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それ以来―――

 俺と翔子、赤城の三人は、『理科講義室』の扉を開けて中に入る。

 その教室には、クラス教室と同じように40の椅子と机が大きな黒板に向かって長方形に並べられている。クラス教室にはない、教室の何所からでも見られるような大型テレビと、壁のあちこちに、授業での実験の内容をまとめたようなプリントが所狭しと飾られていた。

 「おぉー、これが部室かぁー!」

 俺は声をあげて感嘆する。

 教壇に置かれたアルマジロの標本を見つけたので、興味津々に指でツンツンつついてみる。

 「あんまりべたべた触らないでね。今日から全部あたしの所有物だから」

 理科講義室が『翔子の所有物』に転職した。

 ちなみに翔子がこの教室に入ったのは今日が初めてである。

 「発想がトビすぎててイミ分かんねぇ······」

 赤城は呆れを通り越して少し感心しながら、俺たちの部室を嬉しそうに見回す。


 変態先生に俺たちの創部の件を一任してからの次の月曜日、早速俺たちに部室が出来た。

 先生が理科の教師だったので、この教室が簡単に使用できるようになったのだという。

 「さぁ、これでいつでもイチャイチャ出来るわね! 私のお嫁ちゅわぁん~~~~!!」

 変人教師が目をハートにしながら迫ってくる。

 「嫌ですぅ~~~~!!!」

 俺は赤城の後ろに隠れてどうにかしようとする。

 例の如く顔を赤らめられるが無視をする。俺は着物を着せられているので動きづらいのだ。

 「お嫁ちゅわぁ~~ん!!」

 「来るな!! 来るなよ!!!」

 俺の必死の叫びも変態には届かない。

 「にひひひひぃ――――あんなことやこんなことを一年中しまくろうねぇ。私の可愛いお嫁ちゃん❤ ぐふふふふふぅ………」

 俺が胸の前で十字をきりだした時、タイミングを見計らったように校内放送が流れた。


 『ピンポンパンポーン―――えぇ~、宮田みやた、宮田 亜美あみ先生。教頭先生が呼んでおられます。すぐに職員室まで来てください。以上!!―――ピンポンパンポーン』


 無駄なアニメ声(女の声で、毎週日曜の朝にやっている女の子向けのアニメの中で黄色でもやっていそうな声)で、そう放送部員と思われる誰かが言った。

 あの『以上!!』は何だったのだろうか? もの凄く気になるが考えないことにする。

 それよりも屑教師だ!! ――――――って、あれ?

 「ちっ!! もうちょっとで既成事実を作れたのに………」

 そう危ない発言をし、人としてどうかと思う教師は教室からちゃっちゃと出て行った。


 「―――アノ教師は『宮田』ってイうのか……コモンだし一応オボえとくか」

 赤城はそう言って、俺から凄い速度で離れてから「ホッ」と息をつく。


 赤城は俺の事が嫌いなのか?


 目に溜まる涙を抑えつつ、俺は努めて平静を装って翔子に話しかける。

 「部室はできたわけだけ、ど……ずずっ…俺たちはぁ……その………ひっく……どうす、どうする……んだ? …………うっ、うぅ……!」

 俺はついに泣き出した。

 俺は何かと涙もろい。感動ものの映画なんかでも、開始10分でこれから主人公たちに降りかかかる災難を想像して泣いてしまうし、ホラーゲームでも、恐怖に耐えかねてオープニングでプレイを断念する。

 俺は女より女っぽい………じゃなくて、『ガラスのハート』と呼んでくれ!

 俺が情けなくも「しくしく」泣いていると、翔子が笑顔で優しく声をかけてくれる。

 「サイ、大丈夫? ―――ほら、あたしはあんたの笑った顔の方が好きだから……その…笑って?」

 ぎこちなくも俺を励ましてくれる翔子。この時初めてあなたを女神と思えました!! ホント!

 「ありがとう……くっ…(にかっ!)」

 俺は翔子にぎこちない笑顔を返す。

 翔子は満足げに三回ほど首を縦に振ると、それまで見せていた笑顔は何処かに消え去り、代わりに全くの無表情が現れた。その目に光は宿っていない。そのまま顔だけをグルッと回して赤城を睨みつけるとこう一言。


 「死ね」


 赤城の顔の筋肉が引きって変な笑みが生まれる。明らかに恐怖の笑顔だ。

 俺は角度的によく見えないが、きっと翔子の顔は恐ろしいのだろう。赤城は冷や汗をかきまくりながら目を泳がせている。

 「あれ、聞こえなかったぁ? 死ねって言ったんだけど」

 翔子は淡々とした口調で赤城を死に追い込もうとする。

 「い、イヤ、あの、その……スイマセンデシタ!!! オレは祀木ダイスキです!! キンチョーして離れました!! スミマセンでしたぁ!!!」

 腰から綺麗に90度曲げて謝罪する赤城。若干涙目だ。

 俺はこれで良かった? のだが、翔子はそうでないようで、

 「だ・か・らぁ、死ねって言ってんの。聞こえなかったら耳を切断してやるから今すぐ死んでこい」

 と冷たく言い放つ。全く冗談では無いらしいところがまた怖い。

 赤城は頭を下げたままじっと動かない。冷や汗が顎からダラダラと垂れて、目が洗濯機のようにグルグルと回転していた。必死に解決策を探しているようだがこの様子では無理だろう。

 「はい死ぃね、死ぃね、死ぃね、死ぃね、死ぃ――――――」

 翔子が抑揚のない声で赤城を殺しにかかる。

 俺は助け船を出してやりたいが、あわあわとするばかりで動けない。こんな時に言っていい言葉が思いつかなかった。それでも必死に頭を回す。

 んぅんとぉ、えっとぉ…………………………………そうだ!!


「逃げよう」


 俺は鞄を持ってスタスタと廊下へ出る。

 「ヘ? チョ、助けてくれ!! 祀木ィ!!!」

 赤城が震える声で何かを喋っているが俺は知らない、存知ぞんじない。

 「これで、いいんだよな?」

 俺はそのまま廊下を爆走した。

 後ろで男の断末魔が聞こえた気がしたが、それは何かの幻聴だろう。そうだ、そうに違いない!

 俺は半泣きのまま、逃げる去るようにして学校を後にした。


 「祀木………タス、け…(がくっ)」

 それ以来、赤城を見たものは誰一人としていない……………(嘘)。

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