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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第十章 そして世界が廻り出す
145/153

リュドミラの受難

平和は嗜好品に似ている。余裕のある時は高い金を払ってでもそれを嗜むことが出来るが、余裕がなくなれば途端に不要に感じるものだ。

 貧困、飢饉、あるいは政治的な行き詰まりによって余裕がなくなった時、戦争は甘美な響きに聞こえるのだろう。戦争とはまさしくその一刻に限って言えば希望のように映るだろう。その悲惨さと醜さに目を瞑れば。

そして後々になって人々は口を揃えて言うのだ。

「戦争なんてなければ……」と。

結局のところ、戦争なんてものは自己満足と自己嫌悪の塊に過ぎないのかもしれない。

尤も、国民と軍を煽ってその醜さの集大成を用いた私は、果たして何なのかという話だが。



ヴィルヘルム帝国第7代皇帝  リュドミラ・スラミフィ・ヴィルヘルム



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「ラシードが、苦戦?」


「はっ。現在、フリュンゲル王国の軍勢およそ2万がディナント軍に合流、およそ4万の兵を前にバスネル将軍も攻勢を諦め、守勢に回っているとのこと。序盤に敵の攻勢を上手く誘因し迎撃し、これを減らす事に成功はしましたが、それでもまだ5千以上の差があり、またフリュンゲル軍も後詰がないとも言い切れぬ状況です。1月か2月程度ならば如何様にも防ぐ所存ですが、それ以上は撤退も視野に入れる、とのこと……」


ラシードから送られた急使に会う為、謁見の間へと場所を移したリュドミラは、他の臣下達と共に伝令の言葉を、一言一句噛みしめるようにして聞いていたが、ややあって苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「フリュンゲル……港に集めている軍船は囮、という訳ね。やってくれる……オーリャ!!」


「ここに」


「第2軍はどうなっている」


「既に編成は終えております。しかし、将軍はともかく、部隊長クラスの指揮官が些か不足している状況です。ガルディナに派遣された武官団に、中央から少々割き過ぎたかと。1万5千にもなる軍としては、些少ながら指揮系統に不安が残ります」


「この際それで構わない。兵を送れば、後はラシードが上手く使ってくれるだろう。彼の元にはそれこそ有能な下士官も多い。出立を急がせろ。それと、フリュンゲルに睨みを利かせている海岸線の部隊も呼び戻せ。全軍とは言わないが、少なくとも半数。それで急ぎ第3軍を編制し、ラシードの元に送るよう手配せよ。全く……こんな形での戦力の投入は考えていなかった……」


指示を受け退出していくオリガの背を見ながら、リュドミラは己の予測を大きく外れた、突如としたフリュンゲルの参戦に忌々しげな思いを噛みしめ、そしてこの事態を伝えてくれた伝令の男に声を掛けた。


「お前はしばらく休め。ここまでご苦労だったな、ラシードの元へは他の者を送る」


リュドミラのその言葉に、男は一度短く返事をした後。


「恐れながら、未だ私の戦友達が前線でその命を賭して剣を振るっております。私だけが後方に下がることなど、どうして出来ましょう。ただの一騎であっても、バスネル将軍にとっては貴重な戦力。何卒、ご容赦頂きたく存じます」


そう言って更に深く頭を下げる伝令の男に、リュドミラは「よくぞ言った」と何度か頷き。


「そなたのような部下を持てること、バスネルも誇りに思うであろう。で、あるならば、疾く行くが良い。戦場は今も尚、敵味方の血を啜っている。お前の働きで敵に更なる流血を強いることを願う」


「はっ! しからば、これにて御前失礼仕ります!」


リュドミラの言葉に、疲れなど微塵も感じさせぬ声で返答したその男は、素早く立ち上がりその部屋を後にした。戦場からここまで、馬の乗り替えは出来ても自身の体力ばかりはどうしようもない筈。乗馬と言うものは存外に体力を使う。まして、常に駆け足であったならば尚の事。それでも休む事なく戦場へ戻る事を願うことが出来る者など、更に言えば国家の元首たる者に「休め」と言われてそれを蹴ってでも出来る者などそうはいない。


