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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第十一章 戦乱の時代
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誰が為の戦

 今、ガルディナの街中は平時とは些か異なる喧噪に満ち溢れていた。

 伝令を行っている近衛のドラゴニュート達が狭き空を飛び交い、ガルディナの国旗を掲げ整列した正規軍の複数の部隊が大通りを忙しなく行進し、或いは集合命令に急ぎ応じる為に自宅から駆け出している獣人の姿もある。

 ディナントと交戦中の帝国軍への援軍派遣が議会で承認され、その数分後にはゲオルグの命を受けた近衛達が正規軍や警衛隊、そして糧食を用意せねばならない農業部門などに飛んだ。勿論、休みの者であってもそれは例外ではなく、こうしてドラゴニュート達が街中を飛び回り休暇中の軍人にまで召集を掛けているのだ。

「この調子ならば、明後日か明々後日には出立出来よう」

「……近衛の方々の優秀さはよく存じておりますが、それにしても空を飛べるというのは真に便利なものですな。命令の伝達、物資の輸送、斥候に先駆け、どれをとっても人では及びませぬ」

「少数なのが玉に瑕だがな。とは言え、その少数でもってあらゆる活動を実行、或いは支援せねばならないのだから、下手をすれば俺より多事多忙かもしれん。特に今のこの様相では、な」

 ゲオルグと議事堂のテラスで会話をしているのは帝国武官団の司令官、オレグ・モロトフである。傍らにはヨハンとジルも武装した状態で待機している。オレグは非武装なのだが、それでも彼らはオレグに対する警戒を解くつもりはないらしい。彼も一角の武人であることは日頃からの付き合いでよく分かっている。無論、そうは言ってもゲオルグに手傷の一つでも負わせられるかと言えば疑問符がつくところであるが、それはヨハンらにとって関係のないことだ。

 絶対的な忠誠を誓った相手の傍に、友好関係にあるとは言え他国の兵がいることを良しとしない。事あらば刺し違えてでも殺す。そんな気迫が伝わってくるようである。そしてそんな彼らの気迫を感じても尚、態度が常と変らぬというのはオレグもやはり一角の武人であるという証左かもしれない。

「時に、我ら武官団は今回の一戦、同行をお許し頂けるので?」

「無論のこと。俺とて、貴公らの祖国が戦の最中であるというのに、こうして我が国の将兵を鍛えて貰っている手前、そう望まれれば否とは言えぬ」

「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます。しからば、私はこれにて御前失礼させて頂きたく。部下達に急ぎ支度を整えさせねばなりませぬ故」

「あぁ、共に敵を払い、南の地に安寧を齎してみせよう」

「承知。ではこれにて御免」

 その場から立ち去るオレグを見送った三人は、再び街中を見下ろす。正式に国旗と定められた紅白竜星の旗が靡く街並み。見送る者、見送られる者の表情、声、足取りを、全て見逃すまいと言わんばかりに。

「……閣下。恐れながら、私もそろそろ部隊が集まってくる頃合いにございますので」

「良い。今回はお前が名実ともに正規軍最高司令官だ。我らの軍事力、その全てを預ける。期待し得る最高の戦果を上げられるよう、奮励努力せよ。以上だ」

「はっ。必ずやご期待に応えて見せます。では、失礼をいたします」

 そこまで言ってから、ヨハンはジルを一瞥し、何か言いたげにしながら退出していった。残された二人だが、ジルとて勿論すぐにでも軍に戻らねばならない地位にある。それ故か、言葉を発する口はいつもよりどこか焦った様子で早く回る。

「閣下、今度こそ、私も参謀として己の任を全うし、閣下のご期待に背かぬ働きをしてみせます。それで先の戦の失態を帳消しに、などとは申しません。しかし――」

「皆まで言うな。ジル、俺はな、そう難しい命を下すつもりはない。己と部下の命を安くみるな。もし散らすことがあるならば、それに相応しい対価を敵に払わせよ。それだけだ。ただ、敢えてお前だけに向ける言葉があるとすれば……」

 そう言ってから少しばかり俯き、そして、街を見下ろし彼女の方を向くことなく。

「帰って来るぞ。共にこの街に、な」

 とだけ言った。

「……っは、はいっ! では閣下、私もこれにて失礼いたします!」

 略式の敬礼を行い、足早に出て行った彼女の方を向くことなく、ゲオルグはそうして一人になった。その表情には、どこか苦々しいものがある。

(さて……此度の出兵、吉と出るか凶と出るか……)

 彼にとって、人間の勢力と交戦することは避けられない、避けてはならないものではあった。ガルディナの軍事力。その数と質を国外に示し、武力によるガルディナの制圧が困難なものであると思わせるために。

だが、今回の出兵では質は兎も角、量を示すことにはならない。むしろ、「どれだけの精兵であろうと少数」と侮られかねない。そんな恐れを内包しながらも強行することに、果たしてどれだけの利があろうか。

 だがそれでも、フリュンゲルという新たな脅威を帝国だけに相手取らせ、万が一敗北するようなことがあれば、それこそ最悪の状況になる。それを避ける為には、何かしらの助力はすべきであるし、さりとて大きな貸しにはならない程度に抑えねばならない。

 勿論、単独で二ヶ国を相手に勝利を収めてくれるならばそれに越したことはない。だが、まだフリュンゲルが攻勢に出ていない現状で既に防戦に回っていることを考えれば、それも期待薄。

 負けも有り得る、和平で得る物もないままに撤退となってもまだ良い方だろう。

 問題は、ゲオルグがこの戦争に対し静観を決め込んだ場合、そのどちらに結果が傾いたとしても、帝国側からのガルディナへの心証は非常に悪くなるだろうということ。

 そもそもガルディナ、いや、ゲオルグが事の発端にあると言っても過言とは言えないこの戦争、それに対し我関せずとばかりに巻き込まれた帝国の苦境を眺めていたともなれば、それも当然である。

(……是非もなし、ということか)

 溜め息を押し殺しながら目を瞑る彼の耳には、剣戟の交わる音が聞こえたような気がした。

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