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と、言うかただの走りたがり  作者: 玄野 洸
プロローグ
3/36

003:止まるリアルと始まるセカイ【3】



 俺は四方が暗闇に包まれた真っ黒の空間へ降り立った。いや、"降り立った"という表現はいささか適切ではない。今の俺は仮の身体すらない意識だけの存在だった。


 目の前には『Now Loding』の文字列が躍っている。一定の周期で点滅を繰り返すそれは、数十秒の内でロードが終わったようで、ひときわ大きな点滅のあとに消え去った。

 刹那の時も開かずに俺の目の前に数え切れないほどのウィンドウが展開された。説明書にあったが、システムが俺の脳波を読み取ってあらかじめ入力してある住民票に反映し、アカウントの作成をしているのだそうだ。

 一人一アカウントが原則らしく、脳波パターンを読み取ってアカウントを作るらしい。そんな事を考えている間にもウィンドウは少しづつ数を減らしていき、ものの数秒でアカウント作成は完了した。

 

『キャラクター外装を設定してください』


 滑らかな女性のシステム音声が辺りに響く。そして間髪いれずに、


『外部にキャラクター外装データが存在します。インポートしますか?』


 という問いが飛んできた。俺は「はい」と短く返事をする。発せられた俺の声は、のっぺりとした現実味の全くない声だった。

 しかし、その音声が発せられた直後に俺の視界を白い光が覆う。目を開くとそこには何時の間にか出現した鏡のオブジェクトとそこに映った俺の姿があった。

 そこに映る俺は、髪、瞳の色以外は何も変わらない現実と同じ体だった。



 ――――いや、違う。



 いつもは叩いても金属音しか返ってこない足はそこになく。 


 久しく見ていなかった、血色のいい肌色の足があった。



 ――――嗚呼、懐かしい。



 新たに与えられたその身体は、面白いくらい俺に馴染んだ。

 放心しながらその姿を見ていると、再度システム音声が響いく。


『キャラクター設定が完了しました。世界内での名前を入力してください』


 放心していた俺はその指示に従い、目の前に現れたホロキーボードに名前を紡ぐ。

 ずいぶんと使い古したもう一つの名だ。 


『入力を確認しました――……――使用可能です。それでは、いってらっしゃいませ』



 その声と共に、俺の身体が光の粒子となって散った。



 

   ◆◆◆




「おぉ……」


 思わず俺の口から洩れたのは現実の俺の音声とよく似た感嘆の声だった。

 背後には小さな森小屋が、眼前には森が広がっている。

 その森は現実より現実っぽい……、こういうとなんか変だが、要は森独特の緑の香りや、さわさわと擦れる葉の音が心地いい。現実と言っても確実に間違えるレベルだ。

 ここはチュートリアルを行うためのフィールドだと、攻略サイトには書いてあった。俺はチュートリアルの事項も俺はしっかりと読み込んでいるので、やるつもりはない。そんなことをしている暇はないから。


「こんにちは。世界を渡る冒険者よ」

「―――わっ!?」


 突然背後から老人の声が聞こえて、思わず俺は飛び退く。

 そこには、これぞ森の隠居爺さんだ! と言った印象の杖をついた一人の老人が立っていた。

 その爺さんは驚いた俺の様子を見て、ホッホッホッ、と笑っていた。


「驚かせてすまんかったな。わしはこの森で隠居生活をしているナスタルというものじゃ」

「あぁ、はい。俺はスノウと言います」


 俺はぺこりと頭を下げながら、思わずそうかえす。

 ―――が、ここで俺は気がつく。この爺さんの頭上には五亡星を模した紋章の様な物が浮かび上がっている。これがあるということは、NPCノンプレイヤーキャラクターということだ。NPC―――つまり、AIが動かす中に人の入って無いキャラクターだということだ。

 こんなにスムーズに会話が成立するものなのか……、どう見てもただの人にしか見えない、と俺は初めてのNPCとの邂逅の感想を胸の内で呟く。

 

 それと、"Snowスノウ"はこの世界ゲーム内での俺の名前である。

 ゲームをやる時は何時もこれを使う。名前の由来は、"冬紀"から"ゆき"を取る。それを英語にして"Snow"だ。ここで、"冬"を取って"Winter"を使わないのが、俺のこだわりである。……なに? くだらないって? ……気にするな。


「ふむ、ではスノウ、この世界で生活していく上で必要な事をお主は知りたいか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。では、他の冒険者がそろうまでそこら辺に腰かけて待っててくれるか?」

