表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第九章 歴史の幕開け
122/153

着陣

「どうして中々、敵ながら勇壮なものではないか」


ゲオルグは今、城塞とその南の平野、その中間の上空から大地を睥睨していた。その視線の先には、ディナント王国軍2万7千が布陣している。光魔法による疑似光学迷彩を施し、遥か高空にいるゲオルグを見つけ出す事は彼らには不可能であろう。余談であるが、この疑似光学迷彩を施せば援軍を敵にバレずに城塞内部に入れるのではないかと思うかもしれないが、それはほぼ不可能である。この疑似光学迷彩を分かりやすく例えると、空に空を映したテレビが浮いているような状態、程度の違和感である。それは人一人程度の大きさであるが故に、そうそう気付かれることはない。だが、数千の兵を大地ごとともなれば、その巨大さは言わずもがなであるし、昼間なら日光を、夜ならば月光を遮り影を作る。それに万単位の人間が誰一人として気付かないということはないだろう。


そして、仮に可能であったとしても、必要以上に力を揮うつもりもないゲオルグがそれを実行することはなかったであろうが。そも、折角その存在を隠しているのに、突然城塞の兵士が爆発的に増えたりしては敵も勘ぐるであろう。そこから巡り巡ってゲオルグの存在に感付かれては色々と台無しである。


「さてさて……まだ日も昇り切ったばかりだが、どう出るのやら……」


その視線の先をよく見てみれば、ディナント王国軍側から、5騎の兵が城塞に向かっているところだった。その内一人は赤いマントを纏い、身に着けた甲冑も他の4騎より大分良い物に見える。恐らくは、軍の高官が帝国側に降伏でも促しに行くのであろう。


「戦争なんぞに格式だとか気位を求めるこの時代らしいと言えばらしいがね……」


所詮、形ばかりの勧告であろうことは明らか。無論、本当に降伏してくれればそれに越したことはないだろうが、先の大戦以来の仇敵が使者の一人で降伏してくれる、などと思う者はまずいないであろう。要するに、自らの侵略行為の正当性を示し、その上で確と降伏勧告も行ったが応じず、“止むを得ず”交戦するに至った。という建前が必要なのであろう。


一昔前の、開戦前の口上戦に通ずるものを感じるのはある種の必然であろう。この世界の一昔前にそんな風習があったかはさておき。


「これから交渉し、決裂、そこから戦支度を行い、そして攻撃、か。これは、今日中には始まるまいな」


2万を超える兵を抱えるディナント軍は、攻撃態勢を整えるだけでも相応の時間を要するだろう。ましてや、ここに着陣したのもつい今しがたである。そして、対する城塞守備兵は自軍の3分の1程度の兵力。奇襲に対する最低限の備えを整えた後、今日一日を行軍による疲労回復に努め、明日の夜明けを待って攻撃を開始、というのは至極当然の流れと言えよう。


むしろ、このまま攻撃を開始するならばそれはそれで良いであろうとゲオルグは考えていた。行軍の疲労も抜けきらぬまま、包囲陣すらも敷かずに正面からあの堅固な城塞に攻撃を始めるのであれば、奇襲する隙も多かろうと言うもの。


「ま、ないだろうがね……」


夜にでもラシードの元へ向かおうかと考えながら、ゲオルグは己の陣地へと戻っていった。



































「故に、此度の侵攻は我が国の正当なる権利に基づくものであり、帝国将兵は速やかにサンクツィ城塞を明け渡し、栄えあるディナント王国軍を諸手を上げて迎え入れるべきである」


ディナント王国軍より使者として訪れた若い子爵が鼻息荒く述べる口上を、ラシードはうんざりとしながら聞き流していた。


10分以上にも亘るであろう彼、いや、ディナントの言い分、そして要求は要約すると次のようになる。


ガルディナに派遣されたディナントの将兵3000名を虐殺し、ディナントの財産である亜人を攫い、ディナントの領土であるガルディナ大森林を不法に犯し、その資源を略奪する帝国を非難するとともに、その行いに対する公式な謝罪と賠償、並びにディナントから連れ去った亜人2000余名の返還、そしてガルディナ大森林から持ち去った資源の無条件での供出。


事実を知るラシードやその幕僚たちからすれば、馬鹿馬鹿しいことこの上ないものである。ガルディナでディナント軍を殲滅したのは他でもないガルディナの軍であり、その軍自体も、彼らの言う「ディナントから不法に連れ去られた亜人」により構成されている。更に言えば、彼の地の資源を採掘し帝国に齎しているのも彼らであり、帝国は、ことディナントに対して何ら直接的行動は起こしていない。


