やさぐれサンタの苦労とプレゼント
「クリスマス、か」
頬杖をついて、俺は誰に言うでもなく呟いた。それと共に、大きなため息が自然に口から出てしまう。
「何が聖夜だ、アホか。こっちは仕事だっつうの」
そんな俺が乗っているのは、雪国で昔から使われているソリ。そして赤い服に身を包み、背後には巨大な袋が置いてある。
俺の職業はサンタクロース。こう言っては何だが、夜な夜な不法侵入しては勝手にプレゼントを押し付けていくという変質者だ。悲しいかな、これが俺の仕事。もっとも、普段は学生をしているのだが。
「若、これも代々やってきた伝統ある家業ですんで、何とかこらえてくだせぇ」
背後からトナカイであるナカイの声が聞こえてきた。俺はそっちへ振り返り、ヤツを睨み付ける。そこには頭に二本の角を生やし、サングラスをかけたおっさんがいるのだが、どう見てもトナカイのコスプレをさせられている可愛そうな中年、といった容貌だ。しかしながら、れっきとしたトナカイである。
「だからその若ってのヤメロっていつも言ってんだろ、ヤクザみたいじゃねえか」
「へ、へぇ、すいやせん、若」
ナカイは俺を若というのを決して止めようとしない。いつものことなので慣れてはいるが、出来ればこういう変な呼び方はやめてほしい。何しろうちはサンタをやってる以外はいたって普通の中流家庭なのだから。
またやってしまったという顔をしていたナカイは、かけているサングラスを指でくい、っと上げながら続けて言った。
「それより若、そろそろ出発の時間ですぜ」
「はぁ……行くか」
ああ、憂鬱な時間がやってきた。なんたってこんなお祭りムードな日に徹夜でプレゼント運びをしなきゃいけないんだ。だいたい俺はまだ学生だぞ、あげる方じゃなくて貰う方だろうが。そう考えつつも、嫌々頷いた。
ナカイはハーネスにソリを引くためのラインを固定する。そして、二本の足をふんばり、ゆっくりと走り出す。
俺は日本上空をひっそりと飛んでいる。かなりの高度ではあるが、ソリに備わっているメルヘンチックな不思議パワーで寒くはない。とはいえ、俺の心は氷河期どころか全球凍結しそうな勢いだ。
心底つまらない。名前も知らない他人のガキにプレゼントを渡して何が楽しいんだろうか……いや、つまらないからこそ仕事なのかもしれない。俺はまだ10台半ばという若年でそんな悟りを開いてしまった。
満天の星空を眺めながら、俺はナカイにふとした閃きを口にしてみた。
「なぁ、このままさ――某国に爆撃でもプレゼントしにいかね?」
「ちょ、ちょっ、若っ! そんなことしたら各国のサンタ協会にメルヘンなミサイルで集中攻撃されますぜ! やめてくだせえっ!」
俺の冗談に大慌てで釘をさしてくるナカイ。いくら何でも本当にするわけがないというのに、ジョークの分からないヤツだ。
「わかってるわかってる、冗談だって」
「怖い嘘はやめてください若、寿命が縮んじまいましたぜ」
「その代わりに――自分のプレゼントを袋から失敬するか」
「か、勘弁してくだせえ! そんなことしたら協会に総攻撃され――」
またしても慌て始めるナカイに、「わかったわかった」とため息をつきながら、うんざりとした口調で自分にプレゼントなんて違反はしないことを伝えた。
というのも、サンタにはいくつかルールがある。
まず、自分で自分にプレゼントしないこと。
次に、それぞれ決められた地域以外にプレゼントしないこと。
最後に、25日に全ての家にプレゼントをきちんと届けること。また、その際にはサンタを信じてくれている者に限定。
と、こんなところだ。これの他には暗黙の了解として姿を一般の人に見られないことなどがあるが、明確にルールで禁止されているわけではない。
「若、間もなく24時、つまりは――戦いの時間でさぁ!」
俺の担当地域、というか住んでいる町の上空で停止する。と、ナカイがこっちへ振り返り、拳を握り締めて気合を入れた。
ナカイはサングラスのつるにあるボタンを押す。これはサンタを信じている者を発見できるレーダーを兼ねている優れものである。おまけに今一番欲しがってる物品まで調べてくれる便利なサンタグッズだ。ちなみに、このデータは俺の携帯と同期しており、こちらでも確認できるようになっている。
