022:すってんころりん、転んだ俺は
翅剣で危なげながらも三匹を屠った後、俺は動けなかった。
「ぐ、ぬぬぬぬぬ……」
足元の紫色の糸が、俺の両足に絡みついて外れない。
下半身に力を込めて、捻り上げる。
「ぬ、おりゃぁぁ……」
フッ
「……え?」
ずってーん。
説明しよう。
俺が低い唸り声をあげた。唐突に紫色の糸が消える。俺、茫然。突然無くなった糸のおかげで俺の身体はすってんころりん。終わり。
要約すると俺は今、尻もちついて転んでる。
誰も見ていない。誰も見ていないはずなんだけど――、恥ずっ!
俺は何も無かったかのように立ち上がり、お尻とパンパンと叩いて掃う。ひゅ~るるる~、と口笛吹きながら飛んでいった翅剣を取りに行く。
転んでません。ええ、転んでませんよ?
誰も信じてくれないような嘘を心の中で吐きながら、翅剣を抜く。
俺はそれを一旦【アイテム】の所に戻す。少し落ち着こうと思うんだ。そう、落ち付け、おちつ――
"ポーン"
『王の塔《小狼王の塔》が、ギルド《half.and.half》[ギルドマスター:ガンテツ]によってクリアされました』
俺の心の内をさえぎるように響いたのはそんな音、そんな声。
またあのギルドか……。こんな事だからああいった輩が力を付けて殺人なんかするんだよ。
そんな風に息を吐くと同時に、また新しい音が耳に響いた。
プルルルルルル
一昔前の電話のような音。"コール"だ。
とりあえず出ない理由もないので、出る。
「もしも――」
「もしもしゆき!? ちょっと手伝いなさい!!」
「え、何が!?」
ナツ姉……、唐突過ぎる。まずは用件話せ。
いち早く落ち着いた俺がそんな風に言ってやると、ナツ姉ははっとして言いなおした。
「王の塔の攻略、手伝って」
「……はい?」
少し冷静になろうか。
「今、何て?」
「だーかーらー、王の塔の攻略手伝って欲しいって話よ」
「いや、何で俺?」
「だって、あんた私の知ってる中で一番Lv高いのよ? ……そう言えばいくつになったのよ?」
「う、うーん? そ、それはまだ秘密」
ここでうっかり「転職したからまだ1Lvだぜ!」なんて言おうものなら、転職の事でまた囲まれて問い質される。あんな経験もうヤだ。コワかったからね。
向こうの方で怪訝そうな気配を感じるも、なんとか切り抜けた。
「で、何で王の塔の攻略なんか?」
「そりゃ当然でしょ?」
「……いや、まあ当然なんだけど、何で俺を誘う位切羽詰まった感じなのってこと」
「だって、もう《half.and.half》が三つも攻略してるじゃない? だから私たちも負けてられないってことよ」
……ん?
ちょ、ちょっと待とうか。
「ちょっと待って。……今、"三つ"って言った? "二つ"じゃ無くて?」
「そうよ。ついさっきのとこも合わせて、三つ。数に物言わせてばんばん攻略して行ってるのよ」
「えっと、二つ目はいつに……?」
「ちょうど一週間前よ。朝方ごろに攻略したらしくて、噂を聞くまでまったく気がつかなかったわ」
成程。
そう言う訳で俺も気が付けなかったらしい。
俺は基本、噂話に疎いからね。……というか噂話なんて聞いた事無いしね……。俺の対人関係ちっちぇから……。
――兎に角、そんな事は良いんだ。おいとけ。
重要なのは《half.and.half》のギルドが力を付けてるってことだ。
力を付ける事自体は良いだろう。ゲームのクリアにも関わるのだろう。……しかし。
それはちゃんとした集団ならの話だ。
全部が全部、という訳ではないが、あのギルドには汚れが混じってるんだ。
これ以上力をつけられても、困るのだ。主に俺が。
それなら、行かなくてはいけない。
力をつけさせないためにも。
「……行く」
「え?」
「俺、行くよ。王の塔の攻略に」
「本当!?」
「うん。行かない理由もな――――、あ」
「ん? どうしたの?」
行くと決めて時点で色々考えてる内に、ある問題点が浮き上がってきた。
単純すぎる問題だが、それ以上にどうやればいいのか見当がつかない。
「――――――俺、どうやって帰ろう……」
そうだよ。どうやって帰ろう……
◆◆◆
一旦ナツ姉からの"コール"を切った後。
「……う、ぅぅぅうむぅぅぅ……」
唸っていた。
一応安全(?)を考慮して樹の上であぐら掻いている。
目下の俺の中での議題案は、この樹海から町への帰還方法について、だ。
第一の案としては、一旦死ぬ。