「…………はい。わかりました」


 そう言って切り株を勧められたので、俺はおとなしくそこに腰かける。

 本当はこんなことしていたくはない。今すぐにでも立ち上がり、新たに与えられたこの身体を動かしたかった。

 しかし、俺を見据える柔和な老人の瞳には逆らい難い何かの"意志"のようなものを感じ、大人しくそこに腰掛ける。

 そのまま自然と両の手を両の足へと持って行き、さする。

 感じる『足を触る感覚』と『手に触られる感覚』に、喜びを隠しきれない。口の端が吊り上っていくのが自分でも分かった。



 ずっと。

 三年間ずっと感じていなかった感覚に、酔ったような錯覚まで起きた気がした。

 


 ――――そのまま数分すると、俺の向かい側の切り株に腰かけて目を細めていたナスタルさんが、不意に立ち上がった。俺もそれにつられて立ち上がる。


「む、ようやく全ての冒険者がそろったようじゃ。スノウよ、今からお主を始まりの町と呼ばれる〈ユーレシア〉に送る。あそこは新米冒険者にはうってつけの場所じゃ。良いな?」

「はい。早くお願いします」

 

 俺がそう言うと、ナスタルさん「うむ」と満足そうに微笑み、手に持っていた杖を真上へ突き出す。そうすると、俺の周りを青く光る魔法陣が照らしだした。


「良い旅を」


 俺はナスタルさんの言葉を受け、始まりの町〈ユーレシア〉へと旅立った。




   ◆◆◆




 人、人、人――……


 右も左も見渡す限りの人の壁である。これでは夏姉や秋穂とかとの合流もままならない。……あ、後ついでに誠二も。

 ガヤガヤと騒ぎたてる周りの人々を見回し、どうにかならないものか、とため息を吐く。


 そんな時、"ポーン"と間の抜けた電子音が、騒ぎ立てる空気を震わせた。


 その音に反応して人々は静寂を取り戻す。

 音の響きを感じ俺も、何かに導かれたように真上を仰ぐ。そこには、無限に広がる蒼穹の空が広がっていた。そう、"いた"。

 俺が仰いだ空を真紅の文字羅列が覆った。遠すぎるそれは、文字の羅列であると認識は出来るがなにが表示してあるのかまではわからない。瞬間、その文字羅列が一か所に集中していく。それと共に空が蒼穹の色彩を取り戻す。 

 集結した文字羅列は、空中で水晶クリスタルの形を作る。クリスタルは、文字羅列と同じ真紅の色だった。


『これより、第二次チュートリアルを開始します。一度しか行われませんので、聞き洩らさぬようにお願いします』


 クリスタルからシステムによる合成音声を複数重ね合わせ、反響、増幅、歪曲したような声が響き渡った。その声音は、本能的に拒絶したくなるような雰囲気を纏っていた。

 ついさっきまでガヤガヤと騒ぎ立てていた人々も、しん、と静まり返る。


『まず第一に、―――このゲームがクリアされるまで、ログアウトをすることは出来ません』


 空気が、凍った。

 全ての人々がその言葉の意味をすぐには理解することが出来なかったのであろうか。しかし、数秒もすると辺りの人々が叫びをあげた。

 どういうことだ、説明しろ、うそだろ、等々の叫びが辺りを叩く。

 そんな中の俺は、意外と冷静だった。―――冷静だった、というのはちょっと違うかもしれない。正直、この事態について行く気も、真に受ける気も無かった。

 俺は得意のスルースキルで違う事を考え始めた。


 ―――よし、とりあえずこれ終わったら走ろう。


 俺は自分の中でそういう思考の終結を迎え、再びクリスタルへと意識を戻した。


『ここで言うゲームのクリアというのは、《王の塔》の全てのクリアを意味します』


 《王の塔》――それは他のゲームで言うダンジョンである。その塔の高さ、階層、装飾は多種多様。頂上には、"王"の名を冠するボスモンスターが出現するらしい。

 この《王の塔》の数は、――実は判明していない。公式サイトにも書いてなかったし、攻略サイトには、三つだけは攻略出来た、と書いてあるだけだった。


『そして第二に、外部からの接触、外部からの通信切断による強制ログアウトは可能です』


 俺はその言葉に、んん? と思わず首を傾げる。周りも似たような反応だ。

 それなら、俺の家は父さんが外すんじゃないか? ―――そう言う疑問が俺の中で浮かび上がった。いくらなんでも夕食時になったら外すだろうし。だって父さん料理できないから俺に頼りっきりだったしな。俺がいないと父さんの食事が無くなることを意味する。

