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reminiscence  作者: 水瀬白露
Episode 1 shinlia-赦し-
5/5

Ixn-人-

 気を失った者も降伏したものも一か所に集めた旅人が最初にしたのは野盗たちの記憶を変えることだった。

 フェンが契約者であると知られるのは非常にまずい。

 そして精霊が現れながらも殺しはしなかったという話が出回ってもまずかったからだ。

 旅人は自分と狂戦士との戦いの印象を強くさせ、精霊のことは忘れさせた。

 またフェンについても強い子供程度の印象に変えさせ、野盗たちの記憶を異常に強い旅人に倒された、というものにした。

 フェンは旅人の邪魔をされないように野盗を牽制した、というようなところか。

 代わりにまた旅人についての噂が広がっていくのだろう。

 フェンが一人残らず意識を刈り取られた野盗を棍でつついている間に旅人は魔法の準備ができたらしい。

 一箇所に集められた野盗たちの周りに魔方陣が描かれている。

 旅人が何か長ったらしい呪文を口にすると地面に描かれた魔方陣が青く光り始め、やがてそれは光の柱となって野盗を消してしまった。

「やれやれ……大型の転送魔法ともなると手間がかかるな」

「行き先はカーヴァ=ツィリアですか?」

「ああ、報酬をもらうためにダフネンに送っても仕方ないからな」

 フェンは頷く。

 もともと何の考えもなしに言った言葉だったが、言われてみればその通りだ。

「カーヴァ=ツィリアでも指名手配されていたんですね」

「連名だった。ダフネンとカーヴァ=ツィリア、そしてシリルの3都市のな」

 フェンはさっと頭の中で地図を広げた。

 その3都市は森のすぐ近くにある大きな都市だ。

 森の盗賊を捕えるつもりなら3都市間で協力体制を持つのももっともな話だ。

「さて」

 旅人は肩を回すと開けた空を見上げた。

「今日はここで野宿かな」

 森の上の空には、少し欠けた月が空高く昇っていた。





 月が傾き、星のきらめきが強くなる。

 夜の闇の中の確かな光は太陽のように地上を温めたりはしないけれど、まぶしすぎない美しい姿でもって見るものの心を癒す。

「師匠」

 ネフェアの暖かい体に包まれながら、フェンはぼんやりと夜空を眺めている旅人に声をかけた。

 月が傾くような時間、いつもなら既に寝ている時間だが、大立ち回りの興奮が覚めやらず未だにフェンは寝付けないでいた。

 しかし、眠れなかった理由はそれだけではない。

「どうした?」

「師匠の名前、クエロっていうんですね」

 旅人は空から視線を外すとフェンのそばに寄った。

「いや、あれは違う。私には名前がない。クエロは便宜上友人が呼んでる名前にすぎなかったんだが、いつの間にやら広まっていたらしいな」

「名前が、ない?」

 不思議そうにフェンが首をかしげる。

 名前がないならつければいいのに、広まった名前ならそれが名前でいいはずなのに、なぜ名前がないと言うのだろう。

「私の本名は別にある。生まれた時に名づけられ、名乗り、認められた、魂に刻まれている名が。しかしそれは封印されて、もはや誰にもわからない」

 フェンは訳がわからず首をかしげたが、旅人はこれ以上説明する気はないらしく、もぞもぞと寝袋の中に入ってしまった。

 よくわからない言葉だったが、不吉さだけは感じられた。

 余計悩んでしまいフェンが悶々としていると、ネフェアが珍しく身じろぎをして重たげに首をあげた。

 精霊であるネフェアは夜の間、精霊の森での役割を果たすために意識を森へと戻す。

 しかしこちらの様子は影であるこちらのネフェアの体から確認することができるため、すぐに意識をこちらに戻せるらしい。

「……あ、ごめん。気になっちゃった?」

 フェンがはっとして声をかけたが、ネフェアは返事をせず、親猫が子猫にするように舌でフェンの頬を撫でた。

 ネフェアは何か知っているのだろうか。

 それで、慰めるようにフェンを暖めてくれているのかもしれない。

 ネフェアのやさしさに包まれながら、フェンは次第にまどろんでいった。





 次の日にはフェン達は森から街道に出た。

 陽の光を遮っていた森から出たことで、フェンは目を細めた。暗い場所に慣れ切っていたのだろう。まぶしさに瞼が痛むのを感じた。

「フェン、フードと眼帯。ここだといつ人に見られるかわからないだろう」

「あ! はいっ」

 旅人に言われてフェンは慌てて眼帯を取りつけ、外套のフードを目深にかぶった。はた目には怪しいが、旅人ならばそうおかしな格好でもない。むしろやたら露出しているほうが奇異の目で見られるだろう。