「んじゃ、一番近い所からしらみつぶしで行くぞ。一件目――えーなになに『最近発売されたラブドールのハルカちゃんが欲しい。30歳無職、男の子』……っておい! 何欲しがってんだよ30歳! おかしいだろ! どうせなら彼女欲しがれ!」
「若……そういう問題なんですかい?」
「すまん、一発目から衝撃的すぎて、つい」
まぁ、レーダーにヒットしてしまった以上は仕方がない。プレゼントを届けに行かなくちゃ俺の仕事は終わらないのだ。
「うっし、行くぞナカイ! 鈴を鳴らせぇ!」
「へい!」
いけない、ナカイの変なキャラ作りがうつってしまった。俺がそんな事を考えている間にも、ソリはしゃんしゃんと音を鳴らしながら空を滑り始めていた。
「オラオラオラァッ! 関東三田組のお通りだァッ!」
「おいこら、苗字の前後に変なのつけんな!」
あまり考えたくない話だが、三田と書いてサンタと読む。普通ミタだろうと思うのだが、なぜかサンタだ。もっとも、苗字がサンタだからこそ、シャレでサンタ協会から勧誘がきたらしい。
それより、昨日ヤクザ物の映画を親父とナカイの二人で熱心に見ていたのだが、コイツは元々そっち系の仕事でもやってたんじゃないかという口調に拍車がかかっている。いや、そもそもトナカイの世界にも極道ってあるのか?
ソリは凄まじい速度で空を駆け、目的地に瞬時に到着する。でなければ朝までにプレゼントを配り終えることなんて出来ない。俺の住む町ならともかく、大都市を担当するサンタは凄まじいことになってしまう。
「はい一件目、ラブドールお届けーっと」
普通にラッピングされた人形を届けるのはシャクなので、ロープで首をくくって部屋につるしておいてやった。
「二件目いくぞー」
俺はどう聞いてもやる気がないと思われそうな声でそう告げ、携帯を確認する。
「なになに『金持ちで頭が良くてイケメンな彼氏が欲しい。28歳会社員女の子』と、なるほどなるほど。自分で何とかしろよそんなこと! だいたい女の子って年齢じゃねえだろが!」
「若、さっきは彼女欲しがれって――」
「うっさい!」
ナカイの台詞を遮り一喝。仕方がないじゃないか、ツッコミどころしかないお願いばっかり出てくるんだから。
「もう何か疲れてきた。サーっと届けてチャチャーっと行こうぜ……」
俺の言葉に目の前の男――いや、正しくはオスか――に声をかけ、いざ出発。
OLさんにはお願い通りの物をきんと届けた。ただし、金持ちで頭が良くてイケメンだけど、透けていて足がない。ぶっちゃければ幽霊を送っておいた。もちろん人に危害を加えないのを厳選。きっと喜んでくれるだろう。
「次いくぞー……」
もはや俺は完全にやる気がない。だってそうだろう、クラスの中で彼氏彼女のいないヤツらで集まってクリスマスイヴにパーティしようぜ! なんていう羨ましい企画が計画されていたのだから。
プレゼントを25日に配るのだから参加できるかと思いきや、出来ない。実際にプレゼントを届けて回るのは25日だが、その前日は準備でとてつもなく忙しい。となるとパーティに参加するような時間なんてものは当然無い。
つまるところ、俺は友人達がパーティで楽しんでいるかもしれない間、オストナカイのケツを眺めながら空を駆けずり回らなければいけない、ってことだ。
ああ、俺の好きな子もパーティに参加してるというのに……。
あらかたプレゼントを配り終え、残すは一件。完全に尽きた気力を振り絞り、携帯を見る。そこに書いてあったのは、
『好きな人に会いたい。16歳学生女の子』
という文字だった。何とも羨ましいことですねーっとうんざりとしながらそれを眺めた。俺だって会いたいよちくしょう、サンタなんて信じやがってアホかメルヘン女がと心の中で毒づいた。
ナカイも随分と疲労しているのか、とくに言葉も無く出発。
そして即到着。もはやワープに近い。
「あれ、ここって」
