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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第九章 歴史の幕開け
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三者三様

開戦直前の慌ただしい雰囲気に包まれているディナント軍中央、その指揮官用の幕舎にて、会話する二人の男の姿があった。


「閣下、よろしかったので?」


「なにがだ?」


「貴族の方々を一纏めにして左翼へ押しやってしまうというのは……」


一人は最高司令官であるライオネル・べレスフォード。もう一人は彼の幕僚の中でも彼が最も信頼を置く副官である。


「なんだ、独断専行でも危惧しているのか?」


「……端的に申し上げれば」


不安げな表情を浮かべたまま、ライオネルにそう告げる副官。ここが兵の前であるならば、ライオネルとてそのような表情を浮かべる事を許しはしなかっただろうが、幸いにしてここには両名しかいない。尤も、その副官もそれを理解しているからこそであろうが。


「独断専行など、奴らに出来るものか。そもそも、あぁいう連中は中央に置いたところで私の命になど従うまい。己の命惜しさに後衛に陣取りしようなどとする連中だぞ? ならば私の元ではなく、適当な陣に置いて勝手にやらせておけばよい。精々、緩やかに攻撃を仕掛けて適当に引き上げるのが関の山であろう。もしくは、互いに牽制しあって身動きもままならなくなるか、だな。まぁ、自軍優勢となれば功を求めて一斉に攻勢に出るやもしれんが」


ライオネルの言い分は至極最もと言えた。今回の戦に出向いてきた貴族、厳密にはそのほとんどは貴族の「子息」であるが、自らを跡取りでありいずれは貴族に名を連ねる高貴の者と思えばこそ、わざわざ騎士上がりの将の指揮に従い命を危険に晒そうなどとは思わないだろう。それよりは、他の陣に纏まって布陣し、最も美味しいところだけを狙って着実に功を稼いだ方が良いに決まっているのだ。


「…………無能な味方は、しばしば有能な敵よりも厄介なものだ。いっそ揃って討死でもしてくれれば良いのだが、な」


実際、本当に揃いも揃って討死などされてはライオネルがその咎を背負うことになるだろう。例え兵がいくら擁護してくれたとしても、この国において末端の兵の言葉など貴族に届くことはない。むしろ反逆罪で打ち首にされるのが関の山だ。


「閣下、いくら人払いされているとはいえ、どこに耳があるか分かりませぬ。不用意な発言は慎まれては」


「分かっている。なに、ただの戯言だ。それより、間もなく攻撃を開始する。抜かるなよ」


「はっ。では、全軍の攻撃準備の進捗状況を確認して参ります故、これにて」


「あぁ、頼んだ」


ライオネルは、一礼してから幕舎を出ていく副官を見送ってから、小さく溜め息を吐いた。負けるとは思っていない。しかし、楽に勝てるとも思っていない。目の前に聳える城塞は、文字通り難攻不落。それでいて敵は歴戦の名将率いる精鋭。こちらは数こそ多いが、指揮系統にすら不安を抱える寄せ集めだ。尤も、その指揮系統に不安を与える貴族とその私兵3000程は全て左翼に固めているため、中央と右翼に関して言えば不安はない。問題は、それを如何に敵に悟らせずに戦うか、である。


「中央1万、左翼7500、右翼7500、か」


それは、自軍の布陣している各軍の配置割合である。残る2000程は輜重隊と、その護衛を担う輸送部隊であり、中央後方に待機している。


「敵は8000程度、さて、どう攻め落とす……?」


ライオネルは城塞を落とす為の作戦を頭に浮かべる。しかし、そのどれもが根本的な見直しを求められることになるなど、この時は知る由もなかった。


























「ふむ、分かってはいたが、こうして見ると多勢に無勢よな」


ライオネル率いるディナント軍が、城塞を三方から包囲すべく陣替えを行っている頃、ラシードは何名かの幕僚と共に南門の上に立ちその様子を眺めていた。


「なれば、降伏でもなさいますか?」


誰かのそんなセリフに、ラシードは笑って答える。


「3万の兵と一人のドラグニル、どちらも敵に回したくはないが、もしどちらに味方するか選べと言われれば、無論ドラグニルを選ぶであろうよ。いや、数か国を敵に回すより余程恐ろしい。スタンフォード公がその気になれば、我が国とて一月も持つまい」


