023:周りはグレードアップしたが俺は
「兄さん、遅いです!」
「だっは」
唐突に、俺の腹に鈍い衝撃が走った。
何やら、アキホが俺の腹に右ストレートは決めてる。
かふっ……と息を吐き出しながら、俺の足から力が抜け、膝から崩れ落ちる――――なんことは無く、俺はそのまま直立不動だ。
転移門から出てきた直後にこの強襲だったが、ダメージは無い。HP的にも、痛覚的にも。
「魔法使いがなに殴ってるんだよ」
Lvアップのおかげ(?)で少々増えた腹筋を、ふんっと力む。
その勢いで少し俺の腹に沈みこんでいたアキホの拳が弾かれる。……なんだ、俺ってこんな事も出来るのか。やってみるもんだ。
兎に角、俺に弾かれたアキホを一瞥して、周りを見回す。
そこには見慣れて……は、いないが見た事のある顔が並んでいた。
長身痩躯、鈍色の金属鎧に包み、背中に大型のシールドと、腰には丁度良い感じに装飾されたの大振りの片手剣。確か《ファイター》をやってる筈のアロッズさんだ。
その隣には黒髪にメガネをかけた、ロムさん。相も変わらず線も細く、ローブの袖から出た腕は、針金のように細い。こういう身体的特徴は、Lv依存だから関係ないんだけど心配になる。
ロムさんの後ろに、隠れるようにして此方を覗いているのは、黒髪のおかっぱ少女。聖職者用のローブに包まれた小さな体躯は、俺を見て怯えているように見える。……地味にでも何でも無く、普通に傷つく。
その一歩前に出た所には、濃いめの青髪にスレンダーなシルエット。背には弓と矢筒が掛けてあり、腰には三十センチくらいの長さのあるナイフが差さっている。
そんなスイと不意に視線が重なる。瞬間、スイが笑ったような気がして、少し……ほんの少しだけ俺の顔が赤くなった。……え? お前じゃないって? いい気になるなって? ……すいません、ごめんなさい。
正面に居るナツ姉はアロッズさんの鎧とは少し違い、白を基調とした装備になっている。銀の髪や銀の瞳と相まって、全体的に白っぽい。
確かこのギルドの名前が《white my Heart》……、《私の純白の心》だし(この英語訳があってるかどうかは謎だけど、こんな世界だし中二っぽいギルド名なんだろう。たぶん)、白をイメージしてるのかもしれない。ギルドマスターだしな。
つえを片手に俺を殴って来たアキホも、心なしかローブが白っぽくなっているような気がする。髪が金髪だから、意外と似合っている……の、だろう。身内贔屓が働いてるかも知れんから、一概にはそう言えない。
こうやって見回した感想と言えば、全員が全員、装備がグレードアップしてる。誰一人の例外もなく。……いや、俺はその例外か……
とにかくその事は置いておく事にして、今度は町の方を見る。
ついさっきまでいた〈ドンプティン〉とは違い、こちらの町は爽やかで緑を取り入れた町になっている。
この町は〈ドンプティン〉でジメった気持ちを洗い流す目的でもあるのかもしれない。実際、あの町から引きずって来てしまったジメった空気から、解放された気がしないでもない。
「……で? その攻略に向かう王の塔って言うのはどこに?」
「ん? ――ああ、この街を出て南に向かった先にあるわ」
「じゃ、さっそく行きまっしょー」
ナツ姉答えてくれたから、走り出そうと腕を振り上げたら――
「まて」
「ぐえっ」
俺の口から首を絞められたカエルのような情けない声が漏れた。
ナツ姉が俺の襟首をつかんでいる。
どこかデジャブを感じた気がしたが、こんな事何百回と繰り返してる気がするから良く分からない。
「それより、あんたなんでまだそんな防具なのよ」
「えー……、今それ聞くか?」
俺は自分の服装を見下ろしながらぼやく。
言わずもがな、俺の装備は《スカウトセット》。浄化効果があるので、今は汚れ一つない。俺の一張羅(?)だ。
「後でリンさんの所に装備取りに行くんだけどな。それまではこの装備」
「それなら、取りに行った方がいいんじゃないですか?」
「いや、良いよ。今は王の塔の方が先」
アキホの指摘に俺はそう返して、もう一度南に向く。
「それじゃあ、行きまっしょう」
俺は歩き出した。……ここ重要ね、走ると首絞められるから。
◆◆◆
王の塔。
それはこの世界に存在するダンジョンである。
外観は直径五十メートルほどの円形の塔だそうだ。しかし、その中に一度足を踏み入れれば、中は異空間と化す。
明らかに五十メートルでは収まらないような空間が、何層にも重なっているのだ。
この塔は遠方からの視認が絶対に不可能だ。近距離……それこそ十メートルやそこらまで来ないと、輪郭すら見えない。この現象については分かっている事はないに等しく、まあ、システムの所為だろう、ということらしい。
そんな王の塔が、俺の目の前に在った。
