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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第十章 そして世界が廻り出す
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思惑

「それで、帝国の反応は?」


「はっ。間諜からの報告によれば、対岸の防衛部隊の多くが帝都に向け進発。こちらの陽動に気付いた様です」


「ふむ……であらば、諜報戦では我らの勝利、というところだな」


家臣の方向に満足げに頷くその男は、クラウス・コンラディン・アロイス・フリュンゲル。

フリュンゲル王国の現国王である。


「そうなるかと。大方、我らが陸戦兵力を動かすとは思ってもいなかったのでしょう」


「さもありなん。陸戦など、余の記憶の限りでは思い浮かばぬ。先代の頃は、帝国に時折上陸戦を仕掛けたようだが」


 クラウスは数年前に父親である先代国王から王位を継承し即位したばかりで、先の大戦の折にはまだ15歳になるかならないか、といった年頃であった。長子であり、次期王位継承者として戦場を経験しておくべきだという声も無論あったが、この国の大戦末期の戦闘行動と言えば、帝国相手に海を渡り敵地上陸し、奇襲を行ってから再び海へ、という消極的戦闘の繰り返しであった上、素人が手を出すには難易度の高いものである。

 故に、実際には陸戦部隊を率い国境付近に駐留するという、初陣としては華やかさの欠片もないものとなったのだが、そこは本人は気にしていない。彼はどちらかと言うと文官気質であったが為であろう。


「船と水兵ばかりに目が行き、地上軍を注視しなかったことが敗因であろう。まぁ、悟られぬよう相応の苦労もしたのだ、それなりの成果がなくては困る。それより、その他に帝国の動きは入っておらんのか?」


「さて、ここからは推測も入り混じりますが、恐らくは外交交渉による我が軍の撤退を求める使者が派遣されるでしょう。勿論、それに併せてディナント戦線への派兵も行い、決裂したとしても対応可能な状況にした上で、でしょうが」


その言葉に頷くクラウスであるが、しかしどこか不満げに再び口を開いた。


「そうではない。余が聞いておるのは、例の国のことだ。アレの噂はどうなっておるのかと聞いておる」


「……あの噂ですか。まぁ、およそ貴族の周辺からしか伝わって来ませぬ故、我が国に対する情報工作の一環ではないかと思われますが……」


彼らが言う「あの噂」とは、勿論ガルディナの事である。

帝国がフリュンゲルの動きを探っていたように、当然ながらフリュンゲルも帝国の動きを探っていた訳だが、その過程で耳に入ったのが「ドラグニルによって建国された亜人種の国」の存在である。


あまりに馬鹿げた話である。しかし、ディナントからの情報によれば、獣人のみで構成された地上部隊に、それを支援する少数のドラゴニュートの部隊も確認されているという。


更に言えば、それを聞き及んだ教会までもがにわかに騒ぎ出したという話まで伝わっている。そこまで来ると、信憑性も決してないわけではない。しかし、その獣人部隊やドラゴニュート部隊が帝国の所属ではないという確証もなく、今現在のディナント戦線ではまだ存在が確認されていないという。


「噂であればそれでも構わん。だがその噂の中に、帝国が潤う内容が含まれるのが気になってな」


クラウスが言っているのは、ガルディナが金銀宝石、鉄や銅などと言った産物を帝国に齎し、そしてその対価として帝国においては目の上の瘤であった亜人を多数引き取っているという噂についてのことだ。


フリュンゲルもまた、多数の亜人を国内に抱え、そして彼らによる犯罪に頭を悩ませることも少なくない。これらを解消するには、亜人に対する差別を禁じ、彼らを一国民として扱う。或いはディナントのような徹底した弾圧を行い数そのもの減らし、そして残りも国民、あるいは国によって管理するのが最も手っ取り早い。


だが、前者を行えば国民、そして教会からの激しい反発は免れず、下手を打てば教会による内政干渉すら危惧される。かと言って後者では、亜人全体が激しく抵抗し、各地で反乱でも起これば目も当てられない。数が少ない故に大した騒動にならない可能性もあれば、なにかしらの方法で集結して大規模な反乱になる可能性も捨てきれない。


「これまで散々に頭を悩ませた亜人問題、それを解決出来る上、更に莫大な富も得られる……まさしく、ドラグニルの数々の伝承に劣らぬ恩恵よな。故に、余はそれを疑うと同時に、期待もする。だからこその派兵よ」


「……帝国から直接話を聞く為に、ですか?」


「いかにも。嘘であればそのまま数に任せて適当に戦い追い散らせば良い。出来なくとも、すぐさま我らに矛先が向かぬよう戦力を削れれば重畳よ。だが、もしもそれが真実であった場合、是が非にでも我らにも一枚噛ませて貰おうではないか」


フリュンゲルがディナントに援軍を派遣し、帝国を交戦を開始したとなれば、帝国としても黙ってはいられないだろう。とすれば、正式な外交ルートからの抗議、或いは停戦ないし和平交渉の為の使者が訪れることは先ず間違いない。


そして、帝国皇帝から勅命を受けて外交使節として訪れる者となれば、それなりの身分であることは間違いなく、そうなれば先の噂についての真偽に関する情報も持っていることは疑うべくもない。


今回の戦争への参戦そのものが、フリュンゲルにとっては一噂話を確かめる為だけのものである、ということである。


フリュンゲルから使者を送ればそれで済む、と思われるやもしれないが、それではどうしても下手に出ざるを得ない。「出兵しようか迷っている。して欲しくないならば、真実を教えろ」と言ったとして、適当にはぐらかされた上に防備を固める時間を与えてしまう可能性が高い。


だからこそ、「既に派兵し、ディナントと合力して数の利を活かし帝国を苦しめている」という現状に価値があるのだ。自分を苦しめている相手に上から物を言える者などそうはいない。いかに大陸にその名を轟かせる帝国と言えど、軍を右へ左へ、数も動きも思うが儘、などということはなく、むしろ最大動員数が多ければ多いほど、移動、集結、兵糧や武具の用意、その他あらゆるものに莫大な時間が掛かるのが常である。


ディナント戦線に援軍を送るより、可能ならば外交ルートから撤退を要請した方が明らかに効率がいいのである。


「では、もし使節が訪れましたら……」


「うむ。幾時でも時間を掛けて焦らせてやろう。焦れば焦った分だけ、ボロも出しやすい」


こうして、フリュンゲルの中でも、間接的ながら注目を集め始めたガルディナであるが、幸か不幸か、ゲオルグが知る由はまだ、ない。

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