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と、言うかただの走りたがり  作者: 玄野 洸
第一章
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005:見知らぬ樹の海で迷子の俺は【2】

 


 バッ! と、そんな擬音が付いてきそうな凄い勢いで俺は起き上がる。不意に目を覚ました俺は周りをきょろきょろと見回す。

 そこは、少しだけ明るくなった樹海が広がっていた。フィールドで寝たというのに、周りにノンアクティブのモンスターしかいなかったおかげで命拾いしたらしい。……というかフィールドで寝るとかどんだけ神経が図太いんだ俺よ……


「あー……、どうしよう。結局帰り道わかんねえじゃん……」


 そうなのである。俺は帰り道がわからない! 今更ながら迷子だ!

 視界の端に映るマップは自分から半径二十メートルしか映さないし(索敵のスキルが上がれば広がるっぽいが)、大体このフィールドの名前も知らないし……

 そんな事を考えていると、ガサガサッと音がした。それとともに数匹の黒紫の芋虫が顔を現す。


「ま、こいつら喰ってからでも遅くはない……、か。幸い、食糧も確保できたしな」

 

 我ながらのん気だなぁ、とこれまたのん気に考える。と、そこであることを思いついた。


「……というか死ねば一応帰れるんじゃね……?」


 いやいやいや、帰れるかもしれないけどそれは少し嫌だ。

 それにレベル下がるし、一日も停止させられるんだから、俺の以外のプレイヤーとレベル帯を離されたらなんか嫌だ。


「うーん……まあ、取り合えずは時間が解決してくれるだろ。俺はひたすら喰ってればいいや」


 そんな軽いノリで俺は剣を落とし始めた。




   ◆◆◆




 結論から言おう。

 時間は解決してくれなかった。

 事実、初めてこの樹海に入ってからもう少なくとも一週間はたった気がする。正確な時は日の光がよく見えないからわからん。

 

 ちなみに今の俺はこんな感じだ。【Snow:スカウト:Lv49】の、スキルが【小剣:Lv1】【片手剣:Lv48】【短弓:Lv1】【索敵:Lv47】【隠密:Lv47】である。

 小剣と短弓は変わらずだが、その他諸々が色々と上がった。その中でも一番うれしかったのは索敵だ。

 Lv47になったためにマップの範囲が半径47メートルまで広がった。これのおかげで目に見えない木陰などにいた黒紫の芋虫も積極的に喰らう事が出来た。


 とそんな事を考えている間にも木の葉の間から黒紫の芋虫が姿を現した。そう言えばまだ名前が見えない。どんだけ格上なんだ、オイ。

 思考とは関係なく身体が動く。右手を突き出し、左手が慣れた手つきで滑らかにウィンドウを叩く。このウィンドウを操作する動きもぎこちない最初と比べたら雲泥の差だ。今では一秒と経たずに勝手に腕が動くぐらいになった。


 斬ッ


「グギェッ」


 短い断末魔を残して黒紫の芋虫が光の粒子となって四散した。

 すると、"ポーン"という電子音が俺の鼓膜を震わせた。俺は慣れた手つきでウィンドウを操作して、【キャラクター】の項目を開く(最初は利き手である右手でやってた操作も何時の間にか全部左手になった)。


【Snow:スカウト:Lv50】


「おぉー……。五十代か……何か年寄りになった気分だな」


 俺は続いてスキル欄も確認する。が、残念なことにスキルの方はなにも上がっていなかった。まあ、スキルの方はジョブレベルと別口で上昇するっぽいから何ら不思議はないんだけど。

 

 ぐ~~~きゅるるる


 腹が鳴く。

 しょうがないな俺の腹は、とため息つきながらすっかり食べ慣れた《黒紫の蟲肉》を実体化させるために【アイテム】の項目へと指を走らせた。目当ての物を色々と詰め込まれた所から見つけ出し、実体化させた。――……って、ん?


「今なんか見慣れないアイテムがあったような……?」


 目の前に実体化された虫肉には一旦待ってもらうことにして、俺は【アイテム】の項目をスクロールさせた。


「んん? 《ポイズンフィン》ってなんだ? ――……あ、もしかしてさっきの奴がドロップしたとか?」


 俺は《ポイズンフィン》のアイコンに触れ、備考を呼び出す。


【毒喰らう翅剣:《ポイズンフィン》】

【《デスポイズン・キャタピラァ》が極々稀に落とす片手剣。《デスポイズン・キャタピラァ》が羽化する時の為に体内で生成した非常に切れ味の鋭い翅の剣。その翅は他の全ての毒を無効化し、自らは猛毒を有する。】


