幕間 ~少年時代・ラシードの原点~
今日中に3話更新されます。クリスマスですしね!
ネタでクリスマス話でもぶっこもうかと思ったけども、大人の事情により断念。
彼は幼い頃から武術を仕込まれた。
なにせ、爵位は長男が継ぐと決まっている以上、二男である彼には「家に残る」という選択肢がなかったからだ。
故に、軍に入り騎士爵、あるいは名誉子爵でも賜れれば御の字くらいに親は考えているであろう。とは言え、貴族の家に生まれた以上、そうなることはまだ10歳に過ぎない彼にもなんとなく理解出来ていた。
だからこそ、幼い今時分より剣術や馬術に磨きをかけることを悪いこととは思っていなかった。むしろ、日がな一日書斎に篭り勉強に励み、それに加えて自分がやっているような鍛錬も重ねて行う兄を見れば、まだこっちの方が良いと思っている辺り彼もまだ「貴族の子」、というよりは「男の子」の部分が強いのであろう。
そんな彼の一日の楽しみと言えば、母が読み聞かせる物語である。
兄は既に15歳。もう夢物語に瞳を輝かせる年頃でも、それを信じる程の純粋さも持ち合わせてはいないが、ラシードは違う。彼は良くも悪くも純粋な性格をしており、また母が次男である彼に対しても惜しみない愛情を注いでいるが為、人を信じるということを難しく考えてはいなかった。
「母上!!」
「あらあら、今日は一日外で走り回っていたのに、まだそんなに元気なのね」
呆れたような声を出すのは彼の母、テレンティアである。彼女は毎日、夜になると彼の部屋を訪れて寝ているかどうかを確認にくる。しかし、彼女が読み聞かせる物語を楽しみにするラシードにとって、それを聞く前に寝てしまう、なんてことは選択肢として存在していない。勿論、時折睡魔に負けて寝てしまうこともあるのだが、それは子供の性分とも言えよう。
事実、テレンティアの手には今日もまた、一冊の本があった。
無論この時代、本と言うのは高級品である。活版印刷が普及していない上、紙と言えば羊皮紙である。インクとて決して安くはない。本一冊で家が建つ、などと言われる程のものだ。現に、現代では安ければ3,000円もしない聖書でも、かつては一冊百万円単位である。そんな時代故に、娯楽用の本、というものはなく、強いて言うならば歴史書や学術書の中でも、風土や伝説などを記録しているものが娯楽用と思われている。
テレンティアが持ってきたのもそんな一冊であり、表題には「ドラグニルの逸話と考察」とある。
ドラグニルの数々の逸話と、実際に歴史書にも記されている出来事を重ね、逸話がどこまで本当であり、そしてそれを有効に活用出来た場合の可能性について記されたものだ。
彼女が彼に読み聞かせるのはその逸話の部分。つまり、本当かどうかも分からない伝説、その前後、或いは中に自分なりのアレンジを加えて話せば、正しく物語とも言えよう。
そして、そんな物語を純粋な子供に読み聞かせれば、ドラグニルという存在に憧れを抱くのも無理はない。
「ねぇ母上、ドラグニルってそんなに強くて優しいのに、どうして王様とかにならないの?」
「そうねぇ……彼らにとって、王様になるよりも、身近な人を守って、大切にする方が大事なのかしらね」
ましてやこんな風に、彼がぶつける疑問すべてにドラグニルを持ち上げる答えを返しているのだから、尚更である。
「へぇ……僕も会いたいなぁ。会って、お友達になって、それで一緒に戦ったり、お酒を飲んだり、こんな風に夜おそくまでお喋りしたり」
「そうね。きっと、良い子にしていれば会えるわよ。ドラグニルはとっても高潔……誇り高くて、優しくて、そして良い人の味方なの。だから、貴方もそんな風になりなさい。そうすれば、いつか巡り会って、お友達になれて、一緒に色々なことが出来ると思うわ」
「そっかぁ……分かった。剣も勉強も頑張る。それで、沢山の人と仲良くなって、その人たちを皆守れるような人になる。そうしたら会えるかな?」
「えぇ、貴方がずっと、何年経っても今の想いを忘れなければ、きっと会えるわ」
そしてそんな決意をした彼がそのまま大人となり、騎士となり、将となり、ましてや本当にドラグニルと出会い友誼を結びことになるだろうとは、流石にテレンティアも思ってはいなかったであろう。
これは、彼がドラグニルを憧れを抱き始め、そして出会う為の決意をする、いわば現在の彼の原点である。
無論、大人になってからは「ドラグニルと友になる」などという目標は掲げてはいない。流石にその辺りの分別はついた訳だが、「ドラグニルのような高潔な男になる」という目標だけは決して忘れなかった。
そうして帝国を代表する名将としてリュドミラからも重用されるようになった訳だが、まさかのドラグニルの出現、そして自身がその交渉(ガルディナと帝国の最初の取引)を担当することになるとは思いもよらないことであった。
そして、そんな状況となって彼のかつての夢が甦り、ゲオルグと初体面での暴走となった訳である。
三つ子の魂百まで、を地で行く男、それが、ラシード・バスネルという男なのだ。




