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と、言うかただの走りたがり  作者: 玄野 洸
第一章
26/36

026:汚れた宿の掃除をする俺は

 怒りの炎にかられ俺が辿り着いたのは、ユーレシアにある一軒の宿屋。


 その窓からは、ガハハハハ、と下品な嗤いが木霊する。

 

 

 ユーレシアの町で三時間近く聞き込みをし続けた結果見つけ出したこの宿屋。

 いかにも裏通りといったたぐいで、近くには娼館なんかもある、俺としては絶対に近づきたくない区画だ。

 おおかた、殺人で手に入れた金などを使って娼館で性欲の処理でもしているのではいだろうか。

 泊まっている宿の外観や、漏れる話し声から安易に推測できた。


 そんな現状に、まことに勝手で自己中心的ながらも、憤りが止まらない俺は、ドアに手を掛けた。


 そのまま、俺は一気に開け放った。


 勢いよく開け放たれた扉は、バンと音を立てて壁にぶつかった。


「ここが《三つ又の死(トライデント・デス)》かな?」


 その問いに、ひときわ下品な嗤いを垂れ流し、お山の大将のような大男が答えた。


「ああ、そうだぜぇ。なんだ、おめぇさんも入るかぁ?」


 ひゅうぅ……と、心が急速に冷えていく。

 

 ――人間、怒りがここまで達すると逆に冷えてしまうのかもしれない。


 俺は言った。




「ああ、そうなんだ。俺はこのギルドを掃除コロしに来た」





   ◆◆◆




「……ああ? 何言ってんだおめぇ、殺されてえのか?」


 俺の一番近くに居た手下Aが、俺に実体化させた剣をチラつかせながら、近づいてくる。


 一応、町の中でも殺しは出来る。

 しかし、それをすると町の外で殺すより経験値・ドロップアイテムが大幅に減る為に、利に合わないその行為をするものは少ない。



 だが、出来る事は出来るのだ。



 俺は無造作に腰の翅剣に手を掛けた。



「いや、違う。『殺されたい』じゃ無くて、『殺しに来た』んだ」


 ビュン、と右手が閃き、手下Aを切り刻んだ。


「こんな風にな?」


 バキン、と割れる音が響き、次いで周囲から下賤な声が響いた。

 うるさい。耳が腐りそうだ。


「てめぇ! 何やってんだ!! ブッ殺してやるぞ、おらァ!!」


 それが幕の始まりか。

 いきなり五人のむさ苦しい男が襲いかかってきた。


 自分で、翅剣を全力を持って振りまわすのは何だか億劫に思えて来てしまったので、戦闘では初披露となる四連撃の戦技を使ってみた。

 

 一度だけ使った事のある四連撃の戦技アーツを脳裏に浮かべる。

 そしてそれを俺の体に投影、最後に実行。

 黒紫の刀身が淡い水色の燐光を纏う。相当な速さで動かされる俺の腕に少しだけ力を乗せ、トップスピードで動く剣先が、重ねるように――、四撃。

 

 右から左に一度。

 もう一度返すように一度。

 更に反す刃で一度。

 最後に集結を決める刃を左から右へ一度。


 大振りに重ねた高速の斬撃が、襲いかかってきた五人を一挙に切りさいた。


 バキンッ、バキンッ、バキンッ、バキンッ、バキンッ。

 

 連続して崩れたような音が木霊し、驚愕と怒号の声が耳に届く。

 おおかた、ある程度の冷静さが保てている者は俺が戦技一つで五人を葬った事を驚き、それすらなく頭の足りない奴らは、“お仲間”を殺されてただ単に怒ってるだけだろう。


 兎に角、これで手下B、C、D、E、Fの掃除は完了だ。


 今度は、剣を構え突っ込んでくるやつらの他にも、奥の方で魔法使いのような奴が何やら呪文を唱える。

 魔法は殆どの物が若干の追尾が付いている為に、避けるのが困難だ。


 ――そう思考した俺は、バンっと身体をバネ仕掛けの人形の様に動かし、魔法使いが密集している場所へと駆けた。

 俺に脇を通り抜けられた戦士装備の奴は、何も知覚出来なかった、と言わんばかりに呆けた顔をし。

 目の前に急に現れた俺を驚愕と困惑の顔で凝視する魔法使いの四人が、唱えていた呪文を寛大に詰まらせた結果、全員が詠唱失敗ファンブルした。


 この状況はあちら側は最悪であろうが、俺としては非常に好都合であり、もちろん殺す。


 剣先が、この剣と同じ翅を持つあの雀蜂と同じように素早く飛ぶ。

 心なしか蟲の羽音のような甲高い音がが聞こえたような気がしたが、まあ、幻聴だろう。


 ズザザザザザザッ、と翅剣が俺の眼前を駆け回り、目の前に居た魔法使い四人を斬り伏せた。


 再度、割れるような音が俺の耳を叩いた。

 これで手下G、H、I、Jは掃除が完了だ。


 

