誰がコマドリ殺したか
ちょっと昔の作品を見つけましたので投下してみます。
苛めがテーマですので軽く鬱入っています。閲覧にあたってはご注意くださいませ。
「はい。皆さん。こんにちは。
いいお返事ですね。
お久しぶりでしょうか?
ああ、私のことを忘れている人もいるでしょうね。
校長先生の長い話とか、偉い人がやってきてひとつお話をするなんて時はたいていみなさん寝ているでしょう?
ええ。素直でよろしい!
改めて自己紹介しましょうか。
え?何で知っているのかな?
担任の先生が既に教えてくれている?
ああ、黒板に書いてあるね。これは失礼。
でもこれも大事な決まりだからね。
名前を教えないと友達にもなれないし、相手に名前を呼んでもらえないんだ。
挨拶はきちんとしないと「おい、お前!」としか呼ばれなくなってしまうんだよ。
あんまりうれしくはないだろう?
ごほん!
私は角田義則、見ての通りの爺様だよ。
昔はおまわりさんたちのお仕事ぐあいを見る仕事をしていたんだけれど、ほら、年をとるとどうしてもお仕事のスピードが遅くなってしまうから、私と同じだけの仕事ができる若い人にあとを任せて今はこの通り、無職。
ああ、リストラじゃないよ!
こういうのはね。定年というんだ。
私のわがままでお仕事の邪魔をしちゃまずいからね。
ええと、今日はこの4年3組のみんなにひとつお話をしてほしいって校長先生に頼まれてね。
道徳の授業を受け持たせてもらった。
本当は前みたいに全校生徒の前でやってほしいって言われたんだけれど、私は人前に出るとあがっちゃうたちでね。
ほら。もう汗がだらだら。
ははは。みんなが居眠りしていたらいきなり先生にあてられた時みたいなものだね。
私なんぞも50年くらい前にはよく廊下でバケツを持って立たされたものだよ。
このクラスでそういう子はいるかな?
おお!高橋さんか!
そうかそうか。
その高橋さんは?
今日は来ていない?
はっはっは、サボるのか。それが本当ならよくないことだね。
でも、しょうがない。
高橋さんには誰かが後で話を伝えてくれればいいよ。
誰かやってくれる人は?
え?いない?
しようがないな。なら後で私が伝えておくことにするよ。
さて!
今日みんなに話すのはね。
ずばり「イジメ」だ。
そうそう!
そこのキミ!イジメはかっこ悪い。
でもね。
何でかっこ悪いか分かるかな?
君…中村くん。そう、サッカーボールが机の横にかかっている机の――そう君だよ!
いってごらんなさい?
そうそう。
相手がやられて厭なことはやってはいけない。
うんうん。
簡単に言うと、相手にいやなことをするのなら、自分も厭なことをされてもふしぎじゃない――そう先生に教わったんだね。
いや、先生。
きちんと教えてくださっているようでなによりです。
さて。
それじゃみんなに聞いてみようか。
何でイジメはなくならないと思う?
中村くん?
どう?
分からない?
みんなは?
分からない?
よ~く考えてみて?
あらら。
ま、そうだよね。考えたくないこともあるよね。
そうだね。
ヒントをあげよう。
みんなの中で機差川に行ったことのある人は手を上げて?
そこで虫を捕まえたことのある人は?
おお!結構いるね!
いやいや。
最近はみんな家の中に閉じこもってゲームばっかりしている子が多いのにね。
え?
自然学習?
なるほど!
そうかそうか。それで、トンボや蝉を捕まえたことのある人は?
ああ。そうだね。じゃぁ川村くん…そう、ぽっちゃりした君!
君は揚げパン1個じゃお腹が埋まらなくはないかい?
そうそう。私もね、昔はどうやっておかずを先生に気付かれないように交換するかで頭を悩ませたもんだ。
君、トンボの羽をとっちゃったことは?
ああ、みんなそんな声をださない!
そう、ある。
え?悲しかった?
