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reminiscence  作者: 水瀬白露
Episode 1 shinlia-赦し-
3/5

cxen-精霊-

 帰らなきゃ、と言ったフェンに精霊は無言で月光草を差し出した。

 持って帰れ、ということだろう。

 最初の怖い印象とは違って意外と優しく、また気が利くらしい。

「シアンの家までは森が案内してくれる」

 精霊はそう言うと、木々の間に伸びている小さな道を指差した。

 ここまではがむしゃらにきたフェンだったが、それでも道を通った記憶はなかった。

 何かフェンのわからない力がこの森にはあるのかもしれない。

「ありがとう」

 フェンがお礼を言うと、精霊はうなずき、それからフェンの手を取った。

 するとつながれた手から黄金と白銀の光、精霊のマナが複雑に陣を組み、光は練られるように重なり、やがて長い棒の形をとった。

 精霊が手を放すと光が収まり、フェンの手には自分の身長よりも高い先端に趣向を凝らした白いこんが掴まれていた。

「これは何?」

「私は森から出られない。これは私の影のようなものだ。これなら間違っても失くしたりはしないだろう」

 フェンは半分も理解できなかったが、素直にうなずいた。

 フェンは走り出しそうとしたとき、ふと精霊に名前を教えて貰えなかったことを思い出した。

「あなたの名前は?」

 精霊は驚いたように少し目を見開いて、そして微笑んだ。

「ネフェア=シエンクロウ=ルア。私もかつてはフェンと呼ばれていた」






 フェンがシアンの小屋に戻ったとき、既に昼になっていた。

 森に陽の光は届かないため、フェンは時間がよくわかっていなかった。

 フェンがシアンの小屋の扉をノックするといくらもせずに旅人が扉を開けた。

 旅人はフェンの姿に驚いたようだったが、何も聞かずにフェンを小屋に招き入れた。

「どうだった?」

 旅人が目的の方の結果を尋ねた。

 フェンは月光草を差し出して言った。

「お婆様はどこかへ行ってしまった。だから追いかけたい」

「そうか……」

 フェンの言い分は旅に出たい、と言っているようなものだった。

 目的はあるが、目的地のない厳しいものだ。

 しかし今はそれについて話すときではなかったので、旅人は言及しようとはしなかった。

「旅人さんはどうだった?」

「見ての通りだ」

 旅人はフェンの持ってきた月光草ほど瑞々しくはないものの、元気を取り戻した月光草を挿した花瓶をテーブルに置いた。

 フェンはそれを見て顔を輝かせ、興奮したように言った。

「それじゃあ、これで足りる!?」

「十分だ」

 フェンは嬉しそうに月光草を挿した花瓶を手に取った。

「よかった。じゃあ届けに行かないと」

 フェンはそれに自分の取ってきた月光草も挿して言った。

 だが、旅人は厳しい顔でそれを制した。

「その前に、その姿を村の皆にどう説明するつもりだ?」

 フェンははっとしてうろたえた。

「あ……どうしよう。私にもよくわからないの」

 そしてフェンは森の奥であったことを旅人に話した。

 フェンの話を聞き終ると、旅人は疲れたようにため息をついた。

「フェン。精霊との契約者の伝説を知っているか?」

「ルーナフィアナのこと?」

 フェンが聞くと、旅人は首を横に振った。

「間違いではないが、森を出る選択をした精霊との契約者のことだ。そしてその役目を」

「知らない。違いがあるの?」

「ああ。実は私も旅の途中で会った亜人の部族から聞いたことなのだが、彼らは精霊の森の民から派生した部族でね。彼らはある方法で精霊との契約者が生まれることを感知する。」

 フェンは黙って旅人の話を聞いていた。

 不用意に質問でも入れれば蜘蛛の糸のように複雑で繊細な契約者の話は絡まって元の形がわからなくなってしまいそうだったからだ。

「そこで彼等にその契約者の引導者なのは私だと聞かされ、今お前が身につけている飾り紐を貰った 」

 フェンは契約した後から、その飾り紐の正体に気付いていた。

 月光草の繊維の織り込まれた魔法の宿る道具、いわゆる魔具だった。

「まあ、私もこの村に来るまではそれがフェンのことだとは知らなかったんだが。とにかく本題はここからだ。引導者は契約者を正しい道に導く存在だという。契約者には役目があり、そしてまた試練もある」

