008:特異性がバレたらしい俺は
「いやいやいやいやっ。『驚くことでもあったんですか?』じゃないだろ! なんだあれ!?」
クワッ、と眼を見開きアロッズさんが叫ぶ。
俺はそれがわからずにただただ首を捻る。
「四匹を……一人で!? しかも一撃も喰らわずに……!?」
今度はロムさんだった。
なんだって言うんだ。確かに一撃も喰らわなかったが。
だって喰らうと痛いじゃないか。
「ゆき……そう言えばあんたレベルは……?」
今更な感じでナツ姉がそうたずねてきた。
俺的には、面倒くさくなりそうなので言いたくなかったのだが。……どうしようか。
「あー……、それは言わなくちゃだめか?」
「「「ダメ(だ・です)!」」」
これまで絶句していた人たちの声も綺麗にそろった。何でこんな時まで抜群のチームワークを発揮するんだ。
「えーっと……誰にも言わないと約束するなら。あと根掘り葉掘り聞かないって言うなら」
俺が出したその条件に、六人は各々の反応を見せる。頷く者もいれば、わかった、という者もいる。全てが了解の意を示した所で俺は胸の内で、はぁーっとため息を吐きながら口を開いた。
「…………50だ」
「「「…………は?」」」
「だから俺は《スカウト》のLv50だ」
そのあとに響いた驚愕の絶叫に俺は思わず耳を塞いだ。
ほらぁ~……やっぱこうなるじゃァん……
◆◆◆
俺の目の前の六人は瞳を白黒させ、口をパクパクと陸に上がった魚の様に開け閉めしていた。
これからの糾弾が面倒臭くなってきたのでそろーり、そろーりとその場からダッシュで立ち去ろうと足を向けると、
「何処行くんですか兄さん」
「――うげっ」
がしっ、と逃げ出せぬようしっかりと腕と掴んできた。言わずもがな、アキホだ。
「すまん、逃げさせてくれ! 後生だ!」
「こんな事にそんな大事なもの使わないでください」
そう言われれば俺も使いたくわないのだが、それくらい使わないとこの事態は絶対に逃げられない。――いや、結局逃げられずにアキホに引きずられて居るのだが。
そんなことを考えている間に俺はその六人の前につれてこられる。
「ゆき、どういうことか話してくれる?」
「兄さん、お願いします」
「スノウ……」
最初からナツ姉、アキホ、スイである。そう言えばスイは俺の事を呼び捨てで呼んでくれるらしい。いやー、こんなに仲良くなれるなんてほんとよかったなー。アハハハ。
ってそんな現実逃避してる場合か! それは置いておくとして、俺は思考を巡らす。どうやって、どうすれば、この場を切り抜ける事が出来るのか。そうだ、アレだ、アレしかないっ!
「そ、それじゃっ」
「「「逃げんな」」」
ギンッ、とすげえ睨みが飛んでくる。
なんで!? 何で俺こんな事になってるの!?
そんな問いも絶対答えをくれなさそうな雰囲気である。
「なんで、そんなに、レベルが、高い、のよ」
なんぜそんなに片言っぽく言うんだろうか。なんか後ろにオーラが見える気がするよナツ姉。いや、見えるよナツ姉。
「そ、その件についてはノーコメント」
実はもうリンさんに話しちゃったりしてるが、そのことは俺がそんなに高Lvであることをを知らなかったからであって、身内だろうがなんだろうがこれ以上は知られることは避けたい。
「なんでなんですか?」
アキホの視線が突きささる。物理的には痛くないけど、精神的に痛い。
「な、なんでって、さっき『根掘り葉掘り聞かないなら』って言ったじゃないか」
俺のその言葉に、うぐっ、その他6人が息詰まる。これを確認した俺は、しめたっ、と言わんばかりに話を終息へと向かわせようとする。
「そんなわけだから、この話はこれで終わりでっ」
俺のその言葉で、まだ納得していないようであったが、曖昧に頷いてくれた。
やめて、そんな視線で俺を見ないで。
しかし俺はそのまま歩きはじめる。いかがわしげな視線は途切れていないが、俺は歩きはじめるんだ。
……むしろ走りたいんだけど……いいかね?
