sideA‐4
※4月7日、加筆修正。
本日中に最新話投稿予定。
その日は、当然のごとく授業は早くに終了し、私たち二人は岐路についていた。
私は別に彼女に声をかけたわけではないのだが、愛美ちゃんは私についてきてた。
そして私がそのことに気づいて振り向いたとき、彼女が私が何か言う前に
「家、同じ方向なので」
と言われた。なんだかその有無を言わせない言い方が怖い。
……ああ、そういえば授業の時、自己紹介で
「黒沢恵美です。特技はピアノ。好きな色は黒、好きな場所は静かな場所です。
―――あと、隣に座っているのが、私の姉です」
なんて爆弾発言されたときはどうするかと思っちゃったね。
教室なんかざわざわしてたし……。
まあ、そりゃあそうだよね。名字違うのにお姉ちゃんとか言ったら、何かあるんじゃないかって誰でも思う。私でもきっとそう思う。
その件に関してはあとで自分で
「えと……さっき愛美ちゃんが私がお姉ちゃんみたいなことを言ってましたが、えー……これには、深い事情がありまして……すみませんが、そのことについては話せません」
とか言って、なんとかごまかしたけどね。
それから、学級役員決めるときに、
「私と一緒に何かやる?」
と聞いたら
「なるべく目立たないものでいいです。あまり恥はかきたくない……」
と、最後の方は何やらぼそぼそと話していた。
どうやらトラウマがあるようで、それ以降そのことについてはなにも話さなかった。
ちなみに学級長をやることになったのは岡本真理という、天真爛漫で活発そうな子が就任した。
ちなみに彼女は、愛美ちゃんとはまた異なる部類の眼鏡っ娘だった。
―――と、ふと愛美ちゃんが歩みを止めた。
「……どうしたの?」
「あの……せっかくなので、この後もし暇なのでしたら、私の家に来てくださいませんか?」
「あ、うん。いいよ、もちろん」
特別断るような理由もないので、私はすぐさまその誘いに乗った。
「―――よかった」
ふう。と、彼女は静かにため息をついた。
「でも、いきなり上がっちゃって大丈夫?ご家族の方は―――」
「いませんよ」
「―――え?」
「いませんよ。家には私、一人だけです」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
なんだろう……今彼女からものすごく黒いオーラを感じたような気が……
「では、行きましょう」
そういうと、彼女はすたすたと歩き始めた。
なかなかに込み入った道もあり、すぐに覚えるのは難しそうだった。
ただし、目印になる公園を起点にすると私の家からとほぼ同じ距離だった。
彼女の家は、それなりに立派であった。
結構家はお金持ちなのだろう。
「案内します」
そういわれ、彼女の後を追った。途中で同じような形の部屋の前を何度かすれ違った。
そしてたどり着いたのは、一つの部屋。
そこが、彼女の部屋らしかった。
個人の部屋としては少し広い他にはあまり差は見当たらない。
それにしても彼女の部屋にはものが少ない。
目に付きそうな場所で、なにか彼女の生活に関連すると思われるものは一切見当たらなかった。
几帳面な性格なのだろう。
その部屋にはもう一つ扉があり、隣の部屋にはグランドピアノが置かれていた。
しかしその部屋にはそれしかなく、何とも殺風景だった。
「お茶を用意しますので、少々お待ちください」
そういわれた私は、おもむろにピアノの前に座った。
そして曲を演奏した。
私が聴いてきた曲の中で、もっとも美しく、そしてもっともかわいらしい曲を。
フォーレの『組曲・ドリー』より、『子守歌』。
夢中になって弾き終わると、いつの間にか戸口に、紅茶一式を持った愛美ちゃんが立っていた。
心なしか手が震えている。
かたかた、かたかたとコーヒーカップが音を立てる。
「私も一緒に弾かせてよ、お姉ちゃん」
心なしか、声が震えている。
「喜んで」
私は満面の笑みで返した。
私の横に座ると、彼女は言った。
「テンポは遅め。ゆっくりと、流れるように」
そういうと、静かに鍵盤に指を置き、目を閉じた。
なんの合図もなく、私は弾き始めた。
彼女は、元から計算していたかのように、ずれることなく弾き始めた。
彼女の指使いは繊細だった。
壊れ物を扱うように、静かに指を動かしていた。
しかしそれでいて弱々しい音ではない。
一音一音、きちんと響いている。
正直、惚れ惚れするような演奏だった。
ふと顔を見ると、彼女はまだ目をつむったままである。
つまり、彼女はもう指の位置をすっかり把握してしまっているのだ。
彼女は自己紹介の時、「特技はピアノ」と話していた。
正直、“特技”などというレベルではない。
彼女は、間違いなく天才的なピアニストだ。
……しかし不思議なことに、彼女がピアニストとして活動しているという情報は聞いたことがない。
もし本当にピアニストをしているのなら、クラスの噂になっても遜色ない能力だ。
しかし今日のクラスでは、彼女に関して知っていると思しき人はほとんどいなかった。
むしろ、クラスでは目立たない部類である。
一体……
彼女は、何者なのだろうか―――
今度は彼女が演奏する番だった。
どうやらバッハが好きらしく、熱心に弾いていた。
それから、自作の曲を即興で弾いていた。
静かで、穏やかな曲だった。
昼下がりの太陽に照らされながら紅茶をすすり、そうして穏やかな曲を聴いているうちに、私は知らぬ間に眠りの世界へと引き込まれていった……
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