 旅人は手を胸の高さまで持ってきて手のひらを上に、平らにすると、そこに青色のマナを発現させた。

 それは契約者になる前のフェンにはなく、また未知のものだったが、今では光の陣の意味さえおぼろ気ながらにわかるようになっていた。

「私がお前を導けるかはわからないが、守ることならできる。旅の心構えを教えることもできるし、剣技や魔法もある程度教えてやることもできるだろう。だが」

 旅人はマナを陣の形に変え、フェンにそれを渡した。

 フェンの手のひらの上でその陣は黄金のマナと混ざりあっていった。

「契約者には引導者の守りから抜け出して試練を受けなければならないときが必ず来る。その時、お前は、何か大切なものを失くすことになるかもしれない。それはお前の両親であり、親友であるだろう。それでも、この世界で契約者として生きる覚悟があるのか?」

 フェンはたじろいだ。

 旅人の言葉には、そんなことあるわけがないと思うことさえ許さないリアリティがあった。

 フェンは旅人の言葉を一生懸命考えた。

 試練、ならばきっと乗り越えることのできるものだ。

 それに、フェンのシアンを追いかけなければという想いは断定的なものになっていた。

 シアンはフェンに契約者になることを望んでいた。

 それは、契約者としてやってもらいたいことがあったからに他ならないだろう。

 フェンはシアンのその期待に応えたかった。

 フェンは手のひらにある記憶を消す魔法を散らした。

 青と黄金の光が二人に降り注いだ。

「よろしくお願いします、私を弟子にしてください。あなたの旅を、私にください。」






 旅人が月光草を持って村人の目をひいてくれているうちにフェンは自分の家に戻った。

 ロッテの事は気になったが仕方ない。

 精霊との親交の途絶えた今、フェンの存在は異質だった。

 精霊の森はもう大丈夫と勘違いされて死者をいたずらに増やしてしまうかもしれない。

 また、精霊によって家族を亡くした人に逆恨みされるかもしれない。

 さらに旅人の話によると、珍しい姿をした人間を奴隷として売るために奴隷商人に付け狙われる可能性もあるということだった。

 なんにしても、フェンが一人で対処するには荷が重すぎていて、生きていくためだけならば精霊の森から出ないという選択肢しかなかった。

 けれどシアンを探しに森どころか村を出て行かなければならない。

 そのため、フェンは両親と祖父にだけ真実を伝えて村人の目を盗んで出ていくことにした。

 村人たちのことを信頼していないわけではない。

 ただ、フェンが村にいることで、その所在を明らかにしてしまうため、場合によっては村に多大な迷惑がかかる可能性があった。

 村を半壊させるような試練だけはどうしても避けたかったため、フェンは早々に村を後にすることにしたのだ。

 家の裏の窓から家に入ったフェンは、夕方になって居間に集まった家族のもとへと歩を進めた。

「お母さん……」

 外に出ていたはずの娘が自室から出てきたというだけでなく、奇妙な姿になって帰ってきたということに気づいて、フェンの母親は絶句した。

「フェン!?どうしたの、そんな姿で!」

「ちゃんと説明するから……カーテンしめてほしいな。できるだけ見られたくないの」

 フェンが少し疲れたようにそう言うと、母親はフェンをいたわるように抱きしめた。

 そして一人で居間に行き、フェンの父親と祖父に事情を説明してカーテンを閉めてからフェンを呼んだ。

 キッチンの方から現れたフェンの姿に、父親と祖父もまた息を呑んだ。

「フェン、その姿は……」

 祖父が驚いてそう聞くと、フェンは精霊の森であったことをかいつまんで説明した。

 3人は信じられない、という表情で聞いたが、それが事実であることはフェンの容姿が語っていた。

「そんな、どうしてそんなに突然……」

 父親が信じられない、というように呟いた。

 すると母親が信じられないようなことを言った。

「私はわかっていたわ。お母様がフェンに何を望んでいたのか、なんとなくだけれど」