 一方ネフェアは小さい猫に姿を変え、フェンの肩に乗った。まるで魔術師見習いとその使い魔のようだった。

「ああ、そうだ。カーヴァ=ツィリアは魔法の街だ」

「はい」

 今更なんだろう、とフェンは訝しみながらも返事をした。

「故にその住民もほとんどが魔術師と言っていい」

「えっ」

 セント・リーディアスに魔術師はそう多くはない。マナを持つ人間は多いが魔法を学ぶ機会がないのだ。ダフネンほどの大きな街にすら魔法を学ぶための学校なんてものはない。魔法が学べる学校があるのは王都にしかないと聞いていた。カーヴァ=ツィリアは魔法技術の発展した街とは聞いていたが、学校もあるのだろうか。

「いいか、魔術師の魂は名前に宿ると言われている。魔術師が本名を名乗るのは、自分より格下の相手か信頼した人物だけだ。そうしなければ……」

「そうしなければ……?」

「体の良い奴隷にされるだろうな」

 軽い調子で旅人が言う。しかし口元は笑っていても目元はまったく笑っていない。冗談でなく魂を握られてしまうのだろう。

「まあ、何にしても魔術師は本名は名乗らないものだし、お前も厄介なことに巻き込まれたくなければ本名は名乗らないことだな」

 街道から出て3時間ほど歩くと外壁が見えた。外壁は高く、なめらかだ。石で出来ているはずなのだが、継ぎ目がない。さらに何か複雑な文様が走っていて、煌々と白く輝いている。

 それは魔法だった。周囲の環境マナを使って強大な守りの陣をひいているのだ。

「驚いたか?」

 旅人が聞くと、フェンは絶句しながらただただうなずいた。ずっと精霊の森近くの辺境の村で暮らしていたフェンは、この世界がどれほどの知であふれているのか、それをこのときはじめて実感した。

 街道の先に待ち構える堅牢な門、それがマナの輝きをその身に走らせ魅せながらゆっくりと開く。それからカーヴァ=ツィリアの開門を待っていた短くない列が徐々に動き出した。

 その様子はいかにダフネンで多少は都市というものを知っていたとはいえ、フェンにとっては圧巻だった。

 何しろ、街全体が魔法に包まれているようなもので、その中にざっと千はくだらない人数が飲み込まれていくのだ。まだ魔法に慣れ切っていないフェンからすれば、いや、多少は知っているからこそ、その光景は神の腹に人が自らを生贄にして入っていくように見えた。

「カーヴァ=ツィリア……」

 門を目の前にして、フェンは目を細める。くらりと軽い眩暈が襲った。今からセント・リーディアスが誇る大陸屈指の魔法都市に足を踏み入れる……。

 一行はその列に並び、順番を待った。フェンは少しでも街の様子を覗こうとぐっと身を乗り出していた。後少しで街の様子が見えるというところで、フェンは門前に立つ異国とセント・リーディアスの雰囲気を絶妙なバランスで持つ美女がいることに気が付いた。

 真っ先に特筆すべき点はやはり、つい目を奪われそうになる艶やかなその黒髪だろう。セント・リーディアスに黒髪の人間はいないというわけではないが、やはりあそこまで見事な黒髪ともなると探すのは恐ろしく難しい。またその顔立ちも異国的で、特に整った顔立ちであるには間違いがないがひかえめな主張の鼻と口元により、どこか幼い印象がある。対象に切れ長の瞳は妖艶で、油断をすれば操られてしまいそうな独特の魔力を帯びていた。衣服は一見すれば白い神官服のようだ。しかし大胆にスリットの入ったそれは怪しげな紅い紋様を這わせている。

 その美女はほとんど顔を隠しているに近いフェンと確実に視線を交わし、ふと微笑んだ。

「出迎えだな」

「え?」

 旅人の呟きに、美女から視線を外し、旅人を見上げるフェン。

 その瞬間、旅人が身をひねり、フェンと立ち位置を強引に交換した。

 バチッと火花同士が弾き合ったような音がし、フェンが振り返る。

 視線の先には剣を抜いた旅人がただ一人。

「あれ?」

 しかし、洞察力も人並み以上にあるフェンのこと、なんでもない場所に魔力の残滓だけを纏った無残な姿の人形があることに気付く。その意味を探ろうと視線をさまよわせたその間に、門前にいた美女が悠々とした歩みでこちらに近づいてきた。