「ラシードが羨ましい限りだ……いや、今はそれどころではないな」


そんな男を部下に持つラシードに、どこか羨望にも似た思いを抱いたリュドミラだが、今はそんなことを考えている場合ではないと頭を振る。


「ゲオルグ殿もつい先日ここを訪れたばかり、しばらくは来まい……さて、どうしたものか……」


眉間に寄った皺をほぐすように手で揉み始めたリュドミラに、家臣の一人が言葉を投げかける。


「恐れながら、先日の会合でフリュンゲルに対しガルディナの存在を公表することが許されたと聞き及んでおります。先ずはそれを以て外交的な解決を図るのがよろしいのでは?」


その言葉に同調するように何名かが頷くも、リュドミラ自身の表情は決して優れなかった。


「確かに、その旨は言質を取っている。しかし、それを実行するという事は、否応なくあの国をこの戦争の表に引きずり出すことになる。それをゲオルグ殿が決して快く思わないであろうこともまた事実。そして、それはあまりにも大きな借りを作ることにもなる。果たして、未だ発展途上とは言え、あのガルディナに、延いてはゲオルグ殿にそれほどまでに大きな借りを作ることが最善なのか、些か疑問であろう」


リュドミラの言うことは決して大げさな話ではない。確かに、ゲオルグとの会談では「フリュンゲルが参戦した場合、貴国の存在を公言する」とリュドミラは宣言しており、それをゲオルグも致し方なしにではあるが「是」とした。

しかし、彼の本音として「まだ自国の規模が小さい以上、必要以上に知られたくはない」というものがあることは間違いない。とは言え、既に帝国の中でも少なくない者達に知られている以上、どこかしらから情報が漏れるであろうが、それでも他国がその存在を確認する術を持たない以上、それは噂の領域から出る事はない。


だが、帝国がこの戦争における正当性の証明としてそれを明言することとなれば話は別である。


帝国が「ディナントとの開戦のきっかけとなった大森林内部での出来事には自国は一切関知していない。それを行ったのはガルディナという新興国である」と主張したところで、「ではそのガルディナ国の存在を証明せよ」となることは明白である。ともすれば、リュドミラはゲオルグに頭を下げて頼みこまなければならなくなる。


「どうかフリュンゲルに貴国が実在することを証明して下さい」と。


当然、言質を取ってある以上、彼はその要請に何らかの形で応えてくれるであろう。しかし、「リュドミラ」が、即ち「帝国の元首」が「ゲオルグもといガルディナの元首」に頭を下げる。というのは非常によろしくない。


個人と個人の問題ではなく、国家と国家の外交交渉である以上、そうして借りを作ることは極力避けねばならない。純粋な国力で言えば、その借りを踏み倒したところで何かしらの報復など不可能な程に差があるが、いかんせん、ゲオルグの存在、それだけが彼女にとってネックであった。


「……先ずは援軍を一日でも早く合流させること。そして、再びゲオルグ殿が来訪された際に、細かな打合せを行う。どうしてもこの危地を脱し得ないと判断し、ゲオルグ殿が来訪する気配もなくば、我が国の独断で情報を公開し、フリュンゲルとの交渉を開始する、よいな」


リュドミラの下した決断に、やや不安がない訳でもない。しかし、家臣団としても己が主がそう決断をしたならば、それに従うのみである。少し前ならば多少強気に出てもよかったかもしれないが、今や彼女の背後にはあのドラグニルの影がちらほらと見え隠れしている。


彼女に嫌われれば、それ即ちゲオルグとの交流の可能性を断絶される可能性が高くなる、ということだ。


帝国貴族達の間では、今となってはリュドミラのご機嫌伺いと、その先に在るゲオルグとの交流が第一優先事項となりつつある。


それが、帝国にどのような影響を齎すのかは、今はまだ、誰にも分からない。












アンケートにご協力ありがとうございます。


幕間のアイディアに思いがけないものを頂きまして、是非採用したく思います。

それから、リュドミラさんの予想外の人気に驚きを禁じ得ない。

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