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夜 :夕食から見送りまで

 食膳を並べた台車を侍女に押させて、彼女は食堂へと運び込ませた。


 侍女の一人――ジュラを用いて事前に知らせに回らせていたこともあって、食堂には当主ティアスをはじめとした在宅中のコアトリア家の人々と客人である“彼”――ルアークの姿があった。食卓を囲む彼等の前に、侍女達と共に食膳を配膳して行く。



 当主たるティアス、当主夫人たるセイシア、その娘であるレイン、それに三人の子供達……彼等の前に魔法機械人形ドール・ヒューマノイドたる侍女達の作った夕餉が並べられ、“彼”――ルアーク=ヴァンゼールの前には彼女自身が午餐よりも気合を込めて調合した金属人メタル・ヒューマノイド用のスープが置かれた。


 そうして、彼等への配膳が一通り完了したことを確認した後、彼女は侍女達と共に部屋の隅へと下がり、そこで整列して控える。そんな彼女の動きを穏やかな視線で見守っていた“虹髪の賢者”は、彼女達が部屋の隅へと下がった所で、食前の祈りを朗々とした声で唱えた。その祈りの声に、彼の家族と客人が唱和して祈りの言葉を紡ぐ。



 食膳の祈りが唱え終わった直後、子供達の席より早速食事の際の微かに食器が打ち合う音が響いてくる。

 そんな子供達の姿を暫し眺めていた大人達も、優雅な手付きで食事を取り始める。


 一方で、そんなコアトリア家の面々に幾許か遅れて“彼”はその手に匙を取った。何故、幾許かの遅れが生じたかと言えば、金色に輝く光の粒が覗く白銀色の金属光沢を放つ液体(スープ)の美しさに見蕩れていたからであった。

 一頻りその美しさを愛でた“彼”は、徐ろにスープを一匙分掬い取り、自らの口へと運ぶ。そして、その味を深く味わう様に、“彼”は僅かに瞑目する。


 彼女は静かに部屋の隅で控えている様に見せながら、そんな“彼”の一挙手一投足を密かに凝視していた。それは、僅かに抱える不安がそうさせたのかも知れない。

 彼女が調合したこのスープは、気合の籠った自信作であるには違いない。しかし、材質区分の異なる存在(金属人)同士であるが故に、最後の味の調節を巧く出来たかの確信が持てずにいることもまた事実であったからだ。


 そんな不安を胸に秘めて見詰める彼女に向けて、“彼”は満面の笑みを浮かべてことばをかけた。


「メイさん、このスープ、とっても美味しいですよ」


「そうですか……それはよろしゅうございました……」


 “彼”の言葉に、彼女はそう言葉を返した。その口調は一見すると無感情な坦々としたものに聞こえるかも知れない。しかし、それは表層的な部分でしかない。


 彼女達――金属人メタル・ヒューマノイドの感情の発露は、むしろ自身が放つ魔力波動の変化によって如実に表現されるものであった。これら魔力波動の変化と言うものは、同じ魔法機械生命体(メタル・ビーイング)や、ある程度以上の魔法の心得を持つものでなければ感じ取れることは難しい代物ではある。