◆◆◆
そこから後は特に何もなく進んだ。
Lv差があったためか、俺は職業・スキルともにLvが上がる事が無かった。ちょっと残念だ。
基本的には六人で戦闘をしていき、幾らか数の少ない敵の場合は俺が相手する、と言った感じだった。
今は町に戻ってきているところだ。帰り道はもう全力ダッシュで行きたかったが、ナツ姉がなんと言うか……こう、じ――っと形容できないような視線で見てきたので、自重した。うん、凄い我慢した。
「それじゃあ、俺はこれで」
一応、全員とフレンド登録を済ませた俺はそう言ってナツ姉たちに背を向けて歩き出した。
スタスタと速足で歩いて行き、徐々にスピードを上げていく。
「おおっ」
たったったっ、軽快な音を俺の足が奏で始める。
仮想の世界とは思えぬほどにリアルな蹴りつける地面の感触に、どんどん俺のテンションが上がっていった。
「来た来た来た来たっ」
現実の枷を気にすることなく思う存分走れるし、現実では味わえないファンタジーな景色は圧巻だ。ただの町であるが、現実とはかけ離れ過ぎた外見に心躍る。
「いっっぇえぇ―――――――――――っぃいっっ!!!」
人に溢れる街中を我ながら器用に避けて、疾駆を繰り返す。時折りジャンプやステップを加えて、街中を縦横無尽に走り回る。
「いやっっほぉぉ―――――――――――っうっっ!!!」
この身体は現実の身体よりも平均的なスペックが高いようで、ジャンプでも頑張れば垂直に二メートルくらい跳べる。現実の人間じゃ普通は無理だ。
そんな跳躍力を駆使して町を駆けまわるのは面白いったらありゃしない。
驚いても知らに視線を向ける輩が多数いるが、そんな物は気にしない。どうせ走っている俺としてはそんな物が目に入るのは刹那の間だ。
自分が風になったような感覚に徐々に俺は酔いしれていく。頬は紅潮し、顔は楽しそうに笑っているのは安易に想像がついた。
まあ、想像がついたところでどうこうするつもりもない。というか、意識して止められるものでもない。その事はこの世界で初めて走った時から何となくわかっていた。
この世界じゃ、感情はすぐに顔に出るんだ。
そんな風に町の中を軽やかに走り回る事約三時間半。Lvが上がったからか、体力の限界が訪れるのがだいぶ遅くなっていた。
「ほっ、はぁ、ふぅ……」
思わず地面に腰をおろし、切れ切れの吐息のまま空を仰ぐ。
走り始めた時は夕暮れ時の様に赤く染まって居た空は、星煌めく満点の夜空に姿を変えていた。樹海の様に空を阻害するものは何一つなく、吸い込まれてしまうようだった。
「綺麗な……、もんだな」
思わずそんな言葉が口から零れる。
まあ、素直に感嘆の言葉を送っていいほどのものであることは確かだ。
「あ、そうだ、今日の宿どうしよう……」
そう言えば寝るとこない。
ふと思い出したその事実に少し固まる。
「とりあえず、探すしかないか……」
俺はそこで十分くらい休憩したのち、また走り始めた。……――出来るだけ速度を出さないようにするのは至難の技だったと一応言っておこう。
◆◆◆
「…………なぜだ」
俺は独り立ち止まる。
「何で見つからないっ!」
そうなのだ、宿屋が見つからない。
いや、本当は見つかっているのだが、どの宿屋も満室で空きが一つも見当たらない。
確かに俺は出遅れた。町デビューという結構なイベントに半端なく遅れてしまった。が、この仕打ちはないだろう。寝床すら獲得できないってどういうことだ。これじゃアイテムすら買えない――、
とそこで俺は最悪の事実に気がつく。
「金は!? 俺って金一銭も持ってないじゃん!?」
そう言えばそうだ。ナツ姉達との戦闘ではポーション等のアイテムを持っていないとわかってから少しだけ恵んでもらったので、アイテムの購入経験すらない。
というかこの世界の通貨が何だったのか、これまで色々あり過ぎてもう思い出せない。
「チクショウ……これじゃ仮に宿屋見つけても部屋を借りれない……」
うぐぐ、と俺は唸る。
どうすれば、金を手に入れられるのか……。その事を俺は考える。たいして良くもない頭で考え続ける。――そして名案(仮)が!