「久しぶりね、クエロ」

 美女の、ともすれば嬉しそうな笑みに旅人が思いっきり顔をしかめる。

「真っ先に子供に手を出す奴があるか」

「あら、貴方と共にいるんですもの。ただの子供なはずないでしょう?そもそも亜人の可能性だって……あら?」

 美女がフェンに視線を移すと、本気で驚いたように手で口元を覆った。

「まさか、本当に?」

 様々な魔具でマナを封じきっているフェンは、今はそこまで普通の子供と変わらない。身体面では少々運動能力が高いという程度だ。とはいえ、持前のセンスや既に書き換わってしまっている精神面だけはまったく封じられていないが。

 そんな事情もあり、事実ただの子供ではないフェンは気まずそうに目を逸らす。ただ、その仕草は美女にはまったく別の意味に受け取られたようだ。

「怖がらせてしまってごめんなさい……。でもなぜ、こんなに魔具が……」

「ミカゲ」

 溜息をついて、疲れたように旅人がミカゲと呼んだ美女の言葉を遮る。

「まずは街に立ち入る手続きをとってからにしよう」

「それもそうね」

 ミカゲは少々気まずそうに微笑んで、こっちよ、と一行を使われていないゲートへと案内した。




「わぁ……!」

 カーヴァ=ツィリアはその街中も信じられないほどの魔法で満ちていた。

 魔力結晶で人が近づくと反応して噴水のショーが始まる広場、日差しの向きに合わせて枝を伸ばし、憩いの場を作る召喚獣、妖精使いの大道芸は華やかで、色とりどりのマナの鱗粉が風を引き起こしたり火の粉を巻き上げたりしている。

 建物や街灯にも魔力結晶が使用されており、時折見かける看板は場合に応じて地図になったり現在地の案内などをしている。

「もう、いきなり盗賊が転移されてくるんだもの。いくら司法を担当している法の派閥とはいえ、ちょっとした混乱が起こったのよ」

 どこかへと案内をしながらミカゲが旅人に文句を言う。

 一方旅人の方はどこ吹く風だ。

「その程度でダメージを喰らうような組織じゃこの先立ち行かなくなるのも時間の問題だろう」

「そんな問題じゃないの。せめて事前にアポくらい取りなさい。私がいらない苦労するじゃない」

 これだから、とでも言いそうな呆れた表情でミカゲが口をとがらせる。幼さと大人っぽさが入り混じった美女がそんな表情をすると妙に可愛らしい。

 そんな会話を二人がしているうちに、屋敷の多く立ち並ぶ、高級住宅街とでも言える場所に来ていた。

「ここよ」

 そのうちの一つの屋敷の門に、ミカゲが勝手知ったる様子で鍵解除の魔法をかける。

 こそこそと旅人の背中に隠れていたフェンはそっとその屋敷を窺い見てみた。

 大きさとしては周囲の中でも群を抜いているだろう。ざっと100人は暮らせる部屋数がありそうだ。豊かな庭もあり、屋敷は落ち着いた色合いで、どこかドールハウスのような雰囲気を感じさせる。

 あくまでこれはフェンの感想であり、ドールハウスというのは鋭い着眼点を持っているといえようが、実際の部屋数はこれでも20部屋あるかないかというようなところだ。

「師匠……」

 フェンが旅人のマントのすそをひっぱると、今更気付いたのか振り返って説明をしてくれた。

「ああ、ここはミカゲの屋敷だ。これからここが私達の拠点になる」

「宿はとらないんですか?」

 少し驚いたようにフェンが尋ねた。旅人とミカゲは旧知の仲らしいことが窺えるので恐らく相当前からあてにしてあったはずだ。その割に森ではやたら宿を前提にしたかのようなお金を気にした発言を繰り返していた。

