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と、言うかただの走りたがり  作者: 玄野 洸
第一章
22/36

022:すってんころりん、転んだ俺は

 翅剣で危なげながらも三匹を屠った後、俺は動けなかった。


「ぐ、ぬぬぬぬぬ……」


 足元の紫色の糸が、俺の両足に絡みついて外れない。

 下半身に力を込めて、捻り上げる。


「ぬ、おりゃぁぁ……」

 

 フッ


「……え?」


 ずってーん。


 

 説明しよう。

 俺が低い唸り声をあげた。唐突に紫色の糸が消える。俺、茫然。突然無くなった糸のおかげで俺の身体はすってんころりん。終わり。


 要約すると俺は今、尻もちついて転んでる。

 誰も見ていない。誰も見ていないはずなんだけど――、恥ずっ!


 俺は何も無かったかのように立ち上がり、お尻とパンパンと叩いて掃う。ひゅ~るるる~、と口笛吹きながら飛んでいった翅剣を取りに行く。

 転んでません。ええ、転んでませんよ?


 誰も信じてくれないような嘘を心の中で吐きながら、翅剣を抜く。

 俺はそれを一旦【アイテム】の所に戻す。少し落ち着こうと思うんだ。そう、落ち付け、おちつ――


 "ポーン"


『王の塔《小狼王の塔》が、ギルド《half.and.half》[ギルドマスター:ガンテツ]によってクリアされました』


 俺の心の内をさえぎるように響いたのはそんな音、そんな声。

 またあのギルドか……。こんな事だからああいった輩が力を付けて殺人なんかするんだよ。

 そんな風に息を吐くと同時に、また新しい音が耳に響いた。

 

 プルルルルルル


 一昔前の電話のような音。"コール"だ。

 とりあえず出ない理由もないので、出る。


「もしも――」

「もしもしゆき!? ちょっと手伝いなさい!!」

「え、何が!?」 


 ナツ姉……、唐突過ぎる。まずは用件話せ。

 いち早く落ち着いた俺がそんな風に言ってやると、ナツ姉ははっとして言いなおした。


「王の塔の攻略、手伝って」

「……はい?」


 少し冷静になろうか。


「今、何て?」

「だーかーらー、王の塔の攻略手伝って欲しいって話よ」

「いや、何で俺?」

「だって、あんた私の知ってる中で一番Lv高いのよ? ……そう言えばいくつになったのよ?」

「う、うーん? そ、それはまだ秘密」


 ここでうっかり「転職したからまだ1Lvだぜ!」なんて言おうものなら、転職の事でまた囲まれて問い質される。あんな経験もうヤだ。コワかったからね。

 向こうの方で怪訝そうな気配を感じるも、なんとか切り抜けた。


「で、何で王の塔の攻略なんか?」

「そりゃ当然でしょ?」

「……いや、まあ当然なんだけど、何で俺を誘う位切羽詰まった感じなのってこと」

「だって、もう《half.and.half》が三つも攻略してるじゃない? だから私たちも負けてられないってことよ」


 ……ん?

 ちょ、ちょっと待とうか。


「ちょっと待って。……今、"三つ"って言った? "二つ"じゃ無くて?」

「そうよ。ついさっきのとこも合わせて、三つ。数に物言わせてばんばん攻略して行ってるのよ」

「えっと、二つ目はいつに……?」

「ちょうど一週間前よ。朝方ごろに攻略したらしくて、噂を聞くまでまったく気がつかなかったわ」


 成程。

 そう言う訳で俺も気が付けなかったらしい。

 俺は基本、噂話に疎いからね。……というか噂話なんて聞いた事無いしね……。俺の対人関係ちっちぇから……。


 ――兎に角、そんな事は良いんだ。おいとけ。

 重要なのは《half.and.half》のギルドが力を付けてるってことだ。

 力を付ける事自体は良いだろう。ゲームのクリアにも関わるのだろう。……しかし。

 それはちゃんとした集団ならの話だ。


 全部が全部、という訳ではないが、あのギルドには汚れが混じってるんだ。

 これ以上力をつけられても、困るのだ。主に俺が。 

 

 それなら、行かなくてはいけない。

 力をつけさせないためにも。


「……行く」

「え?」

「俺、行くよ。王の塔の攻略に」

「本当!?」

「うん。行かない理由もな――――、あ」

「ん? どうしたの?」


 行くと決めて時点で色々考えてる内に、ある問題点が浮き上がってきた。

 単純すぎる問題だが、それ以上にどうやればいいのか見当がつかない。



「――――――俺、どうやって帰ろう……」


 

 そうだよ。どうやって帰ろう……




   ◆◆◆




 一旦ナツ姉からの"コール"を切った後。


「……う、ぅぅぅうむぅぅぅ……」


 唸っていた。

 一応安全(?)を考慮して樹の上であぐら掻いている。

 

