幕間 鳥頭
書いといてなんだけどいまいち。
おまけと思って頂ければ。
「ねぇねぇ、あそぼ? あそぼ?」
「エサ獲る!! 競争! 競争!」
「魚! 魚!」
「焼いて! 焼いて!」
「や……やかましい」
ゲオルグは今、ガルディナ森都より遥か南東、フリュンゲル王国より南に位置する山脈に来ていた。
決して仕事から逃げ出した訳ではない。あくまでも今後の為の視察である。そう、視察である。
いつぞや、シレーヌという種族にこっぴどい目に遭った彼は、「なれば今度は山にでも」と思い立ち、遥々こんな山奥にまで来たのである。そこはガルディナよりも気温が高く、雨季もある為か、背が高く大きな葉を付けた樹木が立ち並ぶ、どことなくアマゾンのような雰囲気を持った土地である。
そこで出会ったのが、人間でいう腕にあたる部分が翼に、足が鳥類のそれという姿をした、褐色の肌を持つハーピーのような種族である。彼女らは(現在雄に出会っていない)ゲオルグを見つけるなり、いきなりその鉤爪で彼を捕えようとした挙句、それを撃退され尽く撃ち落されるという事態に陥りながら、それでも懲りずに幾度となくゲオルグに向かってくるという謎のタフネスの持ち主であった。
どうやら、ゲオルグが殺さないよう手加減して相手していたのだが、それを新手の遊びか何かと思ったのか、後半ではきゃっきゃと笑いながら墜落していく姿に、ゲオルグは寒気すら覚えたものである。
そして彼女らは満足したのか、今度は先のようにゲオルグを狩りに誘い始めたのである。
「いや、そもそもいきなり襲いかかってきた理由も分からんのに、なぜ一緒に遊ぼうとなるのか……」
そんな当たり前の疑問を口にすると、それを聞いた彼女らは揃って首を傾げ。
「……なんでだっけ?」
「襲った? 襲った?」
「遊びたい、遊びたい」
どうにも残念な頭の持ち主であることは明白である。
「いや……いい、俺が悪かった」
空中に力なく漂うゲオルグのその言葉に、彼女らは再び頭を傾げるも、どうやらそんなことよりも遊ぶことの方が重要らしく。
「早くいく! いく!」
「こっち! こっち!」
「いや待てその足で掴むな引っ張るな食い込む刺さる痛くはないけども見た目痛いからやめぃ!」
そんな叫びも虚しく、ゲオルグは山の中へと急降下していくのであった。
ちなみに、彼女らが最初に彼を襲った理由は、単純に「大型の飛行する獲物」と思ったからである。そこから、ゲオルグの風魔法により何度も自由落下させられ、その内臓が浮き上がるような独特のあの感覚にハマり、遊びへとシフトしたのだ。
非常にどうでも良いが。
「ここ! ここ!」
「獲物一杯! 魚! 魚!」
彼女らに連れて来られたのは湖。澄んだ色、とは言えない濁った水に満たされたそこは、ガルディナの湖程の広さはないが、それなりの大きさである。
「魚と言われても……見えんじゃないか」
ゲオルグが目を凝らしてみるも、濁った水面から水中を窺うことは叶わず、僅かに揺らぐ水面からなにかしらの生物がいることを察するのが精一杯である。
「お前、目悪い」
「一杯いる! いる!」
唐突にゲオルグを罵倒したかと思えば、彼女らは一斉に湖に向かって降下していく。そして、その勢いのままに水中に没していく、かのように見えたが。
「ぶはっ!」
「ほら、一杯! 一杯!」
「これ、美味しい! 大きい!」
「こんな鳥がいたような気がする……」
水中に飛び込んだ彼女らは、その鋭い後ろ足の鉤爪に魚をひっかけていた。中には、口にくわえている者までいる。しかも、その魚を次々とゲオルグの元へと運んでは再び水中に飛び込んでいくのだ。
「これ焼く! 焼く!」
「火! 火!」
そして、その大量の魚を陳列した彼女らが次に要求するのは火。要するに、焼き魚にしたいのであろう。
「いや、普段はどうやって火を起こしているんだ?」
「火? 人間」
「人間連れてくる!」
「集落近い」
「捕まえる! ガッってやってキュッって!」
「キュッってそれ締まってるというか締めてる気がするんだが……」
「「「「???」」」」
揃いも揃って首を傾げるその姿は愛らしくも見えるが、いかんせん中身がアホの子なので救いようがない。
「まぁ、いいがね……火をつけて欲しいんだったな? なら、離れていろ」