「いや、宿も取る」

「はぁ?」

 そんな無駄遣いをしてどうする、とでも言いたげなフェン。旅人はそれには答えず、フェンの耳元にそっと囁いた。

「まあすぐにわかるさ。いいか、ミカゲには絶対、本名は名乗るなよ」

「名前?」

 訳がわからず首をひねるフェンと、面白そうにニヤニヤと笑う旅人。

「二人とも入らないの?」

 そんな二人を門をくぐったところでいぶかしげに見つめるミカゲだった。




 ミカゲの屋敷は外装に見合った内装をしていた。とはいえ、フェンにとっては初めて見る大きな屋敷だ。

 広い絨毯も、優雅な曲線を描く階段も、立派な彫刻の柱も全てが圧倒的に見えた。

 しかしそれだけではなかった。

 屋敷の奥からわらわらと人影が現れた。彼女たちは皆同じメイド服を着て、同じ動きでミカゲの前に整列し、揃いきった動きで頭を下げた。

「おかえりなさいませ。御主人様」

「相変わらずだ」

 笑いを含んだ声で旅人が呟いた。

「これ、全部人形……ですか?」

 茫然とフェンは旅人に尋ねた。その通り、ミカゲの前に並んだメイド達は皆、精巧に作られた人形だった。

「そうよ。私の専攻魔術は人形術。見ての通り、人形を操る魔法よ」

「操るのは人形だけじゃないさ。名を盗られてしまった人間も晴れてここにいる人形の仲間入りすることになるからな」

「あら、言われちゃった」

 くすくすとミカゲが可愛らしく笑う。言われなければどうするつもりだったのか。フェンの背中にじわりと冷や汗が流れた。

「ハル、ナツ。お客様を客間にお連れして」

「「かしこまりました、御主人様」」

 二体のメイドが揃った動作で頭を下げると、フェンと旅人の方を人形らしい無表情のまま歩み寄ってきた。奇妙な迫力にフェンは思わず後ずさり、旅人の後ろに隠れた。しかし、やはり人形に感情はないのか、二体の人形は眉をひそめることすらせず二体揃った動きで頭を下げた。

「ハルでございます」

「ナツでございます」

「「客間へご案内いたします」」



 客間に案内されて二体の人形が下がると、フェンは疲れたように椅子にもたれかかった。

「わかっただろう、フェン」

「何がですか?」

「この屋敷にはすみずみまでミカゲの目が張り巡らされているのさ。フェン、お前のことは一切ミカゲに知らせるつもりはない」

「……ああ、それで宿」

 納得したようにフェンは頷いた。毎朝の訓練もネフェアのことも屋敷にいればそのうち気付かれる。拠点にすると言ってもほとんどこの屋敷で寝泊まりするつもりはないのだろう。

「ならなんでここにも泊まるんですか?」

「勉強のためさ」

「勉強? 魔法のですか?」

「なぜ魔法のことについて教えなきゃいけないんだ。この国のこと、この街のこと。お前には常識が欠けているだろう」

「常識、ですか……」

 胡乱気にフェンが旅人を睨む。お前がそれを言うのか、と。

 旅人はフェンの視線をさして気にした風もなく、しかしさらりと話題を変えた。

「ところでお前の精霊をそろそろ迎えに行ったらどうだ?」

「……っ! ネフェア! いつから?」

「ミカゲが来たときから」

「街に入る前じゃないですか!」

 血の気をさっと引かせて叫ぶフェンを、微笑ましく見つめる旅人は内心、フェンの意識を逸らすことに成功してほっとしていた。



 結果としてネフェアはミカゲ邸の前にいた。独自に街に入り、フェンを追って来ていたらしい。安心したフェンは、しかしそのまますぐ帰るのもどうかと思いネフェアを誘って街の見学に行くことにした。

 旅人にもミカゲにも何も言わずに出て行くことになるが、ネフェアがいれば大丈夫だろうと思っていた。

 ネフェアも特に反対せずにフェンに抱かれている。

「商店街に行こう」

 魔法の街、カーヴァ=ツィリアには魔法道具の類も多く作られている。それを見るには多くの店が立ち並ぶ商店街に行くのが良いだろうという考えだった。

「すごい、キレイなランプ。魔力結晶が輝いてるんだ」

「なんだろう、これ。ば、ん……万能釜? ただの壺にしか見えないのに」

「円盤に針がついてる。時間を図る道具まであるんだ」

 店の中だけでなく、街にも他では見られないものが多くあった。

 その一つが街灯だ。昼の内にマナを溜めた魔力結晶は、夜になれば光を灯して街を隅々まで明るく照らすのだろう。等間隔に、どの道にも配置されていた。

 また次々と絵の変わる看板や魔法で動く箱型の乗り物まであった。

 箱型の乗り物は魔動車と言うらしい。街中にある線路に沿って一度にたくさんの人を運ぶことが出来る乗り物で、馬車と船以外に乗り物を見たことのないフェンはそれにいたく感動した。しかし乗りたくても通貨を持っていなかったので泣く泣く断念したのだが。

