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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第十章 そして世界が廻り出す
144/153

束の間

 国家とは一つの生命体である。

 国土という骨があり、国民という細胞があり、為政者という脳を持つ。

 軍隊とはいわば抗体、免疫であり、敵性勢力というウィルスを攻撃、除去するためには必須の存在だ。



【ガルディナ王国国王、ゲオルグ・スタンフォード語録】より抜粋。





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「それで、今日は一体どういった要件なのかしら」


「何というほどの事でもない。少しばかり、対ディナント戦線の状況が芳しくないと聞いたものでな」


やはりそれか、と、リュドミラは小さく嘆息した。

今、目の前のドラグニルやその周囲の者達は、新規に受け入れた住民達や帝国武官の件で匆匆たる日々を送っている筈。にも関わらず、この帝都まで彼が足を運ぶということは、彼にとって看過し難い事態が起こったに違いないとは思っていたのだが。


「ちなみに、どこで聞いたのかしら?」


「サグラーシ砦で耳に挟んだだけだ。誰と言うことはない」


嘘をつけ、とリュドミラが思ったことは言うまでもない。個人名を上げれば、その誰かに軍事情報を漏洩したことに関する叱責が飛ぶことを嫌ってのことであろうが、そこを追求したところで無駄であろうと彼女は判断した。


尤も、その気になれば自らの目で戦線を文字通り俯瞰出来る彼に対し、聞かれた者も嘘を教える意味はないと思ったのかもしれないし、それを責める気にもなれないのだが。


「まぁ、そうね、苦戦している訳ではないけれど、良い状況とは言い難いわね。ラシードが敵を挑発して誘い出しこれを叩いた、まではいいけど、それからはずっと貝のように閉じこもっているみたいね。流石に良く造られた防御陣地相手に強攻も出来ず、攻めあぐねているそうよ」


「成程な……援軍を、と言いたいとことではあるが、それは互いに望むところでもあるまい?」


ゲオルグの言葉には多くの意味合いが含まれている。

ガルディナとしては、ようやく千を超える兵力を確保出来たとは言え、いまだその半数は練兵の最中。それを戦場に出し無闇に失うようなことはしたくないし、それでなくとも内部がまだ不安定な状況である以上、おいそれと軍を動かすことは出来ない。


帝国側としても、ガルディナの早期介入により自国が得られるであろう利権を損失させることは受け入れ難く、またディナントを上回る兵を動員しておきながら独力では成果を出せない、ともなれば、周辺諸国から侮られることにもなる。帝国の威信に傷が付く、ということだ。


そういった事情もあって、リュドミラとしても彼の言葉に頷く他なかった。


「お察しの通り、今ガルディナに出て来られるのは少し……ね。ここで両国の間に蟠りを作ることはよろしくはないわ。とは言え、私達としては貴方の国の存在をそろそろ公にしておきたいところなのだけれどね……」


「ふむ……フリュンゲル辺りが煩わしくなってきたか?」


「ご明察恐れ入りわね。あそこも教会の影響が強いのは確かだけれども、だからと言って教会の意向のままに国軍を動かす程愚かではないわ。今回の牽制も、ディナントの主張に多少なりとも正当性があると思えばこそのものでしょう。そこに、ガルディナという帝国とは全く異なる勢力が存在して、ディナントの主張が正当性に欠けるともなれば、彼らも私達……帝国に対し牽制する程の理由がなくなるもの」


「その場合、我々が目の敵にされることは必定、とは言え、ガルディナとフリュンゲルの間には帝国とディナントがある以上、直接の手出しは難しい。ともすれば、兵を帝国との境界から退いた上で静観に走る可能性も高い、ということか」


「えぇ、十中八九そうなるでしょう。ディナントの正当性が失われれば、我が国との戦闘に積極的に参戦する大義名分がなくなり、だからと言って貴方たちガルディナを討伐しようにも、目下帝国と交戦中のディナントの領土を横断するのもリスクが大きい。それこそ、戦争に巻き込まれることだって十二分に有り得る以上、それは避けるでしょうね。元より陸戦よりも海戦を主軸としているお国柄ですもの」


「万が一、ディナント戦にフリュンゲルが参戦したとしても、これまでフリュンゲルに当てていた帝国の兵力がそっくりそのままそちらに移り、兵力で勝り、更には陸戦が不得手なフリュンゲルの援軍に対し質も勝る。これまでより規模は大きくなろうが、決して不利にはなるまい」


