家族
「ん………あ………れ……?」
ゲオルグは、顔の下から聞こえてくる声で目を覚ました
昨夜は、どうにも村にいる気にはなれず、この少女を抱えて近くの森まで来て、手頃な木に寄りかかるように座り、そこを寝場所にしたのだ。無論、鎧は脱いでいるし、少女は地面にではなく、己の膝を枕として貸し出した(ちょっと役得とか思う部分もあったことは否めない)。
「………起きたか?」
怖がらせないように、出来るだけ優しく声をかけた。彼女の記憶は恐らく、昨夜の激しい罵声と暴力で途切れているはずだからだ。そして、その予想は当たっていたらしく。
「え?………あっ!」
慌てたように飛び起きると、すかさずゲオルグから距離を取り地面に頭を擦り付けた、そして。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしませんだからお許し下さいお願い致しますごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
そう、涙しながら謝り続ける少女に、ゲオルグは言葉を詰まらせた。
<こんな少女にここまでさせるのが………人間か………>
知らず知らずのうちに、足に乗せていた手を強く握りしめていた。一度は収まっていた怒りが、再び混み上がってきたのだ。だが、ここでまた怖がらせる訳にはいかない。ゲオルグは、一度静かに、ゆっくりと深呼吸をしてから、まだ謝り続けている少女に近づいた。
「………もう、いい」
そう語りかけるも、まだ少女は謝るのをやめない。
「もういい………やめろ……もういいんだ」
再びそう言って、肩に手を掛けると、少女は「ひっ!!」と、短い悲鳴を上げて体を震わせ目を閉じた。
あまりにも、痛々しいその姿に、なぜか無性に涙が出てきそうになる。
肩に乗せた手をどうしようか悩んだ。恐らく、この娘にとって他者とは、自分に痛みを与える存在でしかないのかもしれない。けれども、そんな認識を持ったままにさせるのは、ダメだと思った。理由はよく分からない。考えるほどの時間もなかったはずだ。
気がついた時には、その少女を強く引き寄せ、抱き締めていた。
「ひ………や!!……いやぁ……」
少女が腕の中でもがく、爪を立てる、肩を噛んでさえきた。けれども、この身にそんなものは効かない。効いたとしても、放しはしなかっただろう。
「大丈夫だ、もう怖い思いなどさせない、痛いことなどしないしさせない、その綺麗な耳や尾を、失うことなど二度とない、だから、安心しろ。落ち着け、お前はもう、一人じゃない」
背中に回した手で、光魔法を行使する。怪我の治療などではなく、心を落ち着かせるためのものだった。ゲオルグは、その少女が落ち着くまで、何度も言葉を重ね続けた。耳や尾のこと、もう村人には手を出させないこと、自身はドラグニルであり、守るだけの力もあるということ。思い付く限りの言葉を、延々と。
「落ち着いたか」
「………はい」
かれこれ、10分程掛かったろうか。出来るだけ少女自身で平静を取り戻して欲しかったため、ある程度落ち着いてきたところで魔法の行使をやめたのが長引いた原因だろう。後悔はないが。
「放すが………逃げんでくれよ?」
「逃げたりなんて……しません……」
「そうか………」
そう短いやりとりをしてから、彼女を腕から解放する。離れて見てみれば、彼女の目は真っ赤になっていた。
「すまんな、嫌な思いをさせた。だが、俺が言った言葉は全て誓って真実だ」
「……………」
「お前は、家畜なんかではない、まして物でもない、人間の所有物などでは、いや、誰の物でもない。お前は、自分で選んで自分で行動して自分で生きていいんだ。一人が怖いなら、信じられるものが必要なら、俺がそれになってやる。お前の傍らに寄り添ってやる。支配者や主人としてではない、友達、相棒、家族、なんにだってなってやる。だから………」
「信じて………いいんですか?」
黙って聞いていた少女が、口を開く。
「私は……獣人ですよ?……卑しい獣と人の合の子、そんな私に………」
「何が卑しいという。そんな下らん風説が、お前を不幸にするのなら、俺がこの長い生涯を掛けて払拭してやる」
「わ………私……きっとものスゴく甘えちゃいます」
「甘えろ、お前はそれがまだ許される年のはず。それに、家族に甘えてなにが悪い」
「耳も尾も綺麗にして貰って、絶望から救いあげられて、そんな優しい言葉まで貰ったら、きっと、離れられなくなります。貴方が嫌だと思っても、煩わしいと思っても、ずっと付いて回ります」
「それこそ望むところだ、いや、むしろ離してやると思うなよ?」
「それに………それに……」
いつまでも否定的で自虐的な言葉を重ねる少女に、ゲオルグは一喝するように言った。
「でももそれにももう無しだ。言っただろう?お前は自分で選んで自分で行動して自分で生きる権利がある。選ぶのはお前だ、俺が聞きたいのは、遠慮や謝罪の言葉じゃない。お前がどうしたいのか、だ。俺は対等な存在として、お前の意見を尊重する、それだけだ。さぁ、選べ。お前の人生で初めての選択を、欲求を、さらけ出してみろ」
そこまで言うと、少女は黙りこみ、やや間が空く。しばらくして。
「…………たいです」
「聞こえん」
「…………生きたいです」
「それだけか?」
「貴方と一緒に……生きたいです」
「声が小さい」
「貴方と!!私の何もかもを救ってくれた、与えてくれた貴方と!!一緒に行きたい!!生きたい!!どこまでも一緒に!……一緒に…………」
「ん、よく言えたな」
再び涙を流し始めた彼女を、こんどは優しく、羽で包むように抱き締め、彼女もすがり付くように抱き締めてきた。ゲオルグは、彼女の髪を優しくなでる。
「泣き虫な家族が出来てしまった」
「………後悔しても……遅いんですからね」
「誰がするか馬鹿者。お前こそ、精々覚悟しておけよ?、これからは少し忙しくなるからな」
「なんで………ですか?」
「なに、ちょっとばかり、世界を変えるだけさ」
「………………?」
こうして、世界にたった二人だけの家族が、生まれた。
この二人、後々多くの史書に名が残るのだが、今は語らないでおこう。
ほとんど会話だけで終わってしまった・・・
次からはストーリー進めますともええ




