記憶
新章突入前に御礼を。
気付けば本作はPV1100万を突破しておりました。1年ちょっとの執筆ではありますが、お読みくださる読者の方々には、誠に頭の下がる思いです。
こうして作者が少しずつでも執筆を続けていられるのは、偏に皆さまのお蔭でございます。
重ねての御礼申し上げるとともに、皆様のご健勝、ご多幸をお祈りして、挨拶とさせて頂きます。
余は人も立ち入らぬような山の奥深くで生涯の多くを過ごした。
共に過ごした者は両親の他、僅かに数名。群れる事を良しとしない、それが、我々と言う存在なのだろうか。
否、我らが群れる事により、俗界の連中が色めき立つことを嫌ってのことだそうだ。
我らが数十も纏まり俗界に降り立てば、それだけで世界を席巻出来ると両親は言っていた。そして、そのような事に興味はないし、ましてその力を利用されるようなことがあってはならぬと。
それを代々に亘り子孫へとよくよく言い含めているのだから、誰もがその言葉を疑わない。我らにとって我らの住む狭き世界、それだけが唯一無二の居場所であり、守るべき家。余もそれを疑っておらなんだし、信じていた。
そうして何も疑わず、知ろうともせずに、なにもせぬにはあまりにも長き生涯を生きた。魔法と剣の修練こそ重ねてはいたが、それも限界というものがある。生活する上で大魔法なんぞ役には経たず、戦いもないのであれば剣術とて意味はない、ただの暇つぶしである。だが長き年月が過ぎ、遂にその終わりを迎えようと言う時、なんとなく俗世というものを見たくなった。大した意味、目的などない。
ただ、己の生涯の最後に、一度も目を向けることもなかった世界を見てみたくなったのだ。
そして、いざそれを実行した時、余の目に映ったのは、あまりにも不愉快で、下劣で、賤劣で、浅ましいものだった。
余の伝え聞いた俗界の在り方というものは、人間、獣人、エルフ、ドワーフ、その他多くの人ならざる者達が、種族など関係なしに同じような営みをしている、というものだ。
だが眼前の光景はどうか。
余の伝え聞いていた以上に、人間は文化を成熟させ、大層な集落を築き、この世の春を謳歌していた。だが、それは人間に限られた話。
人間以外の、人間に良く似た種族が、人間により畜生のような生活を送らされている。強いられていると言っても良いだろう。
何かがおかしい。何かが狂っている。
具体的にそれが分かるかと問われれば、それは出来ない。だが、その光景を見た時に、吐き気を催したことは間違いない。
これが、この世の在るべき姿だというのだろうか。
余の頭の中で疑問が渦巻く。
だが、その疑問を解消するには、余に残された時間では恐らく足りぬ。
そんな時だ、余の頭に、禁忌とすらされる、おぞましい魔法のことが頭をよぎったのは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……さん…………兄さん!!」
「んっ……」
ガルディナ森都、その北側に位置する湖の上に建てられた建物の一室。己の家の寝室で、ゲオルグは目を覚ました。
「大丈夫?」
「……大丈夫、とは?」
そう妹であるフェリスに返しながら、ゲオルグは己の体の違和感に気付く。体中から汗を流し、着ている服を、ベッドに敷かれたシーツを濡らしていたのだ。
「起こしにきたら、苦しそうに唸ってたし、汗もすごかったから……」
心配そうな表情を浮かべるフェリスに、ゲオルグは頭を振ってから、口を開く。
「夢を、見ていたような気がする」
「夢?」
「あぁ、いや、よくは覚えていないのだがな」
「体調は大丈夫なの?」
「あぁ、問題ない。それより、今日は何か予定されていたか?」
「えっと、建築部門の人達が、新しい倉庫の基礎工事が終わったから、それを視察に行くって話だったと思うけど……本当に大丈夫?」
「あぁ、問題はない。夢見が悪かった程度で体まで悪くなるものか。すぐに支度するから、少し待て」
「うん、分かった。無理だけはしないでね?」
「案ずるな。丈夫さだけは誰にも負けんよ」
そういって苦笑を浮かべるゲオルグに、フェリスは尚も心配そうな視線を向けながら、部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送ったゲオルグは、すぐには支度をせず、ベッドの上で上体だけを起こした姿のまま、窓の外を見ながら呟く。
「……あんたなのか?」
俺をこの世界に引きずり込んだのは。という言葉は出さない。だが、それは半ば確信に近い。
「余」という1人称、獣人達の境遇を知らず過ごしたという生涯。数々の魔法、そして剣術。
初めてこの世界に来た時に与えられたものと、尽く合致しているようにしか思えないからだ。
「…………あんたなのだとしたら、今、どこにいる? 俺に、何を求めている?」
その問いに答えは返ってこない。
ゲオルグはしばらく窓の外へと目を向けていたが、やがて思考を振り切るようにして頭を振り、仕事の為の支度を始めるのであった。