「全くですな」


そのやりとりに、周囲の者も思わず苦笑を浮かべた。ゲオルグがその力を彼らに見せた機会は先の砦建設と新住民の空輸のみである。しかし、それだけの事を片手間にやってみせた事を鑑みれば、その力が如何に強大であるかは想像に難くない。


ラシード率いる兵が常駐していたサグラーシ砦、あれだけの規模の砦を作る程度は造作もない、ともなれば、壊すこともまた然り、といったところだ。


「して、兵の展開は?」


「既に南へ3000、東西に1500、北へ1000、残る1000を遊撃として待機させております」


「よろしい。兵数差は今更どうする事も出来ぬ、先ずは、如何に敵の初撃を凌ぎ、その勢いを削ぐかにかかっておる。矢、油、煮え湯、火、その他あらゆる防衛手段を以て敵を撃滅せよ。放っておけば、良い所は全てスタンフォード公に持っていかれる、誇り高き帝国軍人として、そのような無様を晒してくれるな?」


ラシードがそう告げると、幕僚達は短く返事をした後、己の持ち場へと散っていく。彼らとて、自国の領地の防衛で他国の援軍、しかも僅かに数百の兵しか連れていないガルディナ軍に後れを取る訳にもいかないと、そう意気込んでいる。ましてや、彼らはその少数の兵を以て、安全な城内ではなく野戦に打って出ているのだから、それを思えばここでたかが3倍程度の兵相手に尻込みなどしていられない。


如何にゲオルグが人ならざる力を有する存在であるとは言え、その部下である兵士達は人よりも身体能力に勝る程度の獣人が主要を成す軍である。上空からドラゴニュートの援護があるとは言え、10倍にもなろうと言う敵軍に白兵戦を仕掛けようというのだから、その度胸、気迫たるや、同じ武人として尊敬すらするところである。


帝国軍の中には、「亜人に出来て人間に出来ないことなどある筈がない」、という、ゲオルグが聞けばその勘気に触れそうなことを漏らす者もいたが、実際に彼ら人間の中には、亜人とは人間に劣る存在という固定概念を持つ者も少なくない。しかし、形はどうあれ士気向上に繋がるならば、それは決して悪い事とも言えない為、今のところはそれを諫める者もいなかった。なにより、それを特に諫めねばならないラシード本人が「この一戦でそういった概念も払拭されよう」と言って憚らないのだから、幕僚達もそれを信じる他ない。


元より、援軍到着まではガルディナ軍に負担を強いねばならない彼らとしては、是非ともラシードの言葉通りになる程度の活躍を期待してしまうのだが、それは致し方のない事と言えよう。


「さてさて、ゲオルグ殿、健闘をお祈り致しておりますぞ」


そう言いながらその場を後にするラシードの、その祈りが彼に届いたかは定かではない。


























「そろそろ、王国軍も着いた頃かしら」


「最後の報告が来た日時から換算すれば、そろそろでしょう」


帝都の皇帝私室、リュドミラとオリガは卓上の地図を眺めながら茶を共にしていた。


「増援の支度は?」


「第一陣はおよそ到着までおよそ2週間、第二陣は5日前に発ち、第三陣はあと2,3日程すればおよその準備が整い、翌日には出立出来るでしょう」


「そう。第一陣は良いとして、第二、第三陣の主要目標はあくまで『敵地の占領』よ。無駄に兵を消耗させることだけは避けるよう厳命しておいて」


「既にそのように」


敵地の占領、それは、ディナント王国への逆侵攻を意味している。


「ガルディナへの移住予定者はどれくらい集まったかしら?」


「現状で4000程度、恐らく最終的には6000から7000程度は集まるでしょう」


「それは重畳ね。今回の一戦に援軍を送ってくれた礼としては十分でしょう」


リュドミラの言葉は、それだけ聞けば気前の良いものに聞こえるであろう。しかし、その意図するところは全くの別にあると、オリガは無論、今回の一件を知る貴族ならば誰でも気付くことである。


「……後は、ゲオルグ殿がそれを『快く』受け入れてくれるか、ですね」


オリガの言葉にどこか含むものを感じたリュドミラが、妖艶な笑みを浮かべながら応える。


「ふふ、快くも何も、受け入れる他ないでしょう、ゲオルグ殿ならば。ガルディナの目下の不安は人口の少なさ、そしてそれによる軍の拡張の限界と、生産能力の低さ。それを解消することはあのお方にとっても至上命題の筈よ。それを、援軍の対価、という名目で無償で貰えるとなれば、無視も出来ないでしょう」


