或る酔っ払い
その安い蒸留酒はジャガイモやライ麦の出来損ないから作られる。
極めて不衛生な密造所で、汚物やネズミの死骸にまみれて泡をたてる発酵液、銅の蒸留器に直火で蒸留する粗悪な設備。
ススやゴミで濁った蒸留酒を何回も使い古された汚い瓶につめ、出荷し、スラムの酒場に卸される。
飲めば分かるが、一口目で喉と口が焼けつくように痛み、二口目で食道と胃がカッカと熱を持ち始め、三口目には胃から食道までを口から靴下のように引きずり出して洗いたくなる衝動に駆られる。
だが、この薄汚れた酒場にいる酔っ払いはその蒸留酒の57と半口目に手を掛けていた。
「お客さん、そろそろ店仕舞いだよ!」
カウンターに突っ伏すように酒を飲む酔っ払いに、名物女店主が声を荒げた。
この女店主は、魔王が覇権を持っていた時代に城下町の表通りに立派な店を構えていた。
酒場の他にも人材派遣業を営んでいて、魔王討伐の木っ端駒から女衒の仲介まで、なんでも御座れで羽振りは良かった。
だが、魔王が倒され、戦争が勃発してからは、戦禍に飲まれ、没落の一途を辿っていき、今やスラムでしがない売春宿兼酒場を開くに至った。
彼女もまた、戦争に人生を変えられてしまった犠牲者の一人だ。
「ああ、すぐ出るさ」
ふらつく足取りで、カウンターから立つと、フラフラと出口へと向かう。
帰る家は無い、スラムの路地裏が彼の寝床だ。
「気張りなよ、勇者。」
女店主の一言で、酔っ払いは立ち止まり、女店主を一瞥した。
だが、すぐにフラフラと歩み始めると、また来ると言ったふうに手をヒラヒラさせて店を出た。