商談 壱
「そこの二人、フードを取って顔を見せろ」
いよいよ街だ、と、思った矢先のことである。予想はしていたが。
<ま、そりゃあフードで顔を隠した二人組なんて、怪しいわな>
しかもその服は見るからに上等なもの、というのが逆に不自然である。高貴な身分であれば馬車や馬に乗るだろうし、あるいは従者などが付くものだ。だが二人にはそのどちらもない。
<馬………馬はあってもいいかもな>
目下の食糧のことばかり考えていたが、人口が増えてくればそれに伴い移動手段の確保も必要になってくるだろう、まだ先の話ではあるが。まぁ、今は馬そのものに生産性を見出せないので考えてなかっただけだ。
「おい!聞こえないのか!!フードを取れ!!」
半ば無視するような形となった為か、語気を荒くして言ってくる衛兵。その背後には、同僚と思しき二人が手に持った槍を構えていた。
<やれやれだ……>
ゲオルグは嘆息しながら、怯えたフェリスを背に隠し、衛兵に返答する。
「取ってもいいが、それはお前らの為にはならんと思うぞ?」
「黙れ!いいから早くしないか!」
「………その言葉遣いを、悔い改めることになると思うがな……」
いかにも面倒臭そうな面持ちで自分のフードを取るゲオルグ、そして改めて前を見れば、そこには口を開けたまま固まった衛兵三人。
「全く、気紛れに貴様らニンゲンの街に来たから、ニンゲンの流儀に合わせてわざわざ正面から来たというのに、いきなり槍を向けるだと?………空からを威圧を伴い来た方がよかったか?」
「え?……あ、いや………」
「なんだ、冗談も分からぬか。もう良い、通って良いのか?良くないのか?………それとも、俺とこの場で一戦交えるか?」
「ヒッ!!」
竜王の威圧スキルを一瞬だけ発動させると、目の前にいた三人は腰を抜かしたのかその場にへたり込む。その只ならぬ様子に飛び出して来た他の衛兵も、ゲオルグの顔を見ては一様に固まる。これが、人間のドラグニルに対する正しい態度だと、ゲオルグはよく知っている。
「あ、あ、貴方様は………」
「見て分かるだろう。それとも、このような姿形の者が他にいるのか?」
「いっ!…いえまさかそんな!!」
「ならば、もう良いか?」
「はっ!………は、いや、大変お手数ですがお名前だけでも………い、頂けますと……」
「それは義務か?」
「いえ!………普段なら必要ないのですが…………名のある方や貴族の方などがお見えになられた時だけは……その……領主様や有力者の方々に報告せねばならず………」
「ならば教える必要はない。いても2,3日、ましてそんな煩わしいものに構っていられるか。お前達も、私の逆鱗に触れてみたいと思わぬならば、ここだけのこととして胸に秘しておけ。もう入るが、構わんな?」
「ははははい!!どうぞお通り下さいませ!!」
「ん、行くぞフェリス」
「はい」
相当な脅しをかけて無事に城門を通過、ついでにフェリスの顔の確認なども有耶無耶にし、獣人とばれることも避けられた。恐らくは、ゲオルグと同じドラグニルと誤解しているのだろう、尻尾も服の中に隠しているのだから。
こうして、二人は無事(?)に街中に入ったのだった。
「ほう、なかなか栄えているな」
「ほぇ~………」
フードを被り直した二人は今、街中の大通りの人混みの中を、腕を組みながら歩いている。その姿は恋人か夫婦、あるいは兄弟のように映るだろう。
「さて………あんまり時間を無駄にはできないし、さっさと羽振りの良さそうな店を見つけよう」
「そうですね………やっぱり、大通りに面した場所でしょうか」
「だろうな。それでいて多くの従業員がいて、大きな建物、と言ったところか」
「案外簡単に見つかりそうですね」
「あぁ」
そうして歩くこと10分ほど、二つの大きな通りが交差する、その一角にそれはあった。
ゴルトベルク商会。という看板を掲げたそこは、付近の建造物の中でも一回り大きな敷地と建造物の二階建ての商館だった。
「ふむ………外観は派手ではないが、作りはしっかりとしてそうだな。いずれは、ウチにもこんな商館を建ててみたい」
「軒先も綺麗に掃かれてますね。結構人が出入りしてますけど、目に見えるゴミもほとんどないです」
「……………ここだな」
「はい」
二人が意を決して商館の中に足を踏み入れると、その中もまたシックで上品な雰囲気を醸し出し、何名かいる先客も、見るからに質の良い服や装飾品を身に纏っていた。全身白のフード付ローブの二人が酷く浮く。
「お客様、ゴルトベルク商会へようこそ。何かお求めですか?」
上下黒の紳士服のようなものを着込んだ店員が、二人に気付き声をかける。この浮いた存在にも、少なくとも表面上は他の客と大差なく対応するその姿勢は見事なものだ。
「なに、ちょっと売りたいものがあるだけだ。誰か、これの価値が分かる者はいないか?」
そう言って、フェリスの手から竜皮の服を受け取り差し出す。
「このお召し物ですか………では、すぐに鑑定スキルを持った者を呼びますので、しばしお待ちを」
そう言って立ち去る店員を尻目に、ゲオルグは別のことを考えていた。
<そうか………別にスキルというのは俺の専売特許じゃないんだよな………>
かつていた日本には、異世界転生物の小説が数多く存在したが、その中の多くは他者のスキルやステータスを確認する魔法やスキル、あるいはそれに準じる方法があったと思う。残念ながらこの身にはそのようなものはないが。
<スキルは後天的に獲得できるのか?………例えば俺が今から槍を使うようになれば槍術スキルだとか………>
「お客様、鑑定したい物があるとお聞きしましたが」
「ん?…あぁ」
先程とは違う店員が現れたため、一時思考を中断する。
<なに、時間はまだある。あとでゆっくり考察しよう。まずは、この商談を纏めてから、だな>
ゲオルグは再び、竜皮の服を店員の前に差し出すのだった。