「しかし、少々あからさまに過ぎるようにも感じますが……」


「これくらいは国家同士の付き合いとしては当たり前の範疇よ。えぇ、国内問題を作り出して他国へ目を向けられないようにする程度はね」


そう言いながら茶を啜るリュドミラの表情は実に楽しげである。


今回、それだけの亜人を既に準備万端揃えているリュドミラの思惑とは、城塞での攻防戦の後、速やかにガルディナに新住民を多数送る事で、ゲオルグ、そしてガルディナ軍をその国内に留めおくことである。


城塞戦を無事勝利で終えることが出来たならば、リュドミラはそのまま軍を南下させ、ディナント領を切り取りにかかる腹積もりであることはゲオルグも予期していた通りである。しかし、彼の想像と異なる点を一つ上げるとすれば、リュドミラが南征にガルディナ軍が絡む事を嫌っているという所である。


古来、二か国以上の軍勢が同じ国に攻め入った時、後に領土をどの国が保有するかで揉めるのは最早様式美である。兵数としては圧倒的多数を誇る帝国軍であるが、ゲオルグという存在の前にはその数など何の意味も成さない。


それ故に、リュドミラはガルディナに多数の亜人を送り、それを住民として迎え入れさせることでゲオルグの意識、行動を制限し、ガルディナ軍も国内から出させず、帝国軍のみによる侵攻を計画しているのだ。


「まぁ、どちらかと言えば問題は教会の方でしょう。我が国では徐々にその排斥が進みつつあるけれど、ディナント内部はそうもいかないでしょう。上手く占領出来たとして、それを統治していくのは骨が折れるでしょうね」


「あの国は教会が権威を揮っておりますから、それを排斥しようとすれば、教会とその信者が大いに反発することは必然でしょう」


「えぇ、まぁそれはしょうがないわ。それに、もしガルディナが予想を遥かに上回る早さで軍備を整えて南進したとしても、我ら以上に教会による激しい抵抗に見舞われるでしょう。そうなれば、侵攻も遅々として進まず、結果的には我が国の方が多数の領土を切り取れる筈」


「獣人が主戦力ですから、そこは覚悟の上でしょう。とは言え、ゲオルグ殿が何も対抗策を考えずに行動するとは考えにくいですが……」


オリガの言葉に、リュドミラもゆっくりと頷いて同意を示す。実際には、彼女らが思っているほどゲオルグは老練でもなく、若者らしい短慮も犯しがちなのであるが、見た目と年齢が一致しない種族故の誤解とも言えよう。


「案外、既に主要都市の一つくらいは内応させているかもしれないわね」


「そうですね、もしそうであったとしたら、それを盾に帝国軍の入場を拒む都市もあるかもしれません」


「そうなっては、流石に手も足も出ないわ。少なくとも、今はこうして友好関係を築いているのだし」


「はい」


とは言え、ゲオルグはディナント北部でも特に大きなニデアの街を、既に領主及び最大規模の商会をその手中に収めていると言っても過言ではない以上、その予想も強ち外れているとは言えないだろう。


「兵は拙速を貴ぶもの、ゲオルグ殿に手を打たれる前に、すぐに切り取りにかかるわよ。我らの悲願、凍らぬ大地を手に入れる為に」


「はい!」


帝国領土は、その国土の多くが年間を通して雪に覆われ、そうでない土地も多くは冬になれば厳しい寒さと食糧の問題から飢死者、凍死者が後を絶たない。それ故、現国境以南、ディナントの温暖で豊かな土地の確保は帝国にとって悲願である。それを叶える機会を得た事を、リュドミラは神ではなく、一人のドラグニルに感謝した。





こうして、多くの思惑が複雑に絡み合ったサンクツィ城塞攻防戦、その開戦の火蓋が切られようとしていた。






スランプについて、沢山のメッセージありがとうございました。

現在は気分転換にはっちゃけた幕間など執筆しながらなんとかモチベーションを維持しております。

それが公開されるかはさておき←


今後とも、本作をよろしくお願い申し上げます。

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