「あの小さな村がずいぶんと栄えたものだ」

 一通り商店を見て回った後、ネフェアがぽつりと呟いた。

「ここにも来たことがあったの?」

「ああ。ここの出身で魔法に長けた者がいたが、そうか。あやつは夢を叶えたらしい」

 懐かしげに目を細めるネフェア。普段は昔の話を聞いても何も答えてくれないが、ときどきこうやってかつての旅の欠片を呟いてくれる。フェンはそれを聞くのがとても好きだった。その旅には大好きな祖母もいた。その足跡が見えるような気がした。

 その足跡をもっと探そうとするかのように、フェンはぐるりと辺りを見渡した。その時、外れの方にある店のショーウィンドウが目に入った。そこに飾られていたのは見事な作りの楽器だった。

 もっとよく見ようとフェンはその店に駆け寄った。そして、その楽器につけられた値段を見て思わずフェンは唸った。

「いち、じゅう……五百万シード!?」

 作りは見事だが、そこにあるのは単なるヴァイオリンに見える。しかしそのヴァイオリンにかけられた値段は立派な家が一軒建てられるほどのものだった。

「なるほど、月楽器-shinrac-だな」

月楽器シンライカ?」

「弾くのが難しい代わりに、弾いただけで魔法を発動させることができるものや、楽器と相性が良ければどんな素人でも玄人のように楽器を扱えるものまである。しかしそれを作ることが出来るのは女神に連なる者だけだ」

「え?」

「今となっては作れる者はいないということだ」

「そう、なんだ……」

 今は作れる人がいなくても昔は盛んに作られていたのだろうか。店の中にはまだいくつかの楽器が並べられていた。ヴァイオリンの他は竪琴が多い。

「竪琴……お婆様を思い出すな」

 フェンは祖母であるシアンが竪琴を軽やかに弾きながら美しい歌声で神話を歌ってくれたことを思い出していた。もちろん何度も弾いてみたいとねだったが、結局上達する前にシアンは行方をくらましてしまった。

「弾いてみたいのか」

「うーん……」

 シアンのことをいろいろと思い出して感慨にふけっていたフェンだったが、あまり楽器を弾きたいとは思わなかった。ある程度奏でることができるならともかく、楽器の腕は本当に素人に毛が生えた程度だったからだ。

「そういえば、金がないと嘆いていただろう」

「魔動車のこと?」

「シアンは旅歩きながら歌って金を稼いでいた。お前もやってみたらどうだ」

「お婆様が?」

 フェンはかつて自分を突き動かしていたシアンへの憧れが再び湧き上がってくるのを感じた。どうしようもなく胸が高まり、それをするしかないという思いに囚われる。

「やってみたい。私も、お婆様と同じこと、やってみたい!」



 陽もかなり高く上がり、街の広場に休憩にくる人がどこからともなく次々と増えて行った。フェンは竪琴をぐっと抱きしめ、落ち着かなく辺りをきょろきょろと見渡した。人前に出るとなると、途端に萎縮してしまい、出来るだけ目立たない所に行こうと思ったのだ。

 フェンが持つ竪琴はネフェアの変化した姿だった。精霊であるネフェアが形作った楽器は、魔法を込めなくても月楽器と同じ効果を持っていた。とは言っても、演奏の補助をするだけの効果なのだが、楽器の腕前に不安を持つフェンにはありがたいものだった。

「この辺でいいかな」

 フェンは広場の外れにある花壇に腰かけた。周りに人は集まらず、皆忙しそうに歩き回っている。

 ふと、服装が気になってフェンはフードに指を掛けた。髪を隠すためのフードなので深くかぶっていたが、怪しい印象を持たせないか不安になったのだ。さらに、フードの影になってよく見えないだろうが眼帯までしている。忙しそうに道行く人々が、顔の見えない人物の歌を聞いてくれるとは思えなかった。

