汚れ仕事
勇者は路地裏で寝て、夕方に起きる。
夕方には酒が切れ、手が震えて来る。
詳しくは分からないが、酒が切れると具合が悪くなる病気らしかった。
手や足の震えから始まり、頭痛や吐き気、不眠が起こる。こうなるともう落ち着いては居られない。
常に二日酔いのような状態なので、食べものはおろか、水さえも喉を通らなくなる。
前に一度、酒の容量を誤った時は酷かった。
酒を飲み過ぎて、スラムのそこら中にヘドをぶちまけ、酒を腹に入れようとしてもすぐに吐き戻してしまい、酒を身体に入れられない状態が2日続いた。
2日目には全身が震えて、まともに動けず、ついには幻覚や幻聴が現れた。
スラムの道を行く人々が得体の知れない怪物に見え、自分を狙っていると錯覚した。
街中の喧騒は、まるで自分を非難するかのように耳に響き離れない。
そのような状態になると、何気ない事も酷く恐ろしい物に感じるのだ。
恐慌状態のまま、街をさ迷い、その辺りに立っていた街娼に殴りかかり、危うく殺すところだった。
そんな事があり、勇者は常日頃酒が切れないように注意していた。
路地裏から起き上がると、胸にかかえた瓶から蒸留酒を飲んだ。
酒が食道を通り、胃に来ると、手の震えは収まる。
勇者はふうとため息をつくと、立ち上がり、ボロ布のような腐りかけの外套を羽織り、街へ出ていく。
「勇者喜べ、仕事だ。」
声に振り向くと、そこにはいつもの仲介屋が立っていた。
背は勇者と同じくらいか、ヒョロヒョロに痩せこけ、目が落ち窪んだその顔には、鍋の底に焦げ付いた砂糖のような胸糞の悪い笑みを湛えている。
勇者は酒の毒にやられているが、コイツは薬の毒にやられているらしい。
スラムに蔓延るそれらの薬は、高額で取引されており、薬を炙って出た煙を煙草のように吸い込んで使用する。
一度その薬の虜になったら最後、まさに骨の髄まで悪魔にしゃぶり尽くされる事になる。
そうなったら悲惨だ。
薬なしでは生きては行けなくなるだろう。
最も、勇者も近しいものではあるが…
「ある人間の首を獲って欲しい。表の城下町で殺しをした男だ。」
ヘラヘラと仲介屋は言った。
「どんな殺しだ?」
「表の街の金貸しを、その場に居合わせた客もろとも刺し殺して金を奪ったらしい。その金貸しってのが王様の縁者の息がかかってた野郎でな。お城のお偉さまがたは血ナマコになってそいつを探してるって訳さ。」
勇者は気にくわないと言った風に鼻をならすと言った。
「いくらだ?」
「前金2000、首を取ってきたら残りの3000、合わせて5000だ。期限は3日。それ以外はビタ一文払えねぇ。」
「いいだろう。」
「じゃ、頼んだぜ。」
仲介屋はそういうと、覚束ない足取りで人混みに消えて行った。
勇者は仲介屋が人混みに消えていく様を見つめながら、酒瓶をあおった。