でもこれをやると一日タイムラグが出るし、何よりLvが下がる。せっかく転職できたのに戻されそうでヤだ。……いや、流石に大丈夫だと思うのだけれど。
第二の案としては、当てなく走る。
町へ行きつく可能性は今一高いとは言えないけれど、死ななくて済むしタイムラグも出ない。……少しなら、ね。たぶん夕方くらいにはなるだろうよ。
俺としては、もちろん走る方がいい。
でも、手っ取り早さとしては死んでしまう方が良い。早いし特に苦労もない。
……しかし、まあ。
「――――結局は走るけどね!」
とうっ、と小さく声を上げ、樹の上から飛び降りる。
地面に降り立った俺は、身体を落とし、両手の平を着く。やはりいつも通りのクラウチングスタートの体勢。
小さくタメを行った俺は、さしずめ伸びきったバネの様に、跳び出す。
「ヒャッッッフゥゥゥッ!」
吐き出した息吹きがブースターにでもなったかのように、速度が跳ね上がる。
AGIをプラス4した恩恵か。それとも、Lvアップの所為か……。
久しく走って無かったからだろう。
以前よりも、加速の上昇率が桁違いだ。
こう走っている今も、どんどん速度が上がっている。自分が風にでもなったような感覚に囚われる。
気持ちがいい。
鬱蒼と茂る樹の葉を掻き分けながら、一つの線の様に、俺は駆け抜ける。
「いっっっぇぇぇぇええええええッッッ!!!」
俺の速さが、もう一段階上がった気がした。
また俺は一段と、風と化す。
◆◆◆
結果報告しよう。
俺は運がいいらしい。こういうときだけ。
俺の目の前では、どーんと威風堂々の面持ちで一つの門が立っていた。そこに書いてあるのは、『湿った町〈ドンプティン〉』。なんか、懐かしい。
懐かしむのもほどほどに、俺はナツ姉に"コール"をして合流を図る。
プルルルル、と一昔前の電話みたいな音が鳴り、ワンコールでナツ姉が出た。はえ。
「もしも――」
「どう!? ついた!?」
「――着いたよ。ちゃんと着けた。俺にしては軽く奇跡だ」
「そうね。確かに」
ホント奇跡だよね。
きっと世界は俺を中心に回ってるに違いない。…………ごめんなさい、嘘です。
「それで、俺はどうすればいいのさ?」
「今どこに居るの?」
「ドンプティンの南門」
「そう。それなら、町の中に入って転移門通って〈リーザリア〉の町に来て」
……あれ? なんか聞き覚えのない単語が聞こえた気がするのは気のせい……?
「あの、ナツ姉。転移門って何?」
「へ? 知らないの?」
あれ? これは常識なんでしょうかね?
「いや、知らない」
"コール"の反対側から、怪訝そうな気配が漂う。な~ぜ~に~。
「転移門って言うのは、一週間前の王の塔攻略で追加された施設よ。町と町の間なら一瞬で移動できる施設だけど……、何で知らないの?」
「ふぅむ……。あ、何で知らないかは後で話すよ。合流した時にでも」
「そう……わかったわ。じゃあ、早く来てよね〈リーザリア〉よ、リ・ィ・ザ・リ・ア~」
「あいあい。わーってるよ」
そう言って、"コール"を切った。
とりあえず、その転移門とやらを捜す。
町を徘徊していくと、前回訪れた時と、大分町の雰囲気が違う事に気がつく。
簡単に言うと、女性が増えてる。男女比率的には5:4くらいになってるようだ。町の雰囲気が、ほんの少し柔らかくなった気がする。……ほんの少しだがね。
そんなやわっこくなった町を歩き回っていると、町の中心部に、前には無かった異様に大きな蒼色のクリスタルが鎮座していた。
もしかしなくても、これが転移門というやつだろう。
門の形は一切していないが、周りで青色のクリスタルに触れながら「転移、〈ユーレシア〉っ!」と叫んだ途端に消えていく少年の姿を見ていれば、嫌でもわかる。
俺もそれに倣うように右手を転移門に触れさせる。
そして俺も町の名前を叫ぶ。
「転移――、転移……えと、なんだっけ……」
忘れてた。
俺の記憶はトリ並みか。
とりあえずまたナツ姉に"コール"で確認を取った。少々の小言が痛かったが、スルーだ。スーさんの出番だぜ。
……いやー、助かった。スーさんスーさん、ありがとさん。
俺の初めての転移は、なんかスッキリしない物となるようだった。
「転移、〈リーザリア〉……?」
最後は疑問形だったが、ちゃんと転移出来た。
行くぞ~、リ~ザ~リ~ア~♪
すってんころりん、転んだ俺は、良く知らん町に転移しまさぁ。