sideA‐1
本日中に編集予定。
「えーと……小島玲衣子…小島玲衣子……あった」
始業式も無事終わり、新しい教室へと移動した。
私の席はどうやら、一番後ろの席であった。
……まあ、私は背は高い方なので不満はないが。
それにしても、来るのが早すぎたのだろうか。まだ教室に人はなく、静まりかえっている。
なんとなくそわそわして落ち着かない。
私はあたりを見て、だれもいないことを確認し、ある一冊のノートを取り出した。
それは、私の日記帳である。
日記をつけるのは、小学生のころからの私の日課であり、趣味である。
しかし、私の日記は普通一般のそれとは異なっていた。
普通ならば、一日の出来事を記すものである。しかし私は、夢の中の出来事をこの日記帳に記していた。
夢をはっきりと認識できるようになったのはいつからか覚えていない。
ここ最近はやけに頻繁に見ている気がするのは確かだ。
実は私はこの日記に夢の内容を記しているのはもう一つの理由がある。
それは、この内容をもとに小説を書いてみようと考えているからだ。
私は昔から本を読むのが好きだった。ファンタジーものはとくに好んで読んでいた。私の夢の内容は、その影響があるのかもしれない。
それくらいには、好きだった。
こうしてこそこそとしているのも、この夢見がちな、自分の少々厄介な性癖を隠したいと思うためである。
今はやりの“中二病”ではないが、そんな感じのイタイ子には見られたくはない。
私が眺めていたのは、言うまでもなく今朝の夢の出来事である。
あのとき私の隣にいたあの子……
あの子が、気になって仕方がなかったのだ。
と、開け放った扉から、足音が近づいてくる。
一度止まったかと思うとまた近づき、その足音は私の隣に来て止まった。
もう少し見ておきたかったが、仕方ない。私はやむなくその日記帳を閉じ、隣の子の顔を確かめ――――
「―――えっ?」
驚愕した。
その顔は、まぎれもなく今朝の夢に出てきた彼女である。
凛とした顔立ち、銀縁の眼鏡、漆黒に濡れる髪……
そして彼女の来ているブレザーの黒が、何とも言えない一体感を醸し出していた。
私が変な声を上げてしまったからなのだろう。
彼女は私の方を向いた。
「……何か?」
彼女の声は、やや低めで澄んでいる。
「あ、ごめんね?気にしないで」
そう答えると、彼女はちらと視線を移した。
「それは?」
「え?ああ、これ?これは……大したものじゃないよ」
適当にはぐらかし、そそくさとしまった。もしや、見られてしまったのか……
「名前を」
「へ?」
「名前を、お聞きしても?」
淡々と、感情のない声だった。
その無機質さに戸惑いながらも、素直に答えた。
「ああ……名前ね。小島玲衣子。あ、下の名前の『レイ』は漢字二文字ね。あなたは?」
すると彼女は私に向き直り、すこしばかり頭を下げた。
「初めまして。黒沢愛美と申します。今後ともよろしくお願いします」
恭しい挨拶だった。
その一連の動作は、機械的で、没個性的で……なにかつくられたもののように感じていた。
私はどうにかして彼女の本質を見たいと思った。
だから大胆にも、こんな言葉をかけてみたのだった。
「愛美ちゃんって、黒がとても似合うよね」
「―――!?」
はっとしてあげた顔は、さっきまでとはうって変わっていた。
その瞳には、確かに感情を読み取ることができる。―――しめた!
「黒が似合う女の子って、素敵だと思うな」
そういって、微笑みかけてみた。
彼女は面食らった様子で、動揺したように目を泳がせていた。
そして、ぶつぶつと何かつぶやいてから目を伏せ、小さ目の声で
「ありがとう……ございます」
と答えた。
そんな一部始終を見終わった後、私はおもむろに手を差し出した。
「これから、よろしくね?」
彼女……愛美ちゃんは少しばかりためらっていたが、
「はい、よろこんで」
その表情には、かすかに笑みが浮かんでいるように見えた。