いやいや、楽しくはなかった?
ああ、隠さなくてもいいよ!私なんかカエルやら蛇相手に似たようなことやっていたからね。
とても夢中になったっけ。
そうそう。釣りで釣った魚なんかも結構楽しいものだよ。
ああやってぴちぴち跳ねるのをどうやって押さえつけておとなしくさせるか、それで魚がすぐに死なないか、あの匙加減が難しいんだ。
お~、キミも魚を?
いや、分かる分かる!その日焼け具合に手のタコ。
はは~、さてはブラックバス釣りで鍛えたね?
はは。島原さんか。若いのになかなかの太公望だ。
ああ、太公望ってのは――おおよく知っているね。
そう、中国の王様の御意見番になった人だよ。
うん。みんな古典で知っている?
それはそれは。
私なんて大学で読みたくもない漢文を読んだ時にはじめて知ったんだけどね。
え?高校?
寝てたよ!ははっ。
そう。そういうことをやったことのある人は?
ああ、中村くん。そんなに張り切ると――ああ、いわんこっちゃない。椅子から落ちるほど張り切らないで!
そうそう。
深く腰をかけて。
そう。
結構いるでしょう。
虫とかが苦手な人は、クローバーとかを集めたことのある人は?
そう。
四つ葉を集めるのは大変なんだよ。私も以前五つ葉を見たことがあるんだがそれっきりだなぁ。
そう。
この中で花冠を作ったことがある人は?
ああ。みんな結構、器用だなぁ…
そうだね。
どう?楽しかった?
そう。
楽しかった!
川村くんは?
はは、恥ずかしがらなくてもいいよ。楽しかった、うん。その通り!
つまりね。
それとおんなじだよ。
イジメはね。やっている分には楽しいんだ。
なんたって相手は自分と似たものだから、どんな感じかすぐ分かる。
それができるってことは自分が強いってことだろう?
弱いよりも強い方がいいじゃないか。
でも、強いってどうやって分かるんだ?
そう。
力だよ。君は?
ああ、ボーウッドさん!
なるほど日本語が上手だね。
君、天才なんだ。
謙遜することはないよ。
それじゃ、君は分かるね。どうやって弱いものと強いものを見分ける?
うん。顔だよ。
たとえばキミが横の島原さんに殴りかかってみたとしようか?
ちなみにキミの方が力も強ければ体格も大きいし、臆病じゃない。
そうなると島原さんも怖いよね?
とっさに避けようとするかそれとも目を閉じるかするよね?
そうそう。
そうやると誰が強いか弱いかが分かるんだ。
人でやるとすぐ分かるだろう?
ああ、乱暴?
そうだね。ちょっと見ただけじゃ誰が強いか分からないよね。
だったらどうする?
これじゃあ誰が強いか弱いか分からない。
そうなると、弱いのを見つけて試してみるのがてっとり早い。
あれ?
でもそうなると、とても弱い相手よりも強いのが分かるだけじゃないか?
うん。
中村くん。キミは弱小チームに勝つよりも県大会ベスト3の強豪に勝つ方がうれしいだろう?
そのためには努力がいるよね。
じゃぁさ、「強い人が病気でいない」チームなら?
そう、勝てる!
ベスト3の強豪に勝てるんだよ!
人でいうとテストで国語で100点をとる人でも算数は50点なんてことはよくあるだろう?相手の苦手なところで勝てばいいんだよ。
相手の苦手なところを見つける方が、全部の教科をがんばるよりも楽だしね!
ああ、島原さん。
それだと相手の苦手なところで勝つだけで意味がないだろうって?
じゃあさ。相手を弱くしてしまえばいいじゃない!
その間に自分を強くすればいいんだしね。
相手が強くなっていこうとしているのを邪魔すればいいんだよ。
え?
そんなの卑怯だって?
いやいや!
一言だけでいいんだ。「あなたはどこそこが弱い」ってね。
本当のことを教える方がいいよ?
相手は言い訳できないからね。
それを気にするのも気にしないのも相手の勝手だろう?
