017:初めて料理と呼ぶ物を食べた俺は
風呂から出た俺は、赤黒い水玉から純白に戻った(これは人が掃除したのではなく、自然に浄化されたのだろう。どれだけ俺は風呂に入ってたんだろうか)ベットの上に転がる。
のぼせた後は、浴槽から出てそのままちょっと倒れた。
湯に濡れた体で風呂場で倒れている俺が見つけられれば、どこぞの殺人事件だよっ! と叫んでたはずだ。
まあ、再起した時には身体も乾いていたので、特に何も無かった。むしろ拭く物を用意していなかった事に気が付いたから、乾いてくれてよかった。
そのあとはアイテム欄の中のトランクス(ちゃんとあってよかった。ホントに)を取り出し、穿く。やはりそう言う類の感触は現実の物と何ら遜色のないものだった。
ちゃんと《スカウトセット》も装備した俺は、昼前の『殺し』の戦利品の整理をする事にした。
アイテム欄を物色していくと、増えていたのは以前俺が買った【HPポーションLv2】と【MPポーションLv2】の更にツーランク上の、【HPポーションLv4】と【MPポーションLv4】と言う物が増えていた。
それに、よくわからない物で、【始まりから湿りへ:~小鬼王の道中絵巻~】なんていう物があった。
出して確認してみると、長さ四メートルはありそうな長い絵巻だった。道筋が異様に詳しく書いてある。細かい。
……あいつ等、結構良い物もよく分からん物も色々持っていやがる。
まあ、あの口ぶりや手際の良さなどを考えると、PKを結構やっていたようだから、納得もいく。
自分でやってわかるが、コレは結構な収入になる。
お金も結構手に入るし、アイテムもいっぱい手に入る。
……まあ、こんな理由で『殺し』をする奴らの事はこれっぽちも理解したくないが。
そう言えばあの糸目のガキが売っていた【煙玉Lv1】、【インスタント落とし穴Lv1】、【インスタント姿くらましマントLv1】、【毒針Lv1】、【毒矢Lv1】、等々が、結構な量が入ってる。
もちろん、俺は使うつもりはないから(俺の――……あれだ、生き方に反する。猛毒とか使ってるけど、それは俺の武器の能力であって、こういったアイテム等の小細工は使わないのが主義だ。でも、不意を突くのはアリ)、全部売ろうと思う。
正直言えば、こんなものより食い物が欲しかった。
そうして俺は売るもの、残すものを分別しながら、そのあとの時間を過ごした。
◆◆◆
不意に、部屋がノックされる。
「すいませんスノウさん。夕食が出来たんですけど、お食べになりますか?」
ドア越しに、そう問われる。
予想外の出来事であったが、もちろん了承した。オー、ハングリー!
下に降りてカウンターを通り過ぎ、奥の方へと進む。
まぁ、それほど奥まったとこに行く訳もなく、五メートル位の縦長テーブルと両側に計十脚の椅子が並べてある。
その上には、まだ俺が来るとはわかっていなかっただろうに、テーブルの上にはすでに食事が用意されていた。
何やら知らない魚のムニエルと、たぶんグラタン。それと琥珀色のスープに瑞々しそうな野菜のサラダ。
ヨダレが出てくる。冗談抜きで。
「これ、本当に食べていいんですか?」
「ええ、もちろんです。宿の代金には食事代も含まれてるんですから。素材にはそれなりにこだわっているので、期待してくださって結構ですよ」
ぼーぜんと呟いた俺に、リューネさんは薄く微笑む。
俺は席に着く。
「いただきます!」
パン、と手を合わせそう声を上げる。
そのまま傍らのフォークとスプーンをとり、口に放り込んでいく。
虫肉の様な、単純ながらに深い味わいとは異なり、調理したからこその複雑な味の重なりが俺の口内を刺激する。
「……う、うめ~」
感動し過ぎて目から勝手に塩水が流れる。
貴重(?)な塩分を失う訳に行くかと止めようとするのだが、そのたびに「ひっく……うぇっく……」と嗚咽になる。
久しぶりに食べた文明的な味に、俺の身体――所詮データなのだが――が歓喜の叫びをあげる。むしろその叫びをあげる前に塩水を垂れ流してる。
喋るために口を動かすのではなく、ただ目の前にある料理を食す為だけに動く。
後ろのリューネさんが、突然泣き出した俺にちょっと引き気味である事はなんとなく気配で予想が付くが、それにかまっている暇は俺には無かった。
ガツガツと目にも止まらぬ速さで口の放り込んでいく。
一瞬、自分でもどうやって料理を口に運んでいるのか分からなくなるほどの速度。
食への執着って本当に凄い。
そんな事実を、ゲームの中で、改めて自分の身で感じる事になるとは思わなかった。
◆◆◆
――――ズズズっ
鼻を啜る音が、俺の食事の終了を告げた。
「ごちそう……、さまでした……」
「お、お粗末さまでした……?」
何故疑問形なのかは聞かずに、俺は鼻をもう一度啜る。
目じりの塩水はもう乾いていた。
「すいません。あの……なんで泣いてたんですか?」
ごもっともな疑問である。
俺だって目の前で食事中に突然泣き出したらこうなる。……と言うか、良く食事中に聞かなかったものだ。
俺だったら絶対聞く。そして泣いてる俺だったらどんな大声で聞かれても、たぶん聞こえない。
「え、えっとですね、最近……、と言うかこれまで料理と言う料理を食べて無