 アイツは《デスポイズン・キャタピラァ》って言うやつだったらしい。アイツやっぱり結構強いんだな……、ただの芋虫どころかポイズンとかデスとか付けちゃってるよ。半端ないよ。

 ま、とりあえずその事は置いておくとして俺は《ポイズンフィン》を《スライシィス》の代わりに装備してみた。手元に光の粒子が集まっていく。

 そして手に握られていたのは昆虫の薄翅の様な剣。黒と紫の毒々しい翅は二つ、折り重なったようになっておりとても鋭い。


「―――お? おぉ? おぉぉ!?」


 俺は《ポイズンフィン》を、持ち上げた(・・・・・)


「おぉ――――――――っ!!」


 俺は《木の剣》や《鋳鉄の剣》以来の俺がまともに振れる剣が手に入り、歓喜の叫びをあげた。

 調子に乗って俺は右手に収まる翅剣を振りまわす。

 ほっ、やっ、はっ、と短く息を吐きながら、口の端に笑みを浮かべて俺は剣を振るう。

 初めて握ったその剣は想像以上に手に馴染む。さすが仮想現実。現実じゃありえな事を軽々とやってのけるものだ。

 俺は最後に、セィッ、と一声あげて真上から真下へと垂直に振り下ろす。

 すると、俺の目の前にあった虫肉がスパッ、と真っ二つに切り裂かれ、光の粒子となって消えた。


 …………ってえぇえ!?


「あっ、ああっ! 俺の、俺の飯がぁ……ぅぅ…………」


 くそぅ……。そんな風に呻きながら俺はガクッと項垂れた。しかし、俺が斬ってしまった虫肉はもう戻って来ない。


「くぅぅ……。まあいいやっ! まだストックはたくさんある。今回は剣ゲットの祝いとして特別に二個食べよっ!」


 そう言って俺は《黒紫の蟲肉》を二つ実体化し、目の前に置いた。


「いただきます!」


 

 …………やっぱ、虫肉うめぇーっ。




   ◆◆◆




 俺が虫肉二つを食べ終えた頃。

 ブンブン、と今まで聞いたことのない、虫の羽音のような音が空気を震わせた。俺は反射的にマップを確認しながら、戦闘態勢に入る。マップに表示されている光点は……赤色。つまり、アクティブモンスター。

 なーんでこんなにタイミングいいのかなー、なんて考えていると、マップの光点が俺に向かってすごい速度で移動してくる。

 俺はそれと対峙するために翅剣を構える。本当は《スライシィス》を使いたいところだが、アクティブモンスターはノンアクティブモンスターの様に俺を無視してはくれない。

 だから、正面から戦わなくてはならない。


 そして俺の前に姿を現したのは黒と紫の毒々しい色を持つ羽虫だった。

 体長は俺と同じくらいで、身体はまるでスズメバチの様だ。尻には何かで濡れたように輝く鏃の付いた針が見て取れた。

 しかし、翅だけはスズメバチとは違っていた。ちょうど俺が握っている《ポイズンフィン》とよく似た、鋭い翅を左右に五つづつ、合計で十枚あった。

 ブンブンと羽音を鳴らす翅の刃は、全てを切り裂く力を持っている錯覚すら起こる。

 名前の方はやっぱり《???》と赤く表示されているだけで、分からない。

 その黒紫の雀蜂の眼孔がキュルキュルと動いて周りを見回した。そしてその眼が、俺の事を一直線に捉える。

 黒紫の雀蜂は「キュゥゥゥウルルルルッ」と不気味な叫びを放ってこちらへと突進を行う。俺はそれを、地面に付きそうなぐらいまで下に構えた剣で、迎撃に入る。


「はッ」


 俺は突進してくる黒紫の雀蜂に向かって、身体を少し横に逸らしながら思いきり振り上げる。突進力も上乗せされてか、ヤツのHPが二割弱程削れた。

 初めてのまともな剣での戦闘。しかし、俺の手に握られた剣はまるで俺の手の延長線上にある一部であるかのように華麗に舞い、踊る。

 俺は、ろくな戦闘の経験がない。それなのにこれだけの戦闘が出来るのはこの身体のスペックが高いからか、それとも刃を振るう明確なイメージが頭に刻みつけられているからか。

 そこまで考えて、頭が軋むように痛んだ気がした。……だが、そんなことを気にかけている暇はない。 

 ヤツの身体と同じ黒と紫の剣閃が飛ぶ。ある一撃は的確にヒットし、ある一撃は俺の剣と酷似した翅に弾かれ、……ある一撃は俺の身体を抉る。

 

「―――ぐ、ァッ……」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 本来の八割程の痛みだと言うのに、痛い。