 だが、この場にいる者達は、全員が前述の条件を満たしている者ばかりだった。だからこそ、彼女の喜び様に気付いた彼等は、彼女の姿を見詰めて自らの顔を綻ばせたのだった。


 そうして夕餉の時間は幾分賑やかで楽しい雰囲気のまま過ぎて行った。



  *  *  *



 だが、そんな穏やかな時間は、不意に破られることとなった。


 それは屋敷の中に響く様にして広がった魔力の波動と鈴の如き音であった。


「「「…………!」」」


 その波動を感じ取ったコアトリア家の者達や“彼”は、それを発したであろう部屋の方へと首を向けた。

 その波動と音の源は、屋敷の一室より齎されていることを一同が知っていたからだ。


「……どなたからのものでしょうか……?」


 そう言って、席を立とうとするティアスへと視線を送った上で、彼女は波動の源となっている部屋へと向かったのだった。


 彼女が向かった部屋には、“遠話の大鏡”が設置されていた。そこは遠く離れた各地で暮らす当主――ティアスが自身の友人達と言葉を交わす為に用意した部屋であった。

 その部屋に置かれた魔法具が起動を報せて来たと言うことは、即ち当主の友人――或いは友人の家族――の誰かがコアトリア家へと連絡を求めていることを意味していた。



 やがて彼女は“遠話の大鏡”が設置された部屋に辿り着いた。


 部屋に入り、“大鏡”を正式に起動させた彼女の目に映ったのは、赤黒い重厚な装甲に覆われた巨漢の姿であった。


「……おい、誰か出てくれ……っと、メイか……!」


 西方大陸語(アティス語)で怒鳴っていた巨漢は、部屋に入って来た彼女の姿を目にして彼女へと声をかける。


「……ダルテン卿?……如何なさったのですか……?」



  *  †  *



 “大鏡”に映った巨漢の名は、ダルテン=ガリフトと言い、戦闘型に区分される剛鋼人メタル・ヒューマノイドである。

 “彼”――ルアークの父たるミゼル=ヴァンゼールの盟友の一人であり、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)達を取り纏めるヴァンゼール一門にあって、戦闘に関することで重鎮と呼んで良い立ち位置いる人物であった。



  *  †  *



 焦燥の色が窺える口調の巨漢へと問いかけた彼女は、剛鋼の巨漢は幾分気分を落ち着けた様子で返答の言葉を紡いだ。


「メイ……すまないが、ルアークを呼び出してくれ……!」


「ルアーク様を……ですか……?」


 落ち着いたとは言え、やはり緊迫した様子を窺わせるダルテンの姿に、メイは言い知れぬ不安を感じずにはおれなかった。しかし、彼女にはだからと言って、ルアークの取次を断ると言う選択はなかった。


 数瞬の逡巡の後、彼女は“鏡”に映る巨漢に向けて丁重に腰を折り、言葉を返した。


「承知致しました。少々お待ち下さい」


 そう言葉を返して、彼女は踵を返して部屋を後にした。そして、“彼”がいる筈の食堂に向けて歩を進めたのだった。



  *  *  *



 食堂へ戻った彼女は、“彼”へとダルテンから連絡が入ったとの取次を行った。


 ダルテン卿のただならぬ様子と共に伝えたこともあり、“彼”は即座に席を立って“大鏡”が設置された部屋へと向かったのだった。

 そんな“彼”の後ろを彼女は静々と着いて行く。


 “遠話の大鏡”は編纂魔法(帝国魔法)によって作成された魔導具の類であり、“彼”の専門である魔法機械技術とは幾分異なる系統の術式で駆動する道具である。故にこそ、その操作を補助する為、彼女は“彼”に同行を申し出たのだ。

 とは言え、それは完全な建前である。何と言っても、“大鏡”の向こう側――西方大陸(アティス大陸)のヴァンゼール家には同様の品が設置されており、“彼”自身もその操作法は承知している筈なのだ。

 そうであるに関わらず、彼女が“彼”の後に付いて来たのは、ダルテンの様子から“彼”に危険が及ぶ事柄が生じたのかと気になったからである。そんな彼女の心配を察してか、“彼”は彼女の同道を断ることもなく、件の部屋に入ったのだった。



 “大鏡”の設置された部屋へと入室した“彼”――ルアークは、鏡面に映る自らの父の盟友へと問いの言葉を投げかけた。


「ダルテン小父さん、何があったんです?」


「おぉ、ルアーク……折角そっちに行った所をすまないが、早々に戻って来てくれ……!」


「……どう言うことです……?」


 ダルテン卿の言葉に、“彼”は怪訝そうな表情を見せる。そんな“彼”に向けて、赤黒き装甲の巨漢は、苦虫を噛むが如き様子で言葉を紡いだ。


「……ラディアが、また、やらかした……」


「…………また、ですか……今度は、何をやらかしたんです……?」


 その台詞に、“彼”の表情も巨漢のそれに似た苦いものに変化する。


「お前が発った後、旧セクサイト系の反乱勢力が辺境の工廠(古代遺跡)を占拠してな……

 それを聞き付けたラディアが、王国の空戦騎士団の機鳥(ドール・バード)を奪取して飛び出した……」


「……………ッタク!……あ、あいつは……!」


 そこまで言った巨漢は、頭を右手で抱えて見せていた。そんな彼――ダルテンと、まさに鏡映しの如き素振りで“彼”もまた頭を抱える。



  *  †  *



 二人の会話に出て来たラディアとは、彼女も見知っている人物であった。その名をラディア=ヴァンゼールと言い、“彼”――ルアーク=ヴァンゼールの妹たる少女である。


 現在、最年少となる金属人メタル・ヒューマノイドにして魔法機械生命体(メタル・ビーイング)でもある。生まれて数年も経過していない幼子であり、良く言えば無邪気で天真爛漫であり、悪く言えば無鉄砲なお転婆娘と言った性格をしている。