 目下の俺の中での議題案は、この樹海から町への帰還方法について、だ。

 第一の案としては、一旦死ぬ。

 でもこれをやると一日タイムラグが出るし、何よりLvが下がる。せっかく転職できたのに戻されそうでヤだ。……いや、流石に大丈夫だと思うのだけれど。

 第二の案としては、当てなく走る。

 町へ行きつく可能性は今一高いとは言えないけれど、死ななくて済むしタイムラグも出ない。……少しなら、ね。たぶん夕方くらいにはなるだろうよ。

 

 俺としては、もちろん走る方がいい。

 でも、手っ取り早さとしては死んでしまう方が良い。早いし特に苦労もない。



 ……しかし、まあ。



「――――結局は走るけどね!」



 とうっ、と小さく声を上げ、樹の上から飛び降りる。

 地面に降り立った俺は、身体を落とし、両手の平を着く。やはりいつも通りのクラウチングスタートの体勢。   

 小さくタメを行った俺は、さしずめ伸びきったバネの様に、跳び出す。



「ヒャッッッフゥゥゥッ!」



 吐き出した息吹きがブースターにでもなったかのように、速度が跳ね上がる。

 AGIをプラス4した恩恵か。それとも、Lvアップの所為か……。


 久しく走って無かったからだろう。

 以前よりも、加速の上昇率が桁違いだ。

 こう走っている今も、どんどん速度が上がっている。自分が風にでもなったような感覚に囚われる。

 

 気持ちがいい。


 鬱蒼と茂る樹の葉を掻き分けながら、一つの線の様に、俺は駆け抜ける。

 


「いっっっぇぇぇぇええええええッッッ!!!」



 俺の速さが、もう一段階上がった気がした。

 また俺は一段と、風と化す。




   ◆◆◆




 結果報告しよう。


 俺は運がいいらしい。こういうときだけ。



 俺の目の前では、どーんと威風堂々の面持ちで一つの門が立っていた。そこに書いてあるのは、『湿った町〈ドンプティン〉』。なんか、懐かしい。

 懐かしむのもほどほどに、俺はナツ姉に"コール"をして合流を図る。


 プルルルル、と一昔前の電話みたいな音が鳴り、ワンコールでナツ姉が出た。はえ。


「もしも――」

「どう!? ついた!?」

「――着いたよ。ちゃんと着けた。俺にしては軽く奇跡だ」

「そうね。確かに」


 ホント奇跡だよね。

 きっと世界は俺を中心に回ってるに違いない。…………ごめんなさい、嘘です。


「それで、俺はどうすればいいのさ?」

「今どこに居るの?」

「ドンプティンの南門」

「そう。それなら、町の中に入って転移門ゲート通って〈リーザリア〉の町に来て」


 ……あれ? なんか聞き覚えのない単語が聞こえた気がするのは気のせい……?


「あの、ナツ姉。転移門ゲートって何?」

「へ? 知らないの?」


 あれ? これは常識なんでしょうかね?


「いや、知らない」


 "コール"の反対側から、怪訝そうな気配が漂う。な~ぜ~に~。

 

転移門ゲートって言うのは、一週間前の王の塔攻略で追加された施設よ。町と町の間なら一瞬で移動できる施設だけど……、何で知らないの?」

「ふぅむ……。あ、何で知らないかは後で話すよ。合流した時にでも」

「そう……わかったわ。じゃあ、早く来てよね〈リーザリア〉よ、リ・ィ・ザ・リ・ア~」

「あいあい。わーってるよ」


 そう言って、"コール"を切った。

 とりあえず、その転移門ゲートとやらを捜す。



 町を徘徊していくと、前回訪れた時と、大分町の雰囲気が違う事に気がつく。

 簡単に言うと、女性が増えてる。男女比率的には5:4くらいになってるようだ。町の雰囲気が、ほんの少し柔らかくなった気がする。……ほんの少しだがね。



 そんなやわっこくなった町を歩き回っていると、町の中心部に、前には無かった異様に大きな蒼色のクリスタルが鎮座していた。

 もしかしなくても、これが転移門ゲートというやつだろう。

 門の形は一切していないが、周りで青色のクリスタルに触れながら「転移、〈ユーレシア〉っ!」と叫んだ途端に消えていく少年の姿を見ていれば、嫌でもわかる。


 俺もそれにならうように右手を転移門ゲートに触れさせる。

 そして俺も町の名前を叫ぶ。


「転移――、転移……えと、なんだっけ……」


 

 忘れてた。

 俺の記憶はトリ並みか。


 とりあえずまたナツ姉に"コール"で確認を取った。少々の小言が痛かったが、スルーだ。スーさんの出番だぜ。

 ……いやー、助かった。スーさんスーさん、ありがとさん。


 俺の初めての転移は、なんかスッキリしない物となるようだった。

 

 

「転移、〈リーザリア〉……?」


 最後は疑問形だったが、ちゃんと転移出来た。



 行くぞ~、リ~ザ~リ~ア~♪




 










 すってんころりん、転んだ俺は、良く知らん町に転移しまさぁ。




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