 すっと、周りを見回す。

 残りは、ひぃ、ふぅ、みぃ…………。


 そんな数え方で数えた結果。

 ここに居るゴミは小さいのが十二で、大きいのが一つだった。


 ――本当に、この宿は汚れてるなぁ……

 ちゃんと掃除しないと駄目じゃないか従業員さぁん。


 今は奥の方に引っ込んでいるであろう宿の従業員に向かって、そう言ってみた。

 ……まぁ、その事を言ったところでそれを実行するのは不可能だし、一応金を払ってくれるゴミだからそうもいかないのだろう。



 ――今度は数で押す気なのだろうか。


 屋内だと言うのに、剣や小剣を振りまわしながら此方につっこんでくる。

 刃に薄い水色や紫の燐光を纏っていることから、きっと戦技なのだろう、下賤な顔には似合わない完成された動きが繰り出される。


 でも――、


「――そんなの、無駄だ」


 大の男共が自分に特攻してくるというのに、恐怖感もなければ、危機感の一つとしてなかった。

 過度の怒りにより冷えてしまった俺の心は、そんなの感情を抱く事はない様だ。


 俺はあくまで冷えた心で、冷静に。


 剣を振るった。



「がぁっ!」

「ぎゃぅっ!」

「いでぇ!」


 俺が振るう刃が、面白い様に鎖帷子、革防具の継ぎ目に吸い込まれていく。

 そのまま体を捻る勢いで、一閃。

 

 バキンッ


 今度は足払いを混ぜ、二人程体勢を崩した所で落とすように一撃、持ち上げるように一撃。


 バキンッ、バキンッ


「うぉぉぉおおおおおっっ!!」

「うらぁぁあああああっっ!!」


 勇ましく怒号をまき散らしながら、剣を肩に担ぎあげ二人ほど突進してくる。

 しかしその突進は俺視点で言えば非常に遅く、のろい。


「――シッ」


 短く息を吐き出し、切っ先を目の前に構え、脇に引き絞る。

 そしてその反動を速度に変換し――、突き出す。突き通す。


 ドシュッと俺に右手に収まる翅剣が、革鎧を貫いて肉へと埋まっていく。その勢いは止まる事無く、柄の所まで貫いた。

 

「グふっ……」


 俺の翅剣まだ止まらず、そのまま右に薙ぐ。

 そのお陰で“突き刺された腹”は“切り裂かれた腹”へと変換され、横へと排出された翅剣はその勢いを保ったままとなりの男の脇腹を切り裂いた。

 

 バキンッ


 脇腹を切り裂かれた男は苦痛の叫びをあげながら、尚も剣を振りおろそうとする。

 しかし俺はのろすぎる斬撃を易々と避け、また下から思い切り斬り上げた。


 バキンッ



 ――ビュンッ!


