商談 弐
「では、少々拝見致します」
差し出された服を恭しく受けとる店員。そしてスキルを発動したのか、やや雰囲気が変わり。
「こ……こここれは、お、お客様!?」
紳士らしからぬ慌てぶりに、店内の他の店員や客が何事かとこちらを注目してくる。あまり注目されたくはないので、「こほん」、と一度咳払いをすると、その店員も襟を正し、受け取った時よりも尚丁寧な仕草で服を返してくる。
「価値が正しく認識されたようでなによりだ。それより、物が物だ、出来れば、それなりの者と別室で話をしたいのだが、いいか?」
「は、はい。すぐに用意をさせましょう」
慌てた様子で、しかし走るような真似をせず奥へと消えていく店員を後ろから見送る。
「………兄さん、これ、後々騒ぎになりそうな気がするんだけど」
「かもな。だから、こんな真似はこれっきりにするさ。人口を確保する為には、まず元手が必要になる。あの街の地下資源を、とも考えたが、あれはいずれ必ずあの街に必要になってくる。それをこんな場面で使う訳にはいかない」
「……それもそっか。兄さんがちゃんと考えているなら、安心だ」
ゲオルグは、いつの日かあの街が大きくなり、経済的にも軍事的にも人間と対等に渡り合えるようになり、国として認められることを夢見ている。ゲオルグがいかに長命であっても、永遠には生きられない。いつか必ず、あそこを離れなければならない時が訪れる。その時までには、相応の文化レベルにまで発展させなければならないのだ。
故に、自身が力を尽くすのは、数十年、長くとも百年くらいであろうと思っている。
ゲオルグがあらゆることを一人で片付けていては、住民達は成長できないと重々承知している。ゼロからの国造りを自分達でやれなどとは言えないが、食料、産業、商業が一定水準まで達したら、あとは住民達が自分で様々な問題に取り組み発展させるべきなのだ。
自分は、その時はトップから退き、あらゆる獣人をモフる所存である。
「兄さん……?………なんか顔がにやけてます?」
「ん?気のせいだろ」
「はぁ………?」
下心が表情に現れてしまっていたようだった。
「お客様、準備が整いましたので、こちらへ」
そこへ、さっきの鑑定スキル持ちの店員が現れる。二人はその案内に従い、店の奥にある別室にと向かった。
「ようこそおいで頂きました。私が当商会の会長、エドゥアルト・ゴルトベルクと申します。以後、何卒よしなに………」
中で待っていた初老の男が、にこやかに挨拶しながら握手を求めてくる。
「会長自らとは痛み入る。俺はゲオルグ・スタンフォード。こっちは妹のフェリス・スタンフォードだ。今日は、互いの納得のいく形で話が纏まることを期待している」
そう言って、その差し出された手を握る。
「私のことはどうぞ気軽にエド、とでもお呼び下さい。ささ、お掛けになって」
「ん、忝ない。俺のことも名前で呼んでくれて構わない。姓よりは呼び易かろう」
勧められるがままに腰かけると、ここまで案内してきた店員が紅茶のようなものを人数分出し、そのまま退室していく。
「ではゲオルグ様、さっそくですが本題に入ってよろしいですか?」
「あぁ、回りくどいのは好まない。まずはこちらからだな、端的に言おう、これを買い取って貰いたい」
間に挟まれたテーブルに、竜皮の服を置くと、早速エドが食いついた。
「これが…………竜の素材を用いた……確かに、肌触りは麻とも絹とも違う………滑らかで品があるし、なにより………魔力が感じられる。これほどの物、一体どこで?」
「それはまた後で話そう。言っておくが、やましい品ではないことは確かだ。それで、買い取れるのか否か?」
「………今直ぐに、とはいきません。買い手には困らないでしょうが、これほどの物を買いとる現金が、今この場にはありません」
その答えは、ゲオルグの予想の範疇のものであった。故に、解答も用意されている。
「俺とて、すぐに現金で買い取れ、などとは言わんさ。いくらかの現金、あるいは、物を分割で支払って貰えるのが一番いい」
「物………ですか?」
「まず質問だ。この街に、亜人はどれくらい居る?」
「亜人?………詳しくは存じませんが、獣人が恐らく50匹ちょっとに、エルフが3、4人、鍛冶師のところに、ドワーフが5、6人、くらいではないでしょうか?」
「それらを全て買い取れるか?」
ゲオルグの言葉に、エドは目を見開いた
「亜人をそれだけの数を買い求めて、一体何を………」
「それに答える必要はない。出来るのか、否か」
「……………可能でしょう。金に糸目をつけないならば」
「ならば、可能な限り相場より高値で買い取ろう。それこそ、10倍でも可能と言うならそれでも構わん。それでもまだそれを売った金は相応に余るのだろう?」
「………えぇ、正直、それくらいで使い切れるようなものでもないかと」
「そうか、ならばその亜人達にそれぞれ10着ずつ程度衣服も与えてやってくれ、粗末なものではダメだ。それなりのをな。それから、向こう一ヶ月程度の食料と毛布、あとは牛、豚、山羊、羊、これらの家畜を………そうだな、各10頭ずつ、牡と牝の割合は専門家に任せる。さあ、これでいくらだ?」
「ちょ………ちょっとお待ちを…………………そうですね、そこまでやっても、もう二、三回程度は同じ注文を出来るでしょう」
「ならば、それらを明後日正午までに街の外へ揃えてくれ」
「あ、明後日ですか!?無茶です!!」
「出来たならば、残った金の一割、そっくりそのままくれてやる、どうだ?」
「……………三割」
「一割半、これで限度だ。これ以上の高望みは身を滅ぼすぞ?」
「………………………分かりました。明後日までに、なんとか」
「商談、成立だな?」
「………敵いませんな。分かりました、今頂いたご注文と、収支報告書を明後日までに揃えてみせましょう。残った金額は、当商会でお預かりすればよろしいので?」
「そうだな、いずれまた世話になるだろう。決して、損はさせないさ」
「どこかで、巨大農園でも始めるので?」
「似たようなものさ。それより、これから忙しくなるだろうから、俺はそろそろ退散しよう。っと、その前に、幾らか現金で貰えるか?、路銀が、な」
「畏まりました。金貨をいくらか用意させておきます。かようにご贔屓頂き、ありがとうございます」
「ん、また世話になる。それではな」
そう言って立ち上がり、服をエドに預け扉へ向かうゲオルグとフェリス。
「っと、その前に、お互い素顔を知っておくべきだな」
扉の前で、いたずらを思い付いたように笑い、フードを取り振り返る
「んなっ……あ……っ!?」
「この顔、覚えておいて損はないと思うぞ?、では、これにて」
再びフードを被り立ち去る二人。部屋に残されたエドは暫く呆けていたが、ゲオルグの注文を思いだし慌てて動き出す。
その日の午後からと、翌日のゴルトベルク商会は、臨時休業したそうだ。