ゲオルグの言葉にきゃっきゃっと喜びながらその場を少し離れる彼女らは、次の瞬間に魔法で火を放つゲオルグに感嘆の声を上げた。
「おぉぉぉ!」
「なになになに! 今のなに!?」
「火! 火! ボワッってなった!」
「もう一回! もう一回!」
「消し炭になるぞ?」
万遍なく並べられた魚を魔法で表面をあぶるように焼き、さらに風魔法でひっくり返し反対側も丁寧に焼き上げるあたり、彼もやはり几帳面である。
「というか、自分で焼けないのによく焼き魚なんて知ってるな」
「んー……? どうして」
「知らない」
「おいしいからいい!」
「そうか……」
知らないのではなく覚えていないだけの可能性が濃厚であるが、わざわざそれを口に出しても無駄であろうと彼は口を閉ざす。大方、たまたま焼き魚を作っているか食べている人間にでも遭遇し、それを食べたのであろう。
「おぉーい! お前ら、そろそろ昼飯……って、誰だあんた」
そんな時、彼らの後ろから人間の男が現れた。歳は40歳中頃か、濃い髭を生やし、服と呼べるかも怪しい作りの毛皮を羽織った男である。
「あぁいや、ちょっとな。それより、そちらこそこんなところでなにを?」
「何をってそりゃ、奥さんを迎えにな」
「はっ?」
思いがけない言葉に、ゲオルグが呆気にとられた時、彼の横を一人(一羽?)のハーピーが猛スピード通り過ぎ。
「ルー! ルー!」
そう声を上げながら、彼に抱きついた。
「はいはい、んじゃ、みんなも飯だぞー」
「「「「飯!!」」」」
その男の言葉に、一斉に彼女らはどこかへ飛び去って行く。その口や足に焼き魚をしっかりと持って。
「ルー! ルー! ご飯! ご飯!」
「はいはい。で、そちらのお方、あんたはどうする?」
「いや、どうするもなにも……」
「なに気にするな。どうせあんたもこいつらに連れてこられた口だろ? なら、さっさと番でも決めてここで暮らす覚悟した方が身のためだぜ?」
「つ、番?」
「おうよ。ここにいるハルピュイアは、人間の男を攫ってきて番にしちまうんだよ。俺も最初は戸惑ったけど、家にいても稼ぎが少ないから穀潰し扱いだし、ここにいりゃ飯も嫁さんも困らねぇ。結局、他の連中みたいに居着いちまったよ」
そう言いながら豪快に笑う男に、ゲオルグは1歩、また1歩と後ずさる。
<これは、どう考えても付いて行ったら襲われる流れだろ……!>
頭の中に、かつてのシレーヌとのやりとりが蘇る。こうして元気な男を見る限り、決して死ぬまで色々(・・)絞り取られるというわけでもないのだろうが、そういう問題でもない。
「んじゃ、俺の後に付いてきてくれ。ちょっと足場が悪いから気ぃ付けてな」
そう言いハルピュイアを抱っこしながら後ろを振り返り歩き出す男を尻目に、ゲオルグは即座に空に飛び立った。
<またあんな思いをするのは御免蒙る!! というか、なぜ俺が遠出すると碌な目に合わんのだ……>
そんな思いを胸に抱きながら。
「さて、ところでお前さん、変わった髪の色……って、おろ?」
しばらく歩いたところで男が振り返った時、当然だがそこにゲオルグの姿はなかった。
「はぐれちまったか……? ま、ほっときゃそのうち、うちの連中に捕まるだろ」
うちの連中、というのはもちろんハルピュイアのことである。彼女らにとって、この森の中は自分の庭である。しかも彼女らの目の良さも相まって、いざ彼女らから逃げ出そうとしてもそれは困難を極めることを、男は身を以て知っていた。
それは、長年人里から離れていたが故に、ドラグニルという存在をほとんど聞いたこともないが為の判断でもあるのだが。
「ルー! ルー! お腹すいた!」
「あぁはいはい。行くから噛みつくな、よだれがつくだろ」
ちなみにだが、彼の腕の中に納まっているハルピュイア、見た目は人間で換算すれば精々中学生くらいであるが、実際は20歳を超えている立派な大人である。飛行するために体を軽くしなければならない彼女らは、ある程度のところで成長が止まってしまうのである。
そして、そんな彼女は、髭面の男の番であるのだが、彼、いや、彼らをロリ○ンと呼ぶべきかどうかは、諸氏にお任せすることとしよう。
次から新章に入ります。




