝手に部屋の隅に毛布を敷き鎧を脱いで横になったところで渋々引き下がった。(因みに、鎧の下は翼膜を変換した白い絹のような服だった)
「お……お目覚めになられましたか?」
寝起きでややボーッとしていると、横から女性に声を掛けられた。シュミットの妻エレナだ。
「ん………シュミットは?」
「ウチの人でしたら、若い衆と昨日の盗賊達の所持品を改めに行くと………」
「……………あぁ」
死体の処理を忘れていた。
「分かった、俺も行こう。あれの処理はやると言っておいたしな」
そう言い立ち上がると、エレナがすぐに毛布を片付け。
「朝食を用意してお待ちしております」
と、頭を下げてきた。
今まで意識してなかったが、そう言えば腹が非常に空いている。昨夜は結局何も食べていない、夜中に押しかけた上に飯を頼むとは言えなかったのだ。
「………手早く済ませる」
腹の虫が鳴きそうになるのを我慢しながら、ゲオルグは素早く鎧を着込み、外へと出ていった。
「シュミット」
「へ?……あ、これはスタンフォード様!お目覚めになられましたか」
昨夜、盗賊達を始末した場所へ赴くと、そこには何人かの若い男衆が集まっており、硬貨らしきものを数えたり剣や防具の品定めをしていた。
「ほう、戦利品の確認か」
「え………えぇ………」
何故か表情を曇らせるシュミット。いや、他の連中もどこか挙動不審だった。
「?………あぁ」
なんとなく察した。
「言っとくが、俺はそんなもの要らんぞ」
「よろしいので!?」
露骨に顔を綻ばせた。要は、盗賊達の持っていた金目の物の所有権について思うところがあったのだろう。普通に考えれば、一人で撃退したゲオルグのものであるが、この辺鄙な村にとっては貴重な貨幣や金属製品に違いない。故にこれを漁り、幾つか分けて貰えれば、とでも考えたに違いない。
「宿と飯の代金の一部とでも思って全部持っていけばいい。大した手間をかけた訳でもなし、興味もないからな」
「あ………ありがとうございます!!」
「ついでに、死体を纏めてくれると助かる。処理するのが楽だからな」
「その程度、お安いご用です!」
嬉々としながら男衆に指示を出し始めるシュミットに、このような時代に生きる人間の逞しさを感じる。
ゲオルグは、作業を終えるまでの30分程の時間を。うつらうつらとしながら過ごした。
「スタンフォード様、終わりました」
「ん?……そうか、では。さっさと処理してしまおう」
シュミットの声に半眠り状態から引き戻され、ゲオルグは立ち上がり、一ヶ所に纏められた死体の所へ向かう。どう処理するかは、とっくに考えていた。
「危ないから下がっておけよ?」
死体に近づくと、周囲にそう警告し、村人達が下がるのを確認、そして、魔法を行使する。
瞬間、燃え上がる炎に、周囲がどよめくのを感じる。それもそうだろう、魔法使いはその殆どが国に仕え、一般人ではほとんどお目に掛かれない。つまり魔法を見ることがないのだから。
ゲオルグは風魔法も同時に行使し、人が燃える時の臭いが村に広がらぬように考慮しつつ、その死体を骨も残さず焼く。それが終わると今度は土魔法を行使、地面の土をくり貫くように穴を空け残された灰をそこに落とし、再び土で埋める更に水魔法で軽く湿り気を帯びるようにすれば終わりだ。
つい2、3分前までそこに死体があったことなど先ず分からない程、綺麗に処理されていた。
「うん、こんなものか………これでいいか?」
「へ?……あ!えぇ、はい、何の問題もないかと……」
呆けるように様子を見守っていたシュミットが、慌てて返事をする。
盗賊の襲撃に、ドラグニルの出現、さらにはこんなものまで見せつけられ、もう言葉もないといった様子だ。
「そうか、ならばよかった。では、昨日言ったように皆をどこかに集めて………いや」
昨日した約束を果たそうかと思った時、遠目に心配そうな表情のエレナを見つけた。
「その前に朝食だな。シュミット、エレナが用意して待ってるそうだ」
自分も空腹だしな、と内心で付け加えながら言うと、シュミットは苦笑いを浮かべながら昨夜のようにゲオルグを家まで連れていく。
自らの戦利品らしき、貨幣の入った小袋をしっかりと握りしめながら。