にも関わらず「謝罪と賠償、返還」の要求をされるなど、笑止と言う他ないだろう。とは言え、ガルディナに築き上げられた都市国家の存在を独断で明かす訳にもいかない彼らとしては、傍目には、少なくとも目の前の男にとっては見苦しいとしか思えない弁明を述べる他ないのだが。


「卿の言いたい事は分かった。それが事実であるならば、確かに此度の戦の原因、そして責任は我が国に帰属するであろう。されど、少なくともここにいる者は等しくそのような事実は与り知らぬ。そもそも、我が国では近年、軍縮の傾向が顕著であり、南方方面軍もまた同様である。その縮小された軍、部隊で、ガルディナ大森林内部での軍事行動など思いもよらぬことである。まして、そこで遭遇した敵性勢力を一人も残さず殲滅するなど、長らく軍人として務めてきたこの身であっても、夢物語、と言わざるを得ない。彼の地にあって、魔物に加えて3000名もの部隊を纏めて屠ることなど能うべくもない。それこそ、音に聞いたドラグニルのような高位種族であれば別であろうが」


ラシードはそう述べながらも、内心では「どうせ通用しまい」と思って疑わなかった。これだけの大軍を率いここまで来た以上、「やはり彼らはそのようなことは行っていませんでした」などと言ってのうのうと引き返すようなことをすれば、国内の貴族、民衆、そして国王すらも敵に回すことになるであろう。


万単位の人間が、長期間の戦闘行動に従事する間に消費する物資、そして軍馬の飼葉、陣地構築用の資材。一体どれだけの負担を国民に強いたのかは知らないが、貴族や王族の保有するそれだけで賄えている訳もないであろう。ましてや、ディナント王国の規模から察するに、今回動員された兵力は侵攻のためとしては限界に近い数字であろう。その負担による不満が大きくなる前に、戦果を上げ、敵から物資を奪い、土地を奪い、停滞する経済を再び動かさないことには話にならない。


故にラシードは、この事実上の「宣戦布告」である「最後通告」は、あまりにも虚しい茶番であると断じているのだ。


「それは、我が国の侵攻を不当であると、そう仰るおつもりですか?」


「はっきりと言わねば分からぬか? ならば言ってやろう。いちゃもんをつけていたずらに戦争を引き起こすような軽率極まりない愚か者に開く門などない。あらぬ事実を並び立て不当に我が国の領土を侵す南の野蛮人共が、さっさと田舎に帰るがよかろう」


ラシードのあからさまな侮蔑の言葉に、年若い貴族は顔を紅潮させ荒い鼻息を更に激しくする。国王の命を受け進出してきた自分達を愚か者と断じ、野蛮人と呼び、祖国を田舎呼ばわりされても冷静でいられるほど、彼は老練ではなく、経験豊かでもなかった。恐らく、激昂して交渉を決裂させることも、彼を送り込んだ王国軍側の意図するところであろうが。


「ぶ……無礼な!!如何に帝国を代表する将であるお方と言えど、そのような物言いは断じて許されませぬぞ!!」


「ほう?許さぬとは穏やかではない。とは言え、私としては別段貴殿に許しを請う理由もないのだがね。そもそも、謝罪をすべきは在りもしない事柄を然も事実であると言わんばかりに一方的に突きつけ、無法にも我が国の領土を侵す諸君らではないのか?」


「何を今更!!では問いましょう。我が王国の誇る精兵3000を、貴国以外のどの国が撃滅し得ると仰るのか!!そもガルディナに接するは我が国と貴国のみ。それを踏まえた上でお答え頂きたい」


「はっ!その精兵とやらが弱すぎて魔物にでも淘汰されたか、あるいは真にドラグニルにでも出会い、その勘気に触れでもしたのであろうよ」


「い……言わせておけば……もはや交渉の余地はない。貴様ら如き、我が王国軍に一昼夜の内に討ち滅ぼされることになるであろう」


「弱卒と言う者は、いつも口だけは達者なものだ。おい、誰ぞこのピーピー煩い輩を丁重にお送りしろ」


「はっ」


ラシードの言葉に、すぐそばに控えていた兵士数名が動き出す。彼らは、いまだに口うるさく喚いている王国貴族を両脇から拘束するような形で半ば無理矢理部屋から連れ出し、そのまま部屋から消えていった。


恐らく、城塞の正門からお供共々、文字通り叩き出されるであろう。


「……よろしかったのですか?」


「何がだ?」


「いえ、敵とは言え、相手は爵位を持った貴族。たかが子爵とは言え、もう少し丁重に扱った方が……」


幕僚の一人が言った言葉に、ラシードは一度鼻を鳴らしてから応える。


「丁重に扱ったところで、あぁいう輩は増長して余計に鬱陶しくなるだけよ。さすれば結局は同じような結末であったであろうし、そもそも爵位を以て語るならば、こちらは帝国名誉伯爵である。何故かような無礼者に礼を払う理由があろうか」