「安心しろ。お前の歌はシアン譲りだ。」

 耳元に囁くようにネフェアの声がフェンに語りかけた。フェンはそれに勇気づけられて、大きく深呼吸をすると力強くうなずいた。

「うん」



 遥か神代 月の女神が地に立ち 我らを見守っていた時代


 地中深くより侵略せし 泥の獣が地にはいた


 女神は弱き人を憂い 慈しみ そして力を我らに与えた


 人は女神の加護を得て 泥の獣を屠ったが 敵は泥の獣に留まらなかった


 豊かなリーディアス その地を狙い他国の王が攻めてきた


 やがて地にいる人は疲弊する


 終わらぬ戦いに絶望し 女神に救いを請い続けた


 王の定めを負いし者 12の臣下に支えられ 女神と約定を交わすに至る


 慈愛の女神に 愛を示し


 断罪の女神に 命を示した


 約束の女神は 人に破れぬ約束を残し

 

 三柱の女神は精霊を地に置き 神世の月へと帰って行った


 かくしてこの国 セント・リーディアスはあらゆる敵意から護られたのである……


 フェンが歌ったのは最も歌われる建国の歌だった。あらゆる吟遊詩人が歌うためにこの歌で認められれば一人前とも言われる歌だったが、フェンは当然そんなことなど知らなかった。単に、シアンが良く歌う歌だったからそれを歌っただけだった。

 しかし、歌い終えてほっと一息つくフェンの周りにはいつの間にか人が集まっており、ずっと竪琴を見つめながら歌っていたフェンはぎょっと思わず後ずさってしまった。

 あちらこちらから歓声や、溜息が聞こえて、フェンは混乱してしまう。

「もう一度頼むよ!」

「素敵な吟遊詩人さん、あなたの歌声は素晴らしいわ」

 もう一度、もう一度との声に押され、フェンが口を開きかけたとき、鐘の音が広場に響き渡った。

 すると人々は残念がりながら帰り始めてしまった。その時多くの人がコインを投げて行ったのだが、フェンには何がなんだかわからない。結局茫然としている間に人々は散り、残ったのはフェンと同じ年頃の子供が一人だけだった。

「大丈夫?」

 あまりにフェンが動かないので心配になったのだろう、その子供がフェンに声をかけてきた。その子供は質の良い服を着た男の子のようだったが、声はフェンに似て男とも女ともつかない子供らしい中性的な声だった。

 とにかく、フェンはその少年の声にはっとしてようやく状況を飲みこんだ。

「大丈夫」

 そしてこのままにしておくわけにもいかない、と足元のコインを集め始めた。

「君、人前で歌ったのは初めてでしょう。今度からは箱か何か用意しておくのをオススメするよ」

「……そうだね」

「手伝ってあげる。ほら、この袋にお金を入れると良いよ」

「え?」

「遠慮しないで。僕からの素敵な歌のお礼!」

「……ありがとう」

 素敵な歌のお礼とまで言われてしまえば、フェンに悪い気はしない。ポケットに入りきりそうな量でもなかったので、フェンはありがたく袋を受け取った。

 ふたりで取り掛かったので散らばったコインの回収はすぐに済んだ。ざっと数えてみれば、大体50シードほど集まっているようだった。

「くく。稼いだね」

 一緒に袋の中を覗きこんでいた少年が笑って言った。

「普通はどれくらいなの?」

「一曲に10シードあれば儲けだよ。宿場に泊まるのにそれくらいかかるから。普通吟遊詩人は3曲は歌うものだしね」

「そんな! こ、こんなにもらえないよ!」

 とんでもない値段だと知り、今更ながらに慌てるフェンを面白そうに少年は見ていた。

「今から一人一人に返しにいく訳にもいかないだろう? それに君の歌を聞いた正統な報酬だよ。ちゃんと受け取っておかなきゃ」

 その少年はフェンと対して変わらない歳に見えたが、ずいぶんと大人のようなことを言っていた。何か教育を受けているのかもしれない。不思議そうにフェンが少年を見つめると、少年はその視線を勘違いしたらしい。ややあって何かを思い出したようにああ、と相槌を打った。

「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕はティーって呼ばれてる。君は?」

 フェンは少年の自己紹介を聞いて、その少年が魔術師かもしれないと思った。カーヴァ=ツィリアは魔法の街だ。その住民はほとんど魔法を扱えると聞く。おかしなことではないのかもしれない。フェンは少し緊張をはらみながら名乗り返した。