目に入ってきたのは、紺色の屋根にベージュ色の壁、広めの庭にはもこもことした毛並みの犬。一般的な二階建ての家だ。この家はいつも学校に行く途中に前を通り、よく目にしている。それも、いつもどきどきしながら前を通る家であり、言ってしまえば俺の大好きな女の子が住んでいる。
「おい……おいおい」
レーダーが指し示す部屋に接近してみると、カーテンの隙間から見えた女の子は、やはりといえばやはりな人物だった。
「死にくされ……メルヒェン……ッ!」
がっくりとうな垂れながら、ソリを力いっぱい殴りつけた。力を入れすぎたせいで拳がびりびりと痛み、知りたくなかった現実というのも合わさって涙が出そうになった。恐らくは、俺が流す涙は家で何となく育てている唐辛子ちゃんよりも赤く、またそれよりも遥かに辛い味がすることだろう。
「ぐ……ううっ」
渋々袋の中に手を突っ込む。コレはターゲットとしてロックしたヤツの願った物が勝手に出てくる謎の大袋である。仕組みは協会のお偉いさんしか知らない。
が、どうにも手ごたえがおかしい。
いや、これは、
「何も入ってない、おかしいな。壊れたか? って、んなわけないか、整備に出したばっかりなんだし」
が、何度手を入れても何も出てこなかったため、壊れたと判断して予備の袋に手を突っ込む。でも、何かを掴んだ手ごたえはやっぱり無かった。
「おいおい、このまま配達終わらなかったら親父に怒られるぞ……」
うちの親父は怖い。特に仕事となると、普段ののんびりとした性格をどこにしまいこんだのか、家族だなどというのは関係無しに手抜きなどは絶対に許さない。当然、プレゼント配りに失敗したとなると朝まで正座させられて説教地獄だ。
「そういえば若、おやっさんで思い出したんですがね、若宛のプレゼントを預かってたのを忘れてやした」
俺が頭を抱え込んで唸っていると、背後からナカイの声がした。
「は? 今まで何もくれなかったくせに、一体何を――」
そう言う俺の言葉を待たずに、人間風トナカイは俺の首に何か布を巻きつけた。何だか、プレゼントをラッピングするときに使うリボンに似ている。
「昨日見た映画に、こんなのがありやした。今まで娘に何もしてやれなかった父親、しかしずっと愛しい一人娘に何かを送りたかった。そこで勇気を出してクリスマスプレゼントを送ることにしたんでさぁ。そして娘が惚れている男を簀巻きにして娘さんにプレゼントする、っていうヤツでしてね」
「お前、まさか……」
俺の言葉に、ナカイは口角を僅かにつりあげ、ふっと笑った。次いで、ゆっくりと俺、いいや、俺の背後を指差した。まさか、と思いながら恐る恐る振り返ってみる。
「……九朗くん?」
俺の名前は三田九朗。サンタクロウと読むが、職業を考えればダジャレとしか言いようが無い。これで九朗の後にスがついていたら、間違いなくグレていただろう。しかし、この名前はサンタ家業を日本で最初に始めたご先祖様と同じ名前であり、由緒正しい名前だそうだ。つけられた側としては全くもって迷惑はなはだしいが。
だが、俺の名前はさして問題ではない。問題なのは、大好きなあの子が、開け放たれた窓の向こう側に目を丸くしながら立っているという事だ。
しかし、おかしい。ソリには人の目にも科学的なレーダーにも絶対にうつらないステルス機能がついている。だとすれば、俺の姿を見ることなんて出来ないし、名前を呼ぶことなんて出来ないはずだ。まあ、俺のことを想って呟いた可能性はあるけど。
「若、言い忘れてたんですが、ついさっきステルス切っておきやした」
ですよね。
「そろそろ、気付いてるんでやしょう? こいつぁ、おやっさんとあっしからのちょっとしたプレゼントってことでさぁ。ああ、願いは正真正銘本物ってことは保証しますんで、安心してつかあさい」
「へ、あ、え?」
「つまり、若の想い人が起きること。プレゼントを届けるのを最後にすること。そして〆としてあっしがステルスを切るってことが、若へのプレゼントってことになりやすね」
パニックになっている俺に、ナカイは薄く笑いながら説明をしてくれた。
つまり俺の不毛なサンタ人生に、ついに春が訪れたらしい、ということなのか?
