迫真?の演技
「ここか………」
比較的立派な建造物の多い街の南部。その中でも一際大きく豪奢な建物の前に、今、ゲオルグはいた。
「さて………やるか」
日が沈み薄暗くなったその場所で、そう一人呟き覚悟を決めると、2人の衛兵が守る正門に近付いていく。
「そこの者、ここは領主様の館、用がなくば立ち去れ」
「用があるから来たのだ馬鹿者、いいからさっさと領主のところに取り次げ」
いきなりの口撃である。
「な!?……貴様!!この無礼者めが!!」
「はっ、この街の衛兵は大声を出せば相手が怯むとでも思っているのか、街の城門の衛兵も、最初はそう無為に気炎を上げていたが、すぐに大人しくなったぞ?」
「き………貴様、我らを愚弄するか………」
「愚弄される程度の頭しかないからそうしてやるのだ。貴様らのその短慮は些か度が過ぎていると思わんか?、そう粋がるのも構わんが、せめて相手の顔くらいは確認してからにしておけばいいものを………」
「黙れ!!そのようなもので顔を隠し我らを謀るか!!」
「謀る?………莫迦な、俺がその気なら貴様ら如き、とうに欺き中に入っている」
「お………おのれ………どこまでもふざけたことを……」
この大声を上げてのやり取りに、館からは応援の衛兵が現れ、通りにいた民間人達は慌てて離れて姿を隠す。
これは、ゲオルグの狙い通りである。
衛兵だけならば、あの城門の連中のように威圧すれば簡単に口を閉ざすが、市井の民と言うのは得てして口さがないもの。どれだけ上から抑えようと、必ずどこかから情報というのは漏れだすのだ。故に、この周辺からそれらを排除する必要があった。
<ま、お蔭でこの格好では歩き辛くなったがな………>
どうせこの先数年はここに来ることもないのだから、それくらいは許容範囲であろう。
「貴様!!散々に我らを侮辱したのだ、ただで済むとは思うなよ!!」
「この場で痛めつけた上で、反逆罪で処刑場に送ってくれる!!」
ゲオルグが黙って思考している間に、10人以上の衛兵が取り囲みそう騒いでいる。
「ふむ………今、俺をどうすると言った?」
「聞こえなかったのならばもう一度言ってやる!!貴様を……」
「今一度問う………」
一人が叫ぼうとしたのを遮った上で、フードを少し後ろにずらし、正面にいる者だけに髪と瞳の色をよく見せてやり。
「俺を………どうすると?」
その声、表情、そして髪と瞳の色を確認した、と言うより、してしまった何人かが顔を蒼白にするのが見えた。
「おのれ馬鹿にしおって……」
「まっ……待て!!やめろ!!」
ゲオルグの斜め後方に陣取って顔を確認出来ていなかった者がいよいよ腰の剣に手を掛けたところで、顔を確認していた者が慌てて止めに入る。
「なぜ止める!?こいつは我々を……」
「止せと言っているんだ!!ことがグレフェンベルグ様に伝われば打ち首だぞ!!」
「こんな薄汚い無礼者を一人斬ったくらいで……」
「ほう」
薄汚い無礼者、その言葉に別段怒るようなことはなかったが、一応の演技として、腰の二振り剣を抜いた上で(初めての使用である)、それをその暴言を吐いた者に突き付けた。
「んなっ!!………あ……あ………あぁ……」
「もう一度言ってみろ」
その剣は、交差するようにして男の首を捉えている。恐らく一連の動きを目で追うことは叶わなかったのだろう。圧倒的な実力差と、正面から向き合いフードの中を窺ってしまった男は、口をパクパクさせながら言葉にならぬ声を出している。
「どうした、構わんからもう一度言ってみせろ。その首が惜しくないのであれば、の話だが」
ゲオルグのその言葉に、しかし首に添えられた剣の為に座り込むことも出来ぬ男は、顔を青より出でた藍の如く変色させた。
「な……な、なに、とぞ……お許しを………」
辛うじて絞り出したその言葉に、ゲオルグはいかにも詰まらなそうに一度鼻を鳴らしてから、剣を鞘に納めた。
「顔を見た上で先ほどの威勢があったならば、褒めてやったのだがな………まぁ良い。それより、まだ領主には取り次げぬか?」
「め………滅相もない!!すぐにお取次ぎさせて頂きみゃす!!」(噛んだ)
「ん、頼む。それと、ここでの出来事と俺のことはいたずらに広めてくれるなよ。それがお互いの為というもの、騒ぎに気付いている民草には、実は貴族だったとでも言っておけ。その首が惜しいのならな」
「ははっ!!」
「決して口外など致しません!!ですので………その……領主様には……」
「あぁ、問題ない対応だったとでも言っておこう。ただし、お前らが先の約束を守るのであれば、という前置きが付くがな」
「勿論でございます!!必ず徹底させますので、伏してお願い申し上げます………」
「ならば構わないさ。では、案内頼む」
「はっ!!ではこちらへお越し下さい」
一人が走って館に戻り、一人がゲオルグを先導する。後ろではゲオルグに唯一剣を突き付けられた男がその場に倒れるように崩れ落ち、何名かがそれを支え、騒ぎが収まり顔を出し始めた民衆に残った者が事情説明をしにいく。
ちょっとしたカオスな空間、それを作り出した本人は、どうせすぐにいなくなるから、と、何とも無責任なことを考えていたりするのだから、救いようの無い話である。
経緯はこの際置いておき、かくして、ゲオルグはこの街の領主と対面することとなったのだった。