「私は、私の名前は、フェン」

 ティーはにっこりと笑って右手を差し出した。握手のつもりだろう。フェンは無視するのもなんだと思ってその手を握った。

「よろしく、フェン」

「こちらこそ。ティー」



「お昼はまだなの? 僕もなんだ。一緒に少し遅いお昼ご飯食べに行こうよ」

 フェンとティーは広場の日向にテラスを置いたカフェに来ていた。まだ冬というには早いが、既に日陰だと肌寒くなっていたからだ。

「へぇ! じゃあフェンは今日この街に来たばかりなんだ!」

「ここまではダフネンから森を抜けて来た」

「森を? だってあそこには盗賊がいるって聞いたけど」

「……避けてきたから」

 本当は真正面からぶつかって叩きのめした――旅人が――のだが、フェンは言葉を濁した。

「それに師匠も一緒だったから」

「うん、僕の勘違いでなければ君はまだ成人じゃないものね」

 セント・リーディアスの成人年齢は15歳だ。それまでは基本的に保護者がいるのが当たり前で、子供の一人旅など許されない。どこかで保護されて親元に連れて返されるのがオチだろう。

「この前13歳になった」

「じゃあ僕の方が年上だ。14歳だもの」

 大人から見れば子供の1歳差なんて大したことないだろうが、子供にとっては違う。1歳の差は大きいのだ。そしてその差が大きく見えれば見えるほど、強調したくなるのが子供であり。さらには成長の止まったフェンは13歳に見えない身長がそれを増長し、ティーは胸を張って宣言した。

「それじゃあ、お兄さんがこのカーヴァ=ツィリアを案内してあげよう」

 この場合、年下のフェンに拒否権はない。ありがたい申し出だったので断るつもりもないが、人間を女神と同じ視線で見る精霊の精神を持ったフェンは、腕の中のネフェアと共に内心で苦笑していた。



 広場を発って最初に向かったのは町はずれの丘にある公園だった。

「広い公園だね」

「街から離れているから魔法の訓練も出来るんだ。ほら、ここにも穴が。失敗したんだろうね」

「ふぅん」

 ティーが指差した先には直径10cmほどの穴があった。芝を吹き飛ばし、見事に土が掘り返されている。そこそこ威力の高い攻撃魔法だったのかもしれない。人通りのあるところで練習するには危なくないのだろうか、とフェンは少し眉をひそめた。

「約束を、忘れかけているからか……」

 ぽろりとそうこぼし、フェンは首をひねった。自分の口から出た言葉なのに、その意味がわからなかったからだ。自分の中にある精霊の本能のようなものだろうか。未だに精霊の力が馴染んでいないように感じるフェンは少しだけ気分が悪くなった。

「ん? ごめん、何か言ったかい?」

「……独り言」

「ああ、この公園は広いだけでベンチくらいしかないからね、見るものはないけど」

 フェンの様子を見て、あまりに簡素なので思わず不満がこぼれたのだと勘違いしたらしい。ティーは取り繕うように慌てて喋り、フェンの手をとった。

「何?」

「見せたいものはこっち!」

 ティーに手を引かれやってきたのは丘の上だった。ここから街が一望できる。

「わあ……」

 ぐるりと丘ごと街を囲む紋様の這った白磁の壁。その中に納まる鮮やかな街並みは整然としていて美しい。建物の間を縫うように多くの人が忙しげに歩き、大きな通りにはいくつかの魔動車が走っていた。フェンが見て回った商店街は八時の方向にあり、道々の集まる中心に大きな広場があった。

 丘の近くは大きな屋敷が立ち並んでいて、反対側の外れにはこの丘のような広い庭がある。そこもまた、ここと同じような公園なのだろう。

 何よりも目を引くのは三つの巨大な建物だ。一つは二時の方向にあり、上から見て凹の形をした古く、荘厳な建物だ。へこんだ部分には整備された空間がある。一つは九時の方向にあり、建物の屋根の半分以上を真っ白な丸いものが覆っていた。最後の一つは広場より十二時の方向にある高い塔だ。丘よりは低いものの、街を囲む壁よりも少し高いように見えた。さらにその塔の上部には商店街で見た、時を刻む円盤が張り付けられていたのだ。