名を《緑蜥蜴王の塔》というらしい。名前のこそ画数多いが、要はミドリ色のトカゲだ。べつにビビる要素など欠片も持ち合わせていない。
実際、初めて王の塔を目の当たりにした俺の意外と冷静だった。
「良し、行きましょう!」
ナツ姉がそう呼びかける。
ギルドのメンバーが呼び掛けに応じ、俺もそれにワンテンポ遅れる形で声を上げた。
そうやって、俺たちは進んでいく。
何やら装飾の凝った門を抜けると、中は疎らな形の石材で固められた通路だった。光源は存在していないが、妙に明るい。とりあえず、保険のためにも《暗視》を使用しておく。
そして何時でも戦闘が行えるよう、隊列を組んで歩いている。……しかし、一言申したい。
「――――なんで俺が一番前なんだよ!!」
そう言うことだった。
「何でって、それはこの中でお前が一番強いからだろう」
俺の問いに答えたのはアロッズさんだった。
この道中、この前では話せなかった男性陣(アロッズさんとロムさんね)と話し込んだおかげで、大分仲良くなった。
そして話しているうちに発覚した事実を一つ。
――この人、ナツ姉の事好きっぽい。
その事実に感づいた時には、『……。……負けるなセイジ……』と心の中で呟いてしまった。それと同時に、『ナツ姉はここで逆ハーレムか何かを作っていくのだろうか……』とも呟いた。ため息つきで、だ。
……っと、話を戻そうか。
とりあえず今の俺の現状。フィールドでは横についているだけだったはずの俺は、何時の間にやら、あれよあれよと押し上げられ、一番前を陣取っていた。別に欲しくなかったのだけど。
そしてその理由は、俺が強いから。
まあ、戦略的にはあってるんじゃないだろうか。でも、それでいいのか?
俺たそう聞いてみた。その問いの答えは、「良いんじゃないだろうか?」だそうだ。
うぅむ……なんか納得できないのだけれど、もういいや。かもーん、スーさん。レッツ・スルーだぜ! ……という訳で俺は開き直った。
「ならいいさ、俺一人で全部やっちまうからなっ!」
俺は腰の翅剣を抜き払った。
目の前に湧出した緑色の爬虫類に襲いかかる。
「おんどりゃぁぁああっ!!」
俺の翅剣が半分しか構成していなかった緑色の爬虫類を切り伏せた。
そっからの俺は軽くバーサーク状態だ。
「どぉぉ、あぁぁ、ほぉぉぉぉおおおおおおっっ!!」
◆◆◆
『王の塔《緑蜥蜴王の塔》が、ソロ[Snow]によってクリアされました』
あ、あれー? こっ、これはどういうこっとっかなーぁ……?
ちょっととぼけてみようかと思ったが、それは無理な話だった。
目の前には砕け散る途中の光の粒子が舞っている。ついさっきまで、俺に果敢に咆哮をあげていた《グリーンリザードキング:Lv42:KING》という、この塔の王の筈だ。
なんて見るも無残な姿に……
そんな風に考えていると、俺の居るホールみたいな部屋に一つの団体が入ってきた。
「あれ、もう終わった、の……!?」
最初に声を上げたのはスイだった。
スカウトだからか、一番乗りでここに入って来てその一言は、俺も良ーく分かる。
だって、俺もこの状況が今一わからない。
とりあえず通路を走り抜け、階段を駆け上がり、段差を跳び上がった。立ちはだかる緑の爬虫類は、全てを構成し終える前に実体となっている半身を斬り伏せてやった。
ある程度走り終え、階段を駆け上がった後に見つけた石造りのホールへと入ると、ひときわ大きな緑色の爬虫類が姿を現した。
そいつはさすがに一撃死、とは行かなかったけど、十数回の斬撃を見舞っただけで死んでしまった。戦闘開始から五秒程であった。
そのあとにアナウンスが聞こえ、ナツ姉やアキホ、スイ達が入って来たのだった。
要するに、俺はものの数分でこの王の塔を攻略してしまったらしいのだ。
……や、やっべー。変な風に俺の名前が広がらないといいけど……
緑の爬虫類の一撃死については、体が構成中だったからです。
構成中のモンスターについては、経験値が五分の一になる代わりに総HPが三分の一に減ります。
そのおかげで一撃死なわけです。
周りはグレードアップしたが俺は、緑の爬虫類を殺しつくしました。イエーィw
皆さんに、お知らせがあります。
このたびは私立受験が近づいてきたので、いったん休止します。
本当に申し訳ないんですが、勉強に本腰入れようと思いまして……
本当にすいません。
今現在出来てる話(この話と、前話)だけ投稿しますので、それで今年は最後となります。
年明けてもあまり投稿できる事はないと思うので(……むしろ、出来ないと思いますが……)本当にすいません。
必ず帰ってきて更新再開しますので、どうか見捨てず、お気に入りやらに入れておいてあげてください。
よろしくお願いいたします。
※※※休止期間に入りますが、出来ることならば、再開時にまた皆さんとお会いできることを切に願っています。※※※
玄野 洸