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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第十章 そして世界が廻り出す
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職務か欲望か

「久しいな、ニコライ」


「はっ、ご無沙汰致しております、スタンフォード公におかれましては、先日の戦勝、実におめでとうございます」


「よせ。我らの貢献など、帝国軍の勇戦には比べるべくもない」


サグラーシ砦において、ゲオルグはラシードの後任であるニコライ伯爵と軽い挨拶を交わす。今回彼が訪れた用向きは、間もなくここに7000名を超える新住民が到着するため、当日へ向けての確認、といったところである。


「それより、ここに着任してから不便はないか? 何分急な話であったからな。何かと苦労を掛けているとは思うが……」


「ははっ。確かに、過ごしやすさで言えば私の所領にある館とは雲泥の差ではありますが、それ以上に、こうして公と友誼を結べるというメリットの前には霞みまする」


そう言って爽やかな笑みを浮かべる彼は、一見すると何の裏もないように思える。とは言え、それを真に受ける程ゲオルグもお人好しではない。


ラシードのように、政治にほとんど関与しない人物であればまだしも、ニコライのような一定の権力を保有する貴族相手に迂闊な言動など出来ないからである。


また、ゲオルグがそこまで警戒する理由の一つとして、彼の領地がガルディナに程近い、帝国北西部だという事も挙げられる。何か言質を取られるようなことがあれば、それを盾に何かしらの要求をされる可能性も十二分に考えられる。


尤も、ラシードのようにある程度親密になった時、ゲオルグがよく見せる「身内への甘さ」が出てしまう可能性もあるが、それは今論じても仕方のないことであろう。


「我が領地もここから程近く、何かあればすぐにでも早馬でやり取りが出来ますからな。領土を持たぬラシード将軍程身軽にはいきませぬが、代わりに多数の物資や私兵程度ならば私の裁量で動かせます。スタンフォード公におかれましても、何かご用命があれば是非お気軽にお声がけくだされ」


「ん、心得た。とは言え、俺だけで解決できない問題と言うのもあまりないことなのだがな」


「それはまぁ、そうでしょうなぁ……」


ゲオルグの言葉に、先日の空輸を見たからか、苦笑を浮かべながら言葉を返す。


「それより、そろそろ打ち合わせといこうか」


「えぇ、では、先日早馬から報告を浮けた事を……」


こうして、この二人はこれから幾度か住民の移住に際し顔を合わせ、親交を深めていくのだが、後のゲオルグが語る限り「彼は常に誠実であった」とのことである。彼の本音がどのようなものであれ、少なくとも、ゲオルグの不興を買うような真似はしなかった、ということだろう。




――――――――――――――――




<さてさて、こうして皇帝陛下の次にスタンフォード公と友誼を深めやすい立ち位置に就いたのだ。どうにかして、ラシード将軍のようにドラグニル手製の逸品でも頂けぬものか……>


ニコライはラシード程ではないが、生粋のドラグニル好きである。


貴族として教育を受けてきた彼は、それを全面に押し出して感情を包み隠さず表現したりはしないが、それでも、心のどこかに逸る気持ちが在ることは認めざるを得ない。


ラシードの部下が与えられたという、ゲオルグが手を加えた名槍。あれを見た時は、美しさと実用性を兼ね備えた見事な作りに心揺らぎ、そしてラシード本人が与えられたという竜の鱗で作られた籠手を見た時は、思わずどのようにして盗み出そうかとすら考えてしまいそうだった。


尤も、国軍を預かり個人としての武力も国内有数の彼を相手にそんな真似を本気でする訳にもいかないからこそ諦めもついたのだが、これが爵位や武力において己に劣る相手であったら本当に思いとどまれたか、自分でも怪しいとは感じている。


<尤も、同じようなことを考える貴族は他にも多かろうな……例えば、レオニード侯爵>


恐らく、彼の男は自分の領地との距離を鑑みて、物資などの支援による繋がりは放棄しているだろう。しかし、それだけで諦めるような男ではないことは、帝国貴族なら誰でも容易に想像がつく。


現に、今回亜人と一緒に送られる帝国の軍事教練専門の武官の中に、彼の息のかかった者が数名いるという話である。それはゲオルグと直接親交を深める為のものではなく、彼の好みや性格、そしてガルディナという国家の内情を調査するためのものであることは間違いない。


なにせ、帝国の殆どの者が、ガルディナについて何も知らない。大森林によって情報が完全に遮断されているのだから致し方ないのだが、それ故に誰もが欲しているものだ。


皇帝であるリュドミラや一部の側近は直接訪れて内部を見てきたようだが、その頃は未だに反人間感情が顕著であった為、つぶさに見て回ることは出来なかったと聞いている。


その点、今回の一部武官の派遣は多くの貴族が何が何でもと自分の子弟や親類縁者をねじ込もうと躍起になっていた。なにせ、1日や2日の短期ではなく、数か月単位での長期滞在である。それだけあれば、帰還する頃にはある程度の情報が仕入れられているに違いないのだから。


<私の領土にも、武勇で名を上げた者が居ればな……>


無論、ニコライもどうにか自分の部下等を送り込めないかと画策してはいたのだが、こうしてサグラーシ砦を任され、ゲオルグとの取引を担うという役割を振られている為、その他の貴族からの妨害も激しかったのだ。


彼と多少なりとも交友があった中央の武官の何名かが、今回の話を辞退、或いは志願しておきながら急にそれを取り下げている。


<……まぁ良い。こちらは国主たるゲオルグ様と直接交渉出来るのだ。今はそれに満足しておこう>


帝国の伯爵として、それなりの権勢を持つ彼からすれば、そういった政治的な繋がりよりも、ドラグニルと個人的に友誼を結び、交友を深めることこそが肝要なのであった。



貴族としての役割、ドラグニルの信奉者としての想い。


彼がその狭間で幾度となく揺れてしまうのは、ゲオルグの預かり知らぬことである。

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