気付かない方が悪いんだからね。
さて。勝った!うれしい!
ならみんなにもこのうれしさを教えてあげないとね!
相手はみんなよりバカだから簡単にひっかかるよ。
相手は自分の悪いところを知れて、こっちはとっても嬉しくなる。
完璧だろ?
―――そう。
とっても楽しい。
こういったわけだよ。
何? 卑怯?
そうだね。
でも、思い出してみて。 卑怯なことをされたのなら相手も卑怯なことをしてくるだろう?
なら向こうがとやかく言う権利はないよ。
もともとあっちが悪いんだしね。
納得がいかないって顔をしているね?
・・・そうだね。なら私の友達の話をしようか。
その子はね、友達もいればご両親もいい方だった。
ちょっとさみしがり屋だったけれど、とってもいい子だったんだ。
でもね。彼女はある日、春の夕方に居眠りをしちゃって、生き物係がやるはずの金魚の世話を忘れてあわてて家に帰っちゃったんだ。
次の日には金魚は死んじゃってた。
悪いことだよね。
悪いことはつぐなわないといけないよね。
だからまわりのみんなは忠告したんだよ。
でもその子は怖くて泣いているばかりだった。
もしかすると泣いて言い逃れするつもりだったのかもしれないね。
今となっては誰も分からないけれど。
でも、悪いことは悪いことだろう?
だからみんなは先生に言ったんだ。
「この子は泣いて罪から逃げる気です!」
ってね。
それで悪いことを反省してくれたらよかったんだけど。
その子は泣くだけ。
泣いて全部許してもらえると勘違いしていたんだよ!
先生が優しいことをいいことにね。
それを聞いた先生はすぐにそれが分かって、その子のご両親にこの子の悪いところを教えたんだよ。
次の日にはその子もしょんぼりしていたんんだけど。
ようやく自分が悪い子だって分かったんだよね。
ざまあみろ!
・・・でもね。その子は怖かっただけなんだ。
少なくとも私にはそう言ったよ。
でも、一人で何かいっても、みんなの方が正しいって親御さんには思われてしまったって。
もしかしたら、そこでその子が本当のことを話せたのならそんなに怒られないで済んだかもしれないけど。
もう誰もその子を信じてくれない。
その子はそう思って泣いちゃったんだ。
でも、そうとは知らないみんなは、その子がしょんぼりしているのはまた懲りずに先生に泣きつこうとしているものだと思ってまた注意する。
けど、直しようがないよね。
ただ彼女は落ち込んでいただけなんだし。
口でやさしく言っていても分からないなら、自分がどれだけひどいことをしたのか知るべき。
みんなはそう思ったみたいで、もっと強く注意しはじめた。
先生もそれに力を貸してくれるんだ。
正しいことをして何が悪いんだ、って思っていたみたいだね。
もう、一回悪いことをした子の言うことなんて信じられないよ。
お家でも、その子はとても怒られていたんだよね。
私はなんとなくそのことを聞いて気になってね。中央公園のベンチでその子が泣きながら言うことを聞いてみたんだ。
私は言ったよ。
「ならきちんと先生たちに調べてもらって」
てね。
でもね。
授業中にも注意力散漫で、テストの点も悪くなっている不真面目な子、それもうそつきだから嘘を言うなって逆に怒られたそうだよ。
そりゃ嫌われるよね。
うそつきで、なまけもので、しかも泣きまねだけうまいんだ。
そんな口だけのやつにそのクラスにいる資格はないだろう?
なら何をされても文句はいえない。
ならいっそみんなのために何かするべきじゃないか?
そいつはトロいし、汚いから何をさせてもよくない。ならせめてこっちを楽しませるのが義務ってものだからね!
ああ汚い汚い。
うすのろバカなばい菌がついているんだよ。
牛乳で消毒しよう。
いや臭い!水をかけて匂いを消そう!
ああ、見るだけでいやだ。
いっそいなくなれよ。
え?保健室にいった?