「あ、あの、九朗くん。その、なんで浮いてるの、っていうか……これって夢?」
後ろにいる彼女は、家の外にふわふわと漂うサンタっぽい格好の俺と、ソリと、とどめのトナカイコスプレのおっさんというありえない現実を夢だと想っているらしかった。そりゃそうだ、俺だって立場が同じだったら夢だと思う。
「ま、そんなもんですかねぇ。お嬢さん、これプレゼントですんで」
俺を持ち上げて部屋の中に入れると、ナカイは「じゃ、あっしはこれで」と去っていった。すぐにステルスをオンにしたらしく、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。
「ええと、その、こんばんは」
振り返り、彼女に何故か挨拶をしてしまった。正直こういう時どういう言葉を最初に言えば良いのか分からない。
「……えへ」
彼女は一瞬の沈黙の後、満面の笑みを浮かべて俺の傍までくると、頬を優しく撫でさすってくる。予想外の事態に瞬時に頭が真っ白になってしまう。
「えへへ、九朗くんだ」
次は、身体をぴったりと密着させるように抱きついてきた。おまけに頬ずりまでされているという天国状態。まさか、まだ夢だと思っているのか。
「ちょ、ちょっと、ちょっとまって。夢じゃない、コレユメジャナイヨ!」
きっと今鏡を見たら、俺の顔は真っ赤になっているだろう。それぐらいに心臓が早鐘をうっているし、顔が熱い。それに、女の子の部屋特有の甘い香りのせいで余計にどきどきしてきてしまう。
「夢じゃないのー? えぇー? なんでぇー」
「なんでって言われても、困るっていうか、何ていうか」
相変わらず彼女は、ぴったりとくっつけた身体を離そうとせず、夢を満喫しているようだ。
しかし、これはあれだ。
「メ、メルヘン……万歳!」
少し前に言った俺の言葉とは真逆になるが、とにかくこのときから、メルヘン思考否定派から一転、メルヘン肯定派となった。やっぱり、サンタがメルヘン嫌いとか言ってちゃいけないよな!
その後、何とか夢じゃないことを彼女に分かってもらい、理性が吹き飛ぶ寸前で身体を離すことが出来た。ちょっと、いや、血涙が出そうなほど残念だったが、それも彼女が赤い顔をしながら照れるという光景を見ることが出来たのだから良しとしようと思う。
そして、元々お互いに好きだったということが判明したのだから、付き合い始めるのに時間はかからなかった。
今だからこそ言える。俺は三田と書いてサンタと読む家に生まれて良かった。
何しろ、これからのクリスマスは、とっても楽しいモノになるんだから。
そう、彼女と一緒に、
「楽しいクリスマスを!」
満天の星空を眺めながら、クリスマスプレゼントを配る夜空のデートが出来るのだから。