 だが最年少とは言え、“機神”の異名を持つ“彼”の両親より生まれた娘である。その金属人メタル・ヒューマノイドとしての潜在能力は、並み居る魔法機械生命体(メタル・ビーイング)の中でも群を抜くものを示している。それは彼女(ラディア)の高い“魔法機械支配力”等として示されるものであった。


 そんな能力と性格が合わさっている所為か、近年のヴァンゼール一門においては、彼女絡みで起こる騒動が頻発している様であった。最近の“彼”との会話の中にも、その妹君が起こした騒動についての愚痴めいたものが潜んでいたりしたのだった。



  *  †  *



 ともあれ、頭を抱えていた“彼”等だったが、それでは解決しないと気を取り直したのか、その顔を上げた。


「確認します、小父さん。占拠された遺跡って、何処ですか……?」


「旧セクサイト王国北部に位置する工廠――フェルメードの分工廠だった所だ」


 巨漢(ダルテン)の言葉に、“彼”は思案気に暫し黙考する。


「…………フェルメード分工廠……それは、不味くないですか……?」


「……まぁな、以前ミゼルから聞いた話だが、あそこにはメタル・ドラゴンが眠っている可能性がある」

 表情を曇らせて絞り出す様に言葉を紡いだ“彼”に対して、巨漢も同様に表情を曇らせて返答の言葉を紡ぎ返す。



 そんな二人のやり取りに、“彼”の後方の壁際で控えていた彼女も顔が蒼褪める思いに襲われる。


 “メタル・ドラゴン”と言えば、古代アティス王国にあって最強の誉れ高い魔法機械兵器である。古代王国後期に製造された魔法機械人形に大別される魔法機械兵器の一種である。“魔法機械生命体(メタル・ビーイング)”や“巨大機械人形(ギガーヌス)”の技術が組み合わさった存在であり、“竜族”や“亜竜族”の能力を模倣した対竜族兵器でもある。

 古代アティス王国崩壊した“第二次大災害”において、“竜王”が率いる竜族の軍との戦いで、その殆どが全滅している。とは言え、極々稀に発見される例もあり、多くは初期の試作機体の類ながら、現在の西方大陸(アティス大陸)に存在する魔法機械兵器とは隔絶した威力を誇る物となっている。


 そんな強力な機体を反乱勢力が手にすることになれば、周辺諸国が一気に不穏な情勢に変化することは想像に難くない。



 部屋の中に垂れ込める深刻な雰囲気に、彼女も沈んだ心持ちに変化して行く。

 そんな彼女を何処か置いてけぼりにして、“彼”と巨漢の話は進んでいた。


「……なら、反乱勢力がメタル・ドラゴンを起動させる前に決着させないと危険だ……」


「……そうですね、反乱勢力の者達が……」



「………………」


 深刻な面持ちのまま二人の会話が進行して行く中、彼女は何とも言い表し難い思いに襲われていた。



 ともあれ、そんな彼女の方へと“彼”が振り返る。


「……メイさん、すみません……僕はこれから西方大陸(アティス)へと帰らなくちゃならなくなりました。折角だから、色々とお話とかをしたかったんですけど……」


 表情を曇らせて言葉を紡ぐ“彼”に向かって、彼女は今出来る精一杯の微笑みを浮かべて言葉を返した。


「お気になさらないで下さい、ルアーク様……ヴァンゼール一門の当主代理をお勤めになっていらっしゃるのですから、仕方のないことです。

 むしろ、こんな私に気を使って頂けて有難く思っております」


「……すみません、メイさん……ありがとうございます」


 彼女の言葉に“彼”は深く頭を垂れた。そして、ダルテン卿と幾言かやり取りを交わした後、“彼”はこの部屋を後にして駆け出した。



 やがて、“彼”――ルアークは食堂に駆け込み、ティアス達に簡単な事情を述べた後で、中庭に待機させていた愛機(フォアン)に飛び乗り、空の彼方へと翔け去って行ったのだった。



 夕食の後はお泊りイベント……を期待していたメイさんに水を差す形でルアーク氏が退場しました。

 ラディア嬢は……色々と叱られる未来しかなかったりします……(苦笑)

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