晩 :後片付けから就寝(?)まで
西方大陸へと帰還した“彼”を見送った後、彼女は幾許か感傷に浸りつつも食堂へと引き返したのだった。
程なくしてコアトリア家の人々の夕餉も終わり、彼女は侍女達と共に夕餉の片付けを始めた。侍女達に順次指示を出して、卓に並んだ食器類を台車へと収めて行く。
その作業の途中で、ラティルに呼びかけられた気がしたのだが、“彼”が急に去ってしまったことに幾分悄然となっていた彼女は、その内容を聞き忘れてしまっていた。
食器類を厨房に運び終えた彼女等は、彼女の指示の下で二手に分かれた。
一つは当然、厨房に運び込まれた食器を洗って後始末を行う者達であり、もう一方は、屋敷にある各々の寝室を回って寝台を整える者達であった。メイは、他の侍女と共に厨房に残って食器の後片付けを進めていた。
そして、彼女の脳裏の片隅では、寝台を整える侍女達の動きを確認してもいた。
食器や調理具の洗浄が一段落した頃、彼女は後の片付けを残った侍女達に任せて厨房を後にする。廊下を進み、各部屋を回って、寝台がキチンと整えられているのかその目で確認して行く。
彼女自身、金属人の特殊能力である“魔法機械支配能力”を利用すれば、他の侍女達の視界を借りることは比較的容易なことだった。しかし、未だ自身の能力を完全に使いこなせていないこともあり、自身の能力を把握する意味も込めて自身の目と併せて確認することにしていた。
厨房を後にした彼女は、そこから順次屋敷の廊下を巡って各部屋の様子を確認して行く。玄関・食堂・応接間・研究室・書庫――彼女は屋敷の中の各所を巡り、それぞれの部屋が整理されているか、戸締りがしっかり行われているか、と言った事柄を確かめて行った。
当然ながら、各部屋の整理や戸締りに問題は見受けられず、彼女は満足して廊下を進んで行く。
そんな中で、彼女は厨房や屋敷の各部で仕事に就いていた侍女達の仕事が完了したことが感じられた。そこで、彼女は侍女達に自分達――侍女の部屋へ向かい、就寝することを自らの“能力”を用いて命じるのだった。
自室へと退去して行く侍女達の様子を自らの“能力”で感知しながら、彼女は各部屋の戸締りの確認を進めて行った。
やがて彼女は最後に、コアトリア家の人々の眠る寝室の辺りを回って行く。
既に就寝している方々もいるだろうこともあって、特に足音を立てぬ様に歩を進めながら廊下越しに各部屋の様子を確認して行く。ある者は早々に夢の中へと旅だっていたり、ある者は寝る前の幾許かの時を読書等に費やしていたり、或いは寝室に持ち込んだ酒で軽く寝酒を嗜んでいたりしていた。
そうして寝室を回っていた彼女は、不意に魔力の波動を感じた直後、彼女の意識は刈り取られることとなった。
† † †
目を開けた彼女の目前には、一糸纏わぬ“彼”が立っていた。
人間の身体に似せて造られたとは言え、人間の裸体と比すれば幾分異なる個所も見られる。それは造形美として見れば、優れた代物と呼んで差支えがないものだろう。だが、金属人の女性である彼女の目から見れば、それだけではない色気とも言うべき魅力を感じる姿に思えていた。
ともあれ、そんなことを思案していた彼女自身も、普段纏っている侍女服等を身に帯びぬ一糸纏わぬ姿となっていた。
若き日のセイシアを参考して造形されたと聞くその姿は、女性としての美しさを充分に備えているものと言えた。
互いに一糸纏わぬ姿のままで相対する二人は、当たり前の様にお互いを抱き締め合う。
魔法金属の身体と木製の身体が抱き合う中、その金属の冷たさと木質の仄かな温かさが、互いにとって心地好いものとして感じられた。
抱き合う二人は一頻り見詰め合った後、両者は互いの顔を近付け、その唇同士を触れ合わせる。微かに開いた唇の合間から、彼女の口の中へと何かが流れ込んで行く。
それは、彼女が望む幸福な一時……
† † †
その晩、部屋のすぐ外で何かが倒れる音を耳にしたラティルは、その身に敷布を巻き付けると慌てて部屋の扉へと駆け寄った。
同じく寝台から起き上がったレインと共に扉を開いた彼女が目にしたのは、幸せそうな面持ちで気絶しているメイの姿であった。
今晩は二人で閨を共にする旨を伝えていた筈であったが、そのことをメイ自身が聞きそびれたか忘れてしまっていたらしい。
昏倒したメイのことを察したティアスやセイシアと共に四人は、協力してこの家の侍女長――メイを彼女の寝床へと運び込んだのだった。それは、彼女の幸せそうな表情を目にした一同が、無理やり起こすことが忍びないと思ったからこその措置でもあった。
ともあれ、翌朝になって家人の人々に平謝りする彼女の姿があったのはご愛嬌と言うものだろう。
これにて本作「とある侍女の一日」は完結となります。ご覧頂きありがとうございました。