「そうだ! 森で手に入ったアイテムとか換金す……れ…………ば」
尻すぼみになっていく俺の言葉。それもそうだ。だって――、
「ってだからどこで換金すんだよ! そんな場所知らねえよ!」
このゲームがを始める前に見た攻略サイトの地図を思い出そうとするんだが、もはや霞んでしまってほとんど思い出せない。しかも少々街の地理が変わっているらしく、奇跡的に覚えているところもところどころ変わっていたりと、散々な結果。
運よく見つけたNPCの道具屋も店主が寝ているのか『CLOSED』の看板がかかっており、残念なことに閉店中だった。
――もう嫌になってくる。フラフラと歩き続けていたら何時の間にやらやばい雰囲気漂う場所に着ちゃってるし。始まりの町にこんなとこ用意していいんだろうか。
それに見てみてほしい。あそこに見えるのが何かわかるか? 『娼館』って書いてあるぞ。良いのか? これ。というか出来るのか、ここ。
まあ、俺はそんなところ行くつもりはないがなっ! 初めては好きな人とが良いしっ!
……急に何言い出してんだろ、俺。
そんなこと言いだしたそこらへんの俺を置いておいてここの俺はどうすればいいか再度考え始める。そしてもう一度名案が!
「――――っ! そうだリンさん! リンさん防具屋だし、何か買ってくれるかも知れない! それに駄目でもきっと換金できるとろを教えてもらえるはずだ!」
そうと決まったら……、俺は「オープン」と短く発声して、メニューを開く。そこからフレンドリストを探し出し、その中の七つの名前の中から『Eリン』という名前を左の人差し指でプッシュする。更に追加で現れたリストの中から、『コール』を選んで、更にプッシュ。
するとプルルル、と一昔前の電話みたいな音が聞こえてから、頭の中で音声が反響するように女の人の声が響いた。
『只今、Eリンさんは就寝中です。再度掛け直してください。只今、Eリンさんは就寝中です。再度掛け直してください。只今、Eリンさんは就寝中です。再度掛け直してください――――…………』
「って留守番電話かよっ!」
思わず叫んだ。
ぬか喜びさせないでほしかった。
一瞬、女の人の声が聞こえたからリンさんにつながったと思ったのに。
「どうしようか……」
思わず呟く。脱力したように俺は身近な壁に背中を預けた。
「ここは……、うん。そこらへんで寝ればいいか」
野宿の経験があるからか、意外と抵抗が無い気がする。
そうと決まればと、どこで寝るのか考え始める。
「地面は……嫌だな。なんか汚そうだし。そこらへんで座って寝るか……? うーん、それもなぁ……。――――あ、屋根でいいか」
意外と簡単に決まったので、俺は丁度いい赤い屋根の民家を見つけると、壁に手を掛ける。そのまま、「よっこいしょ」とおっさんみたいな声を出しながら壁を登っていく。
三十秒としない内に赤い屋根の上に辿り着く。眠気もそれなりに溜まっていた俺は無造作に寝転がった。
「明日は絶対に金を手に入れてやるぞおらー……」
そんなことを呟きながら俺は星煌めく夜空としばしの別れを告げ、瞼を閉じた。
樹海とは違う屋根の感触も悪くわないな、なぁんて思いながら俺は眠りについた。
自分の特異性がばれた俺は、一文無し故に屋根で寝ることになった……、はぁ。