 祖父もそれに同意するようにうなずく。

「僕はお義母さまには避けられていたようだからね」

 一人未だに状況を受け入れられない父親が困ったように苦笑した。

「けれどフェン、これからどうするつもりなんだ?」

「旅人さんの弟子になって、外の世界でも生きていけるように強くなるつもりだよ。そのために、お婆様の家を少し借りる」

「今すぐにはいかないのね?」

 母親が聞いたが、フェンは首を横に振って否定した。

「ごめんなさい。私はこの村を捨てるつもりで行くよ。大切だから、間違っても失くしたくないの。ごめんなさい。でも、でもきっと帰ってくるよ。やること全部終わらせて必ず帰ってくるから……!」

「フェン」

 両親はまだフェンが旅立つことを渋っていたが、それまで口をきかなかった祖父が突然フェンを呼んだ。

 祖父の声はとても重く、フェンは自然と背筋が伸びる思いを味わった。

「お前はこれからとてつもなく厳しいお役目を果たさなくてはならなくなる。精霊が森を出ることを拒否したことで外の世界は女神の守りが薄くなっているんだ。それを、お前は独りで全ての罪を赦し、断罪し、浄化する役目を果たさなくてはならない。それが、森を出る契約者の宿命だ。今すぐこの村を出ることは、おそらく最善の道だろう。しかし、お前は苦労を知るぞ。絶望や裏切りも知ることになるだろう。だが、お前には契約者としての使命がある。それを全うしなさい。どんなときでも己を保ち、強く生きなさい。そこに安息はないかもしれない。それでも、まだ知らぬ道の先を目指して戦いなさい。いいね?」

 祖父の目には厳しさがあった。

 そこに孫に対する感情はなかったが、師として、子供が強く育つようにしなければ、というような使命のようなものがあった。

「はい」

 フェンは鋭く返事をすると、深々と頭を下げた。

 フェンの祖父はそれを見ると、ふっと表情を柔らかくし、自分の孫を抱きしめた。

「今日できっと、お別れだ、フェン。最後に、お前の立派な姿を見ることができて、うれしいよ……」

「おじいちゃん……」

 フェンは祖父を抱きしめ返しながら涙があふれるのを止められなかった。

 本当はここを離れたくなかった。

 フェンはまだ、12歳の少女だったのだから。






 結局、両親を完全に納得させることはできなかった。

 きっと、二人にとっては早すぎる別れに見えたからだろう。

 しかもその道の先は苦難が待ち受けているとわかるもので、また誰の助言も通しはしないたった一つしか存在しない異質なものだったからだ。

 それでもフェンは両親に別れを告げることができた。

 フェンは、シアンを見つけその道を歩ききったその時には、必ず帰ろうと決意した。

 それが、せめて送り出してくれた両親と祖父に対して唯一できる恩返しだと思ったからだった。

「来たな、フェン」

 森のそばには既に旅人が佇んでいた。

「ロッテは?」

「無事だ。フェンが持ってきた月光草は置いてきたから、もしまた同じ瘴気に触れて呪われた人が現れても何人かまでは大丈夫だろう」

 旅人の言葉にフェンはほっと息をついた。

 親友にまで何も言わずに消えてしまうことは少し心苦しく思ったものの、それでも一番大好きだったシアンのためと、万が一にも失くさないためだと思えばなんとかなだめられた。

「さあ、これから修行を始めるぞ。来年には北の渓谷の化け物を倒せるくらいにしてやる。まずは、この森のフェンの祖母の領域をフェン自身の領域に塗り替える魔法から始めるぞ」

「はい!師匠」

 フェンはネフェアから渡された棍一つだけを手に旅人と共に再び精霊の森に入っていった。

cxen-精霊-

シエン。神の代理の意。

精霊の名前には必ずシエンが入る。

ネフェアの名前にあるシエンクロウのうち、クロウは役職名。

クロウについてはまた機会があったときに。

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