 不意に、俺の耳に風を切る音が聞こえた。


 ……この距離で外す者はいないだろう。

 俺の右肩と左太もも、更に左わき腹には、木製の矢が生えていいた。


「ぐ、ぁっ……」


 俺の口から、初めて苦悶の声が出た。

 視界の端にあるHPのバーも、二割程削られた。


「やった! やったぞっ!」

「よしっ、このまま殺せぇ!」

「ヒャッハッハッハァァア!!」


 苦痛に顔を染め、移動を一度止めた俺に向かってそう叫ぶ。

 だが、やられっぱなしが満足できるほど、俺もそこまで出来てはいない。


「――――出来ちゃ、いないんだよ!!」


 ダンッ! と足を踏み鳴らし、弾丸の様に飛び出した。

 そのままの息を勢いを止める事無く、身体を捻る様に翅剣を回し、斬りつける。

 削りきれなかったHPを纏めて喰らい尽すように、翅剣が複雑な剣筋を描きながら俺に矢を放った三人の事を斬り伏せた。


 バキンッ、バキンッ、バキンッ


 その横でもうそこに居ない俺を狙いつけていた二人の弓狩人に向き直る。

 その顔は、急に俺が横に居た事に驚いたらしく、驚愕の表情を顔に張り付けている。

 そんな表情をほんの一時だけ頭の片隅の方に転がし、そのまま捨てた。捨てた時には俺の手は動き終わっていて、砕ける音が聞こえた。


 バキンッ、バキンッ


 この宿の掃除残りは後小さいゴミが二つと、大きいゴミが一つ。

 そのゴミたちを、俺は体に刺さりっぱなしだった矢を抜きながら見据える。

 ブシュッ、ブジュ、グジュッ……と、引き抜く際の肉の音が身体を通して響く。


「ひ、ヒィィィィイイイイイッッッ!!!」

「うわぁぁぁあああああ!?!?!?」


 何かのプレッシャーに負けたか、大きなゴミの横で唖然としていた二人の司祭装備の奴が、悲鳴をあげて駆けだした。

 その混乱と恐怖に染まった瞳の先に在るのは、宿の出口。

 何度も、何度も。

 自分の足に、自分の足をひっかけながら。

 不様に転びながら。


 それでも狂ったように床を這いずる二人の男を見ながら、俺は呟いた。



「――馬鹿か、逃がすわけないだろうが。ゴミ」



 ギュンッ、と身体が揺さぶれる感覚。

 自分の速度に自分の感覚がついて行けなかったみたいで、多少酔った感覚に襲われた。


 そして、そのままの勢いを保ったまま、思いきり二つのゴミの首を断ち切った。


 バキンッ、バキンッ


 カハッ、と掠れたような声が耳に届いたころには、割れる音も同時に聞こえていた。



「やぁ、ちょっと話しないか?」


 俺が軽く手を挙げてそう言う。

 すると、ビクゥッ、と少々大げさすぎる気もするが、大きいゴミはこちらを見て、口を開く。


「は、話だと……?」

「――――と、言うか、お願い(キョウハク)かな」 


 コツ、コツ。コツ、コツ、と。

 大分綺麗になった宿の中を、最後の汚れを落とす為に俺は歩く。

 そのまま自然な流れで、右手の翅剣を大きなゴミの首筋に押しあてた。


「これ以上、殺人なんてするんじゃねぇ」


 ゴミが口を開く前に、俺が続ける。


「それでも殺し続けるなんて言うなら、俺がお前の事を殺しつくしてやる。……Lvが1に戻るまで、だ」


 俺が、わかったか? と視線を送ると、首筋に刃に切られない程度で必死に頷いた。

 その動作に、俺は少し力を抜く。

 その事がゴミにも伝わってしまったのか、あちらも少し力を抜いたように感じた。


「それじゃ――――、」


 そう言って俺は翅剣を引いた。

 大きなゴミは明らかな安堵と、下賤な企みを思いついたような顔をした。

 ……まあ、それだけ。


「――――これは今ままでの殺しの分の罰だ」


 すぱーん……。

 

 高速で振られた剣により、最後の大きなゴミの掃除か終わった。



「…………終わりか」

 



 

 俺は宿の外を出た。



 ちょっと走りたい気分だ。



 俺は、走り出した。










   ◆◆◆





 ――――俺はこれからも、こうやってこの世界を生きていくんだろう。


 

 変えたいとは思わないし、変えられるとも思っていない。


 きっとこれはもう俺の一部として存在し、それはもう切り離せるものではない。 



 これは自分の身勝手な怒りで、これ以上にない位の偽善だという事は分かっているが、それでも……、俺はこれをやめる事が出来ない。したくない。

 

 なぜかこれをやめてしまうと、俺が俺じゃなくなってしまうような気がするから。 



 俺の勝手なエゴで、死んで行く人もいる。死なない人もいる。


 俺のエゴじゃ無くても、殺される人がいる。殺されない人がいる。


 例えそれがデータ上の仮初めの死でも、死は死であると思う。




 ――――だから、俺はこうする。



 この殺人の道に入ってしまった汚点を。

 

 この身が汚れる覚悟を背負って。


 殺して、殺して、殺して、そして殺しつくして。 


 

 そうやって俺の後ろだけは綺麗になった殺人の道にしたい。

 

 

 

 だから汚れを背負い込むのは、俺だけにしたい。


 他に人に――、


 どんな人にも――、



 この汚れは渡したくない。


 

 どんなに強い心を持つ人にも――、


 どんなに冷めた心を持つ人にも――、



 この汚れは渡したくない。




 ――――だから俺はこの道を歩み、歩むたびに殺し、掃除する。


 ――――そうすればきっと、俺が歩んできた道は綺麗になっている筈だから。




 

 ――――俺は……、自分勝手なエゴで、怒りで、掃除を続けようと思う。






 少し唐突な気もしますが、これで第一章はお終いです。

 次の章では、主人公はさらに最強度を増して帰ってくるはずです。

 詳しい(?)ことは下にある次章予告をどうぞ。















 汚れた宿の掃除をする俺は、これからも道は綺麗にしようと思った。




 ※※※次章予告※※※


 次章の舞台は今から三年後。

 主人公はこの世界に名を轟かせ、『処刑人』等という恥ずかしい二つ名まで押しつけられていた。


 そこは、やっと終わりが見えてきた世界の話――――。





 注:ちなみに、主人公の職業は暗殺者アサシンじゃないよ!!




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