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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第二章 建国へ向け
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人間の街、獣人の監獄

「ふむ…………」


今、ゴルトベルク商会を後にした二人は、先払いで貰った金貨入りの小袋を手に持ち、街中を探索していた。


「ねぇ兄さん。あの服渡しちゃったけど、持ち逃げとかされたらどうするの?」


「ん?…………別にどうもするつもりもないが………そうだな、その時は、こんな回りくどい穏当な手段ではなく、直接的に獣人達を集めてみようか」


「ちょ……直接的って?」


「竜化して、城門の上辺りに陣取り、この街の獣人やエルフ、ドワーフを全て、ついでに食い物や衣服を差し出せ、とでも叫んでみるか?」


「うわ………」


「ついでに、さっきの商会とエドの名前も出し、お尋ね者にでもなってもらおう」


「え……えげつないね、兄さん………」


「なに、冗談さ。今はまだ派手に目立つ動きをするつもりもない。それに、そんなことをすればかなり厄介で面倒な話になるだろうしな。恐らく、人間と軽く戦争にでもなるかもしれん………」


「絶対やめて」


「お……おう」


フェリスが渾身の気迫と怒気を以てゲオルグを睨んだ。


「ま、エドもそのくらいのことは想像がつくだろう。俺がただの人間だったならば、殺してしまえばそれで済む。だが生憎と俺はドラグニル、奴が商人らしい気質を持っているならば、下手に俺と敵対するより、友好的な繋がりを持っていた方が利益になる可能性が高いとわかっている筈だ。むしろ、それが分からぬ相手なら、いっそ明確に敵対してくれた方が対処もしやすいというものだ」


「………相変わらず、兄さんの考えることは私には難しいよ」


「経験と知識の差さ。いずれ、フェリスにも分かる時がくる」


「だといいけど………」


そんな不穏当な会話も、大通りの雑踏の中に消えていく。この街の人口がどれほどかは分らないが、数千単位、或いは一万人くらいはいるのかもしれない。


「それにしても………」


ゲオルグは、突然顔をしかめる。


「予想はしていたが………獣人などが金で買えるとはな………」


「うん………」


耳や尾、寿命はともかく、見た目はかなり人間に近い獣人が、当たり前に金で取引される。そこに本人の意思が介在する余地はなく、ただ人間達の手から手へ、物のように扱われる。そしてそれを疑問に思う者もなく、ただ一つの事実として根付いている。


「………反吐が出る」


「………………………」


フェリスは何か思うところがあるのか、沈痛な表情を浮かべながらも何も言わない。


「あの村のような辺境に限った話かとも思っていたが、どうやら違ったらしい」


「………うん」


大通りを行く人々は皆活気に溢れ、笑顔を浮かべ、あるいは忙しそうに走り、己の生を満喫しているように見える。


だがその一方で、自らの生死すら他者に握られ、自分の意志で生きることも、何を為すことことも許されずに日々怯えながら暮らす者たちがいる。そしてその者達は恐らく、人間からはまともな生き物としてすら認識されていない。


ここは、人間にとって暮らしやすく良い街なのだろう。


だが人間が亜人と呼ぶ者達にとっては、永遠の責め苦を受け続ける監獄、この世の地獄ではあるまいか。


「………人間だけが平和を謳歌する時代、それも今の内だけだ」


「………本当に、そうなるかな」


「成るとも。為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の、為さぬなりけり、ってな」


「………?」


ことわざってやつさ。出来ないと思うのはやらないからだ、やってみるまで、出来るか出来ないかなんて分からんってことだ。知ってるか?失敗って奴は、失敗のままで終わるから失敗なんだ。失敗に失敗を重ねても、最後に成功すればそれは成功までの過程になる」


「失敗は………過程……」


「そう、俺達はこれからいろんなことを試行錯誤しながら、大業を成さねばねばならない、そこには数多くの失敗も伴うだろう。なんせ、今までの常識に真っ向から喧嘩を売るんだからな。まして、俺もフェリスも、これから出会う多くの獣人、エルフ、ドワーフ、或いはまだ見ぬ多くの種族でも、国を作ろうなんてことは考えなかったはずだ。故に、全員がゼロからのスタートだ、失敗しないなんて有り得ない。だがそれでも、失敗を経験として歴史を積み上げ文化を磨けば、そこには国が出来ている。俺は、そう信じたい、いや、信じてる」


実際、そう簡単にはいくまい。いつかある程度の規模をゲオルグ達が築いた時、己の種の危機に異常に敏感な人間が気付かずにいてくれることはないだろう。その時、必ず多くの問題が発生するはずだ。


人間は亜人の人権など認めないだろう、国など認めないだろう、まして文化や歴史、それどころか土地の所有すら認めないだろう。


ゲオルグが力で黙らせるのは簡単だ。だがそれでは、根本的な解決には決して至らない。


人間以外の知的な種族が人間と対等に渡り合おうとした時、むしろゲオルグの存在は障害と成り得る。亜人達は亜人達の力で、己の権利を勝ち取らねばならない。ゲオルグがいつか世を去った時、元の木阿弥では意味がないのだ


「………遠い道のりだ。遠い上に険しい、海を挟んだ向こうの大陸に渡るくらいな」


「…………うん」


「俺に出来るのは形作りまでだ、国家としてそれが形成された時、その先を目指すのは、フェリスのような者達の仕事だ。この大陸に覇権を唱えようとするも、人間との融和を目指すのも、或いは徹底した不干渉を貫くのも自由、そこに俺の意思は存在しない、してはならない、分かるな?」


「そう……だよね。私達が、私達の手で築かないと意味がないんだよね」


「あぁ、ま、本当に遠い未来の話、取らぬ狸の皮算用だ。だがもし、これが現実になったならば、その時は………」


俺を安心して逝かせてくれ、と、小さく呟いた


「兄さん…………うん、きっと大丈夫、私はその時はとっくに居ないだろうけど、私や他の人達の子孫が、兄さんが死にたくない、もっと見ていたいって未練たらたらになるくらい、立派にしてくれるよ」


「………どこかで聞いたセリフだな?」


「そうだったかな?」


そう言って笑い合う二人に、さっきまでの沈鬱な様子はなかった。


ただただ、己が、己達が切り開く未来が、明るいものであると、自分たちに語りかけるように。

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