 そんな考えをめくらせる俺の聴覚に、再度あの声が響く。


『そして第三に、当ゲームは新たに導入された【Clock up System】を実装しています』


 今度は「くろっくあっぷしすてむ……?」と我ながら間抜けに呟きながら首を傾げる。

 聞いたことも無い言葉だった。俺はその説明を、真紅のクリスタルへと視線だけで頼む。 


『【Clock up System】とは、ゲーム内の時間を現実においての時間より加速させるものです。具体例で言えば、ゲーム内の時間を現実での二倍にすると現実での半日はゲーム内での一日に相当します。そして当ゲームに導入された【Clock up System】の最大倍率は―――』


 そこで真紅のクリスタルは一度言葉を切り、衝撃の言葉を続けた。


『―――1000万倍です』


 俺たちプレイヤーの途方も無い驚愕をよそに、真紅のクリスタルはまたも衝撃の発言をくり出した。


『具体例で言いますと、現実での六秒はこの世界での約二年に相当します』


 六秒が、二年……

 つまり、現実のわずか数秒はこっちの数年になってしまうということか。壊されていく現実が、新たに構築された非現実が、『こりゃ、相当な厄介事に巻き込まれたものだなぁ』とのん気に俺の囁いた。


 んなこと、わかってるっつーの。


 余りに衝撃的な事実は俺の驚きという感情と、焦りという感情をショートさせた。そのおかげで俺が考え付いたのは『夕食に遅れなくてて済むな』である。我ながら神経図太すぎるだろうと思った。


『これにより、外部からの強制ログアウトはお勧めできません』


 そう言った真紅のクリスタルは、次の事へと話を進めた。


『そして第四に、デスペナルティの変更があります』


 この言葉に、俺はごくりと思わず息をのむ。

 こういう非現実にアレは付き物だ。つまり、ゲームでのデスペナルティが現実での死。こんな事になるのであれば俺は一生生産職で生きていく覚悟はできている。

 こんなゲームで死んだんじゃ元も子もない。


 ―――しかし、俺のこの覚悟は心のゴミ箱に放り込むこととなった。


『死亡した場合のデスペナルティは、レベルを一つダウン。それと待機所への移動後に二十四時間の行動不能となります。死亡した後は、もっとも新しく訪れた町に強制送還されます。この時の行動不能時は、その個人だけの【Clock up System】の倍率を変更しますので、実質時間の経過は感覚に残りません』


 この言葉に、安心する一方、驚きがあった。

 MMORPGでデスペナルティとして経験値の減少はよく聞くが、俺としてはレベル自体を下げるのは聞いたことが無かった。これにより、俺は何とか死亡は無くしたいと思うのだった。


『そして第五に、感覚、生理的欲求をより現実に近づけます。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、食欲、睡眠欲、性欲などを現実の99.87%の精度で再現します。痛覚に関しましては現実の80.29%とさせていただきます』


 これには、正直唖然とするしかできなかった。

 全感覚の完全接続は不可とされていたWDの常識を覆すものとなった。99.97%ということは完全……ではないのだろうが、そんなことは関係なくなるほどの精度だ。

 痛覚が八割なのはショック死をなくすための措置なのかもしれない。しかし、八割でも正直痛そうだ。切られたりしたら相当の苦痛だろう。


『―――以上で、第二次チュートリアルの説明を終了とします。これからのあなた方の冒険を少しばかり手助けする意味で、二十四の王器の中の一つをこの世界のどこかに、丁度一時間後に堕とします』


 そして真紅のクリスタルは、短い言葉を発した。


『良い旅を』


 意図してやってるのか、偶々なのか、―――いや、意図してやってるのだろう。最後のこの言葉は、森の隠者であるナスタルさんの言葉と同じだった。

 そんな事を思っていた時には、もう、真紅のクリスタルは消えていた。


 それと同時に辺りは叫びに、嘆きに、怒号に、罵声に、懇願に、満ちている。

 そんな中俺はというとそいつ等を無視スルーして視界の端に表示されている簡易マップを見ながら街の外を目指す。ガツガツと人にぶつかりながらも人垣をかきわけること約一分。ようやく外に出られた。




「……走る。俺は、走るぞぉぉぉぉ――――――っっ!!」



 そう叫び、俺は街の外へと駆けだした。


 

 走りだす俺の口角は、生まれてから一番吊り上っていたに違いない。




完全に勢いで書き始めました。

気分転換に書き始めた物なので、いつか唐突に終わるかもしれませんが、その時はごめんなさい。


それまではよろしくお願いします<(_ _)>




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