「そういうことよ」


陸戦兵力で言えば大陸でも随一の規模を誇るのが帝国軍である。それでいて、先の大戦からの生え抜きの将兵と、サンクツィ城塞を始めとする強固な兵站線を確保しているという点もあり、今回の戦争においては侵攻勢力であるにも関わらず優位性を保持している。


尤も、先のサンクツィ城塞での戦闘において勝利を収めた余勢というものもあろうが。


「羨ましい話だ。ガルディナにもそれだけの戦力があれば、事はそこまで難しくないのだがな」


「そうね……人口が根本的に違いすぎるというのもあるけれど」


「まぁこればかりは一朝一夕でどうにかなる問題ではない。軍拡に重きを置いている現状は決して良いとは言えぬが……とは言え、今は力を付けねばどうにもならん。ディナントのみならず、大陸の一勢力として認めさせるためには、な」


「軍事力、ね。貴方一人居れば大陸を席巻するのもそう難しくはないでしょうけど」


肩を竦めながらそう言い放つリュドミラに、ゲオルグは苦笑を浮かべながら応える。


「まぁ、もし俺の気性がもう少し荒ければ、大陸から人間と言う種を滅ぼした方が早い、と考えたやもな」


「それは洒落にならないわよ……」


思いがけない言葉に頬を引き攣らせるリュドミラだが、彼ならばそれが決して不可能と言い切れない辺りが空恐ろしく感じた。とは言え、実際にはこうして話し合い、協定を結び、互いの利益を推し量りながらではあるものの、表面上は友好的に付き合っているのだから、それを心配する必要性は感じられない。


「まぁ冗談はさておき、フリュンゲルの方はなにかしら考えておくさ。教会の意向に唯々諾々と従う訳ではないというのなら、俺の付け入る隙も有ろう。故に今しばらく我らの存在については明言は避けて貰いたい」


「まぁそう言うとは思ったわ。でも、もしもフリュンゲルがディナントとの戦線に介入してくるようであれば、ガルディナの存在について公言することになると思う。不当な理由で責められた被害者であるということだけはいずれにせよはっきりさせなければならないけれど、現状ではどちらにも正当性を感じさせる戦争ですもの」


「それは問題あるまい。そうすれば、嫌でも教会がこちらに目を向ける。ディナントからすれば、国内で団結せねばならんところを他勢力によって二面作戦を展開させる必要に迫られるやもしれんからな。そうなってしまえば、まぁ我々としてはあまり頂けない事態ではあるが、帝国からすれば敵の足並みも乱れて万々歳だろう?」


「そうね。教会は恐らく、貴方たちの存在を知れば先ず何よりもそちらを叩くようにと言う筈だわ。実際、我が国との戦線は膠着しているし、ならば帝国が国境で釘付けにされて動けぬ今のうちに、とでも考えても可笑しくはない。それこそ、防衛線から兵を引っ張っていってくれれば儲けものかしらね」


「それは流石にあるまいよ。とは言え、対帝国戦の予備兵力をこちらに回すよう動く可能性はあるかもしれんがな」


「ふふ、そうなれば、我々は随分楽が出来るわね」


「こちらは修羅場になるがね……全く、頭の痛いことだ。どうにも、人間と関わるのが早すぎたと思わざるを得ない。今更どうにかなるものでもないが……まぁ、そもそも原因が我々によるディナント軍の殲滅なのだから、リュドミラに文句を言っても仕方がないのだがな」


そう言いながら嘆息する彼を、リュドミラは面白そうに笑いながら眺める。

人の身では決して及ばぬ力を保有しながら、まるで弱小新興国(ゲオルグがいなければその通りだが)の君主のような悩みを抱えている。そこにドラグニルたる彼自身の強さなど微塵も感じさせず、ともすれば人間を相手にしているような錯覚すら感じるところである。


<だからと言って、下手な言動は慎まねばならないけれど、ね>


それこそ、例え帝国相手だろうと彼がその気になれば一月と保つことなくこの国は大陸から消え去るだろう。そしてそれはこの大陸のどの国家であっても等しく、例外はない。


<彼の勘気に触れたディナントがどうなることか、行く末が楽しみだわ>


そんな内心などおくびにも出さず、未だ腕を組み軍備についてあれこれ独り言を漏らす彼の事を見つめるリュドミラであった。



そして、この会談からおよそ2週間後。帝国に「フリュンゲル軍およそ2万、ディナント軍と合流。ラシード率いる南征軍が一転して防戦を強いられている」との知らせが帝都に舞い込む。


大陸に、戦乱が訪れてようとしていた。

 

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