 翅に切り裂かれた左の肩口の痛みが燃えるように、鋭く俺を襲う。そこから本物としか思えない血が滴る。

 しかし俺は、なんと言うか、自分で言うのもあれだが―――冷めていた。


(スルーだ、スルー。無視だ。無視しろ。痛みから目を背けろ。この痛みは俺が負ってるんじゃないんだ。無視、無視、無視、無視無視無視無視無視無視無視無視…………――――)


 そして俺は、痛みを意識から外した。

 傷を負った左の肩口と腕は、"痛みの意識の除外"により完全に力を失ってしまった。

 今は、だらんと無造作に垂れたままだ。俺は余った意識を全て右腕へと注いだ。集中力が、より精錬されていくような感覚。


「おぉォオオオオォォッ!」


 低く咆えた。

 それと同時に脳内にあるスキル欄で確認した時にもっとも俺に結びついた戦技アーツのモーションを再生。

 そしてそれを己に投影。

 自分の身体が、何かに突き動かされていく感覚。身体が加速され、知覚が加速され、思考が加速される。

 俺はそれに乗っかるように一閃、二閃、三閃。淡い水色の燐光を纏った翅剣が、正三角形の軌跡を描いた。

 片手剣の戦技アーツである《トライスラッシュ》が見事に発動した事に内心歓喜する。

 

 ―――しかし、喜んでいいのはそこまでだった。


 俺の《トライスラッシュ》を受けた黒紫の雀蜂は大きく膨らんだ尻を破裂させて(・・・・・)から、光の粒子となって飛散した。

 爆発の際に、辺りに薄紫色の何かが飛び散った。それは勿論、至近距離にいた俺の体にも掛かっており、相当な臭いを発している。

 ダメージはないが鼻をつんざく様な刺激臭に、思わず顔をしかめる。

 そして、四方から数え切れないくらいの羽音が木霊した。マップを見ると最高に少なく見積もっても、二十……。


「おい、おいおいおいおいおい。何だよこの冗談、笑えねぇよ。この匂いにつられてやって来たってか? 絶対無理だろ……」


 片や格上の黒紫の雀蜂の大群。

 片やHPを四割近く削り取られたニンゲン。


 ……勝敗はもう、目に見えていた。


 しかし、俺の中の"俺"はこんな状況を諦める(スルー)するのはどうにも納得しなかった。


 ブンブンと羽音を震わせて巨大なスズメバチが俺に迫る。

 

「―――ハッ、やってやろうじゃねぇか」


 先刻の声とは全く逆の雰囲気を冠した声。いつもみたいなスルーするときの表情とは違う。口の端が獰猛に釣り上り、大きく歪む。


 俺は駆け出した。


 異形の怪物に向かって。


 その命を刈り取るために。




   ◆◆◆




「はッ……。とッ……。せィッ……」


 短く息を吐き、翅剣を走らせる。

 最後の一閃で、ようやく黒紫の雀蜂が光の粒子となって四散した。これが、三匹目。俺はまた敵へと突っ込む。HPがもう残り一割弱しかないが、そんなことは気にしない。してられない。

 ふらつきそうになる体に叱咤して不規則にステップを繰り返し、その間にも何度も何度も斬りつける。

 その間に黒紫の雀蜂のHPは僅か数パーセントとなり、俺のHPも一割を切った。しかし俺は止まらない。もとより、回復などする気はない。……だってポーション無いし……。


「うぉぉおおッ!」


 俺の咆哮と共に、頭の中にある《トライスラッシュ》のモーションを再生。

 そして俺の体に投影。

 最後にそれを実行。

 黒紫の刀身が淡い水色の燐光を纏う。相当な速さで動かされる俺の腕に従って、剣の軌跡が水色の正三角形を描く。それが終了すると黒紫の雀蜂は光の粒子となり、崩れ去った。


 そして俺の鼓膜を"ポーン"という電子音が叩いた。


 俺はその音に気を取られ、一瞬ではあるが動きを止めた。―――が、その一瞬は大きすぎる一瞬だった。

 ドシュッ……という鈍い音が俺の耳に届く。

 視線を少し下に向けると、自分の胸のあたりから鏃のある大きな針が飛び出ている。

 背後から、それも心臓へと。完璧なるクリティカルヒット。


「あ、ぐゥあ……っ」


 俺のHPは、一瞬にして喰らわれてしまった。


 

 そこから先は、覚えていない。





 補足しておきますと、黒紫の芋虫デスポイズン・キャタピラァのLvはLv60で、主人公がlv50になった状態なら備考を読み取ることが出来るはずでした。

 黒紫の雀蜂(デスポイズン・ビィー)はLv62で、主人公は読み取れないLvでした。





見知らぬ樹の森で迷子の俺は……――後ろから心臓を一突きされて絶命した。



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