「……まぁ、閣下らしいと言えばそれまでなのでしょうが」


「そういう事よ。純粋な貴族であらばそれなりの対応をとるのやもしれぬが、我らは戦場の武勲のみで成り上がってきた無骨者、戦場で敵味方分かれている相手に、しかも一方的な言い掛かりを付けて侵攻してくるような相手に払う敬意も礼も知らぬ。ゲオルグ殿とて、同じようになさるであろう」


ゲオルグならば、という言葉に、その場にいる者達は一様に首を傾げ想像した後、彼ならば大いに有り得ると苦笑を浮かべた。


本来ならば交渉を引き延ばして援軍到着までの時間を稼ぐことも視野に入れなければならなかった筈だが、それを無視する様な形で極めて短時間で決裂させたという行いは、決して褒められたものではない。


とは言え、敵がそんな手に乗るかと言えば甚だ疑問である今回の場合においては、ラシードの様に言いたい放題言って多少なりとも鬱憤を晴らすことも一興かと、そんなことさえ思ってしまう幕僚達だった。


彼らもまた、ラシードの元で長らく戦ってきたラシード直属の部下である、ということだ。類は友を呼ぶ。朱に交われば赤くなる。あるいはそういった面だけで言うならば、青は藍より出でて藍より青し、とも言えるかもしれない。


「さて、これで開戦は間違いない訳だが、兵の支度は?」


「既に万端整っております。休息も十分に取れ、士気も高揚しております。後は敵の出方を見て配置を転換していかねばならないでしょうが、恐らくは3方面からの攻撃になると予想されます故、今は東西南に重点的に配しております」


「ふむ……まぁ、儂が敵でもそうするであろう。兵数差からして、この城塞を完全包囲するには心許なく、とは言え一方から寄せるには多い。となれば、我らの逃げ道を用意した上で攻撃を始め、兵の逃亡を誘因させつつ断続的な攻勢をかける。古典的ではあるが、実に有効的だ」


サンクツィ城塞は、幾重にも築かれた城壁、3重にもなる空堀によって守られ、その外側には土塁も築かれている。南北に設けられた城門前には側塔と張り出し陣も構築され、更にそこへ弓矢による支援も出来るような形で外殻塔が置かれている。城門の無い東西は、南北に比べ堀が深くなっており、城壁もやや高くなっている。それでいて、やや窮屈ながらも8000名もの兵を内部に収容可能、張り出し陣や地下、倉庫、天幕、幾つも立てられた外殻塔や城壁塔を利用すれば、中々無理矢理ではあるが、1万超もの軍を駐留させられるとなれば、その規模は言わずもがな。


城塞というよりは、規模だけで見れば城郭都市と呼んでも過言ではない。それこそ、小さな砦から幾度となく増改築を重ね、数十年かけて築かれたというだけのことはある。最も、ここ最近は軍縮による国境守備兵の削減でその巨大さを持て余していたが。


寄せ手をとことん効率的に排除することを念頭に置かれ築かれた城塞は、文字通りの難攻不落の様相を呈している。通常、城や砦を落とすには最低でも守備兵の3倍、欲を言えば10倍を超える兵力を要求されるが、例え10倍でも易々とは陥落することはない、帝国にとっては最早、対ディナント戦の象徴とも言える城塞である。


これに加え、援軍が城外に布陣し、補給線の確保、そして挟撃や陽動を行うようになれば、もはや力攻めによる攻略は不可能に近い。


「たかだか3万にも満たぬ兵でここを攻めようと言うのです。古典的で在れ、有効と判断すれば迷わず実行するでしょう」


「で、あろうな。かつて儂が守備を務めて彼奴らを撃退した時は5000と2万だったか。それも、今ほどの改修を施していない状態のこの城塞で、だ。当時より遥かに堅牢さ増した今、手段を選ぶ余裕があるとは思えんな」


「しかし、仮にこちらが劣勢となるような奇策を用いたところで、我が方にはスタンフォード公が居られるのです。万に一つもございますまい」


「うむ。御自らお手を振るう様なことはせぬと仰っておられたが、我らの敗北こそが公の最も望まざるところ。間違ってもこちらから救援などお頼みするような厚かましいことはしたくはないが、背に腹を変えることも出来ぬ」


「はい。とは言え、我らの武力もまた確と示さねば、同盟相手足り得ぬと言われても致し方ございませぬ。それだけは避けたいところです」


「無論よ。ガルディナ軍による敵の攪乱なくしても余力を持って勝利する事、それこそが我らの本分であること、努々忘れてくれるな」


「「「はっ」」」


城塞の主塔、その一室でのやりとりは、当然ながらゲオルグの預かり知らぬところである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