あの野郎別の先生に取り入りやがって。
バツを与えてやる!
ついでに楽しませろ。
汚い奴よりも高等なみんなを気持ちよくさせろ!
――ま、これが本音だったんだろう。
その子が汚いのは両親におざなりにされた制服に犬の糞をつけられたあとで公園で水洗いした後だし、
トロいのは泣きすぎて、辛すぎて眠れないからだし、
テストの点が下がったのはまわりみんなが敵だからだし、いい点なんてとったら何をされるかわからないからだし、その子を嫌っている先生たちの授業が早く終わってほしいがために水にぬれた制服で我慢をしていたからなんだけどね。
いやいや、ひどかったよ。
仲良かったはずの子は自分も巻き込まれるのがイヤで無視するし、ズルズル下がっていく成績に親は「勉強しろ」ってどんな目にあうのかわからずに言いまくる。
みんなの目が、目が、目が!
彼女を蔑むんだ。
お前はここにいてはいけない。
なぜ自分から消えてなくならないのか。
なんで自分はサッカーボールをぶつけられるのか。
本を切り裂かれるのか。
上履きに釣り針を入れられるのか。
テストの点でイヤミを言われるのか。
お話の世界に逃げ込めば、それが原因で頭が悪くなる。
先生はすっかり彼女が悪い子だと思い込んでしまっている。
学校に行きたくなくなっても、その子の家は厳格だから、そんな悪い子は引きずってでも学校に行かせるよ。
分かるかな?
一日中蔑まれ、時には攻撃されて、集団が恐ろしくて反撃できないみじめさ。
家に帰っても、悪い子を見る冷たい目。
それから逃れようと苦し紛れの嘘をつけば、「うそつき」。
叩かれると、ご近所中がその子が悪い子だと知る。
彼女はこの世にいてはいけない人間になっちゃったんだ。
どうにかイイ子になろうとしても、もう無理。
おや?先生。どうしました? ああ、続けますよ。
それでその子は私に助けを求めてきたんだよ。
私も、何日も何回も話を聞いているからね。時間があったからICレコーダーを彼女の鞄に忍ばせてその日一日の彼女の会話を録音したんだよ。
でもね。
先生にも、両親にも、「そんな嘘をつくのはやめなさい!」って、聞いてもらうことすらできなかったんだ…
それでね。
その子は―――死んだよ。
松風岬から飛び降りてね。
あそこは潮の流れが激しいから簡単には遺体は上がらないだろうけど。
何で両親が気付かなかったかって?
そりゃそうでしょう。
家にいるといつも怒られるか、叱られるか。
それなら外にいる時間をのばした方がいい。
だから非行といわれる夜の徘徊癖がついてね。もう両親も気にもとめなかったよ。
「あのバカ娘が」
ってね。
もう何も期待していなかったんじゃないかな。
人間が一番辛いのはね、心を殺されることなんだ。
お前はいらない。
周り全てがそう思った瞬間、その子はいらない子になったんだよ。
え?
ああ、ボーウッドさん?
あの公園ができたのは確かに5年前だけど、いつ私がその子がずっと昔の子だって言った?
ああ、先生。
そろそろ職員室に行かれた方がいいですよ。
警察から連絡が入るはずです。
ご両親にはすでに連絡を入れてあります。ついでにICレコーダーも渡しておくように言ってありますから、まぁ電話に出る気力はないでしょうがね。
昨日みたいな雨の夜には気をつけてくださいね。
ええ。
彼女――高橋さんは、いい子でしたよ。
とっても。」
はい。というわけである御爺さんのひとり語りでした。
書いた頃の考えからか、女の子が完全に被害者です。
当時のメモによると苛めの加害者が被害者に逆転してしまいバッドエンド、その後でせいせいした周囲の人間たちが笑いながら宴会をする話も考えていたようですが…。
本作はフィクションですが構図自体は現実とそう変わらないのではと思います。
本作によって何かを考える切欠にしていただけたのならば、幸いです。