 その円盤の長い針が天上へと動き、ゴーン、ゴーンと鐘の音が響いた。

「七時だね」

「七時?」

「そう。一日は十二時間に分けられて、今は七時。あの時計は一時間ごとに鳴るんだけど、唯一六時だけは半時間ごとに鳴るんだ。お昼時間を教えるためにね」

「へぇ」

 時計、というのはあの時を刻む円盤のことだろうとフェンは思いつつ、時の流れをこのように刻むのは面白いと関心した。鐘の音を指針に時を上手く使うことができる。

「それで、その時を管理しているのが法の派閥」

「法の派閥?」

 どこかで聞いた覚えがあるような気がして、フェンは首をかしげた。

「法の派閥は魔法の研究組織のひとつだよ。魔法の法則とか、人の精神や世界に影響を与える法魔術の研究が盛んだね。法の研究をしてることもあって、国とのつながりも深いし、行政にも積極的。実は僕も法の派閥の一員なんだ」

 ティーの説明を聞いて、フェンはミカゲが一度法の派閥、と言っていたことを思い出した。ミカゲの泣き言や盗賊たちの処理についての言及から、ミカゲも法の派閥の一員で、犯罪の取り締まりなどもしているのだろうことも想像がついた。

「その組織があるのがあの時計塔の建物?」

「そう」

「じゃああの大きなお屋敷は?」

 フェンが指したのは二時の方向にある凹型の建物だ。

「あれは魔の派閥の建物だね」

「法の派閥と似たようなもの?」

「そう。カーヴァ=ツィリアには三つの派閥があって、魔の派閥は魔法で出来ることの研究をしてる。最近は魔法道具の作成が盛んで、魔動車なんかも魔の派閥が作ったんだ。オールマイティに研究をしてるから魔の派閥って言っても内部ではかなり分裂してるみたいだよ。連合って感じかな」

「もうひとつの派閥はあの建物?」

 次にフェンが指したのは白いドームのある建物だ。

「あれはちょっと特別な派閥でね。霊の派閥っていうんだ。占いや魂といった神秘に関する研究をしていて、あのドームの中は星の動きを知ることが出来るって話。……あそこの派閥はあまり表に出てこないから僕にもよくわからないんだよね」

 ティーは少し困ったような微妙な表情でそう説明した。フェンはそれを見てティーが隠し事をしていることに気付いた。霊の派閥について、知っているけど話さない、ということらしい。フェンとしても今日街に来たばかりの初対面の相手に話せることは限られているだろうと思ったので気にしなかったが、ティーは少し迷うように黙り込んで自分の感情に整理をつけたようだった。そしてにっこりフェンに微笑みかけて再度手を差し出した。

「じゃあ今度は街中の名所を教えてあげるよ。ついてきて!」

 来た時と同じようにティーに手を引かれ、フェンはカーヴァ=ツィリアの街を巡ることになった。



 再び鐘が鳴った頃には空は薄暗くなっていた。陽が落ちて寒くなってきたようだ。ティーはぶるりと身を震わせるとそろそろ帰らなきゃな、と残念そうに呟いた。

「あのさ、フェン。これからも広場で歌うのかい?」

「時間が出来ればそのつもりだけど」

「そうか!」

 途端にティーは嬉しそうに破顔した。

「良かった。それじゃあこれからも会えるな。宿は?」

「決まってる。けど送る必要はないから」

「えっ」

「また会えるなら、宿の位置は知らなくても良いはずだけど」

「……まあ、そこまで言うなら」

 フェンの拒絶とも取れる言葉に、ティーは少し落ち込んだようだが、フェンは顔を隠していたので事情があるのかと納得してすぐに引き下がった。

「それじゃあ、また会おう」

「うん、また」

 この一日でフェンはティーのことを気にいった。少々人の話を聞かないところはあるが、素直で明るく、思慮深さもある。何より時々のぞく上品な立ち振る舞いが美しい。さぞ人気があるだろうと容易に想像できた。だから、フェンは立ち去るティーに一言伝えたくなった。それはフェンの人間らしい感情から出た言葉。

「ティー!」

 名を呼ばれてティーが振り返る。フェンは少しだけフードを上げて、ティーに顔を見せた。フードの影で暗かった緑の瞳が、上がり始めた月の光を受けて鮮やかに色づく。

「カーヴァ=ツィリアでの最初の友達が、ティーで良かった!」

 ティーは一瞬虚をつかれたように目を丸くすると、すぐに飛び切りの笑顔でフェンに手を振った。

「僕も、フェンに会えて良かった!」

Ixn-人-

イシェン。男と女、そして水を表す字から成る。

Ixnに精霊の森の民は含まれない。

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