sideA‐2
「愛美ちゃんって、黒がとても似合うよね」
「―――!?」
予想だにしない言葉に、私は動揺を隠せない。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「黒が似合う女の子って、素敵だと思うな」
そういって、笑いかけて見せたのだ。
わたしはその笑顔を見、無意識に昨日の夢の人物を重ね合わせていた。
確かに髪の色は黒く、彼女ほどの神々しさは感じられない。
ただし、この笑み、この話し方はあの人物のものに間違いない。
彼女こそが、あの夢に登場した“彼女”なのか―――
……いや、この際この話は後にしてもいい。
正直に言うと、私は激しく動揺している。
言うまでもなく、彼女からの先制攻撃に圧倒されてしまったのだから。
穏やかそうな表情で、顔立ちも少し幼さが残る、どちらかと言えば綺麗なといった部類であり、また、最初の会話での受け答えからすっかり警戒心を怠っていたのだろう。不覚である。
見た目に騙されてはいけないということは、散々教わっていたはずなのに……
このまま、やられっぱなしではいたくない。
仮面をはがされてしまった以上、こちらから遠慮する必要もない。
握手の瞬間、そんなことを一人考え、ほくそ笑んでいた。
「愛美“ちゃん”は、去年は違うクラスだったよね。見かけた覚えないし」
ああ、私がちゃん付けで呼ばれるのはもう決定事項なのですね。最初から気になっていたのですが。
幼馴染でもないのに愛美“ちゃん”などと呼ばれると、なんだかむず痒くてたまりません。
なんだか子ども扱いされているようで、不服でなりませんね。
確かに体格的にレイコさんとの間には差があります。
座っている時点でも頭半分ほど背丈が違いますし、それから胸囲も……
……いえ、私がみじめになるだけですね、やめましょう。
「そうですね。あなたみたいな人がいたら……たぶん私は一生忘れないと思いますね」
これは本音である。それはさっきの仕打ちに対する皮肉でもあったのだが、
「そ、それはおおげさじゃない?」
少しばかり頬が紅い。どうやら正しく伝わっていないようだ。残念。
それにしても今の言葉のどこに頬を赤らめる要素があったのだろう……謎である。
「そうでしょうか」
「でも私も、愛美ちゃんみたいな魅力的なかわいい子がいたら絶対に忘れない自信はあるなぁ~」
「……」
はぁ、またこれですか。
私はどうやら、厄介な人に目を付けられてしまったようです。
「それにしても……そのしゃべり方、どうもよそよそしいね」
現に、そうしてますから。
私はあまり他人に踏み込まれてこられるのが嫌いだ。
そっけない態度も、堅苦しい言葉も、全部他人とある一定の距離を保つための防御策なのである。
……まあ、彼女は私の気になる人物であるので別格だが。
「昔からこのようにしつけられていますので、癖でどうしても出てしまうのです」
「でもこれじゃあ、友達同士の会話じゃあないよね……どうにかできないかな?」
彼女はまた、私の中の一線を踏み越えようとしている。
正直、うんざりだという気持ちがあるが、一方でそれでもいいじゃないかという声もある。
……ああ、そうか。
私は彼女を友人とはみなしていない。
ここまで馴れ馴れしい口調はまぎれもなく、姉のものであった。
そう、私は彼女を私の姉に重ねてみているのだ。
そんな中、ある案がひらめいた。
「そうですね……じゃあ、レイコさんをお姉ちゃんと呼ばせてください」
「――へ!?え、えと…」
「私が普通の話し方で話すことができる唯一の相手がお姉ちゃんだったので。これからはお姉ちゃんと呼ばせていただきます」
「え、えぇ?!」
どうやら彼女……いや、お姉ちゃんには相当なショックだったらしい。とりあえずさっきの反撃はできたわけか……もう少し遊んでみよう。
「どうしたの?そんなに慌てちゃって。お姉ちゃんのことをお姉ちゃんというのは当然でしょ?レイお姉ちゃん?」
「れ、レイお姉ちゃん!?」
「それにさっきから顔が赤いよ?熱でもあるの?」
と言って額に手を当てる。
「ひゃ!?」
「あ、ごめんねお姉ちゃん。私の手、冷たいから」
そうして今度は目を閉じ、額どうしをくっつけ―――
―――られなかった。
私は、レイお姉ちゃんにしっかりと抱きしめられていた。
「ごめん、つい抱きしめちゃった」
悪びれもなく彼女……いやお姉ちゃんはそう言った。
「私、昔から妹が欲しいと思ってたんだ。自分がかわいがってあげられるような、ね?愛美ちゃんは、最初見た時から……なんだか、ほっとけなくて。私の昔からの悪い癖なんだけどね。なんだか守ってあげたくなる。
―――だからいいよ。お姉ちゃんって呼んでも、いいよ。頼りたいときは、いつでも頼っていいよ。なにしろ、私は愛美のお姉ちゃんなんだから……」
「……」
どうしよう、遊び半分で言っていたはずなのに本気になってしまった。
でも……それでいいなら、私もそうしよう。その方がいいように思えた。
「わかった、困ったときは助けてね。私の友達……じゃなくて、お姉ちゃん」
こうして、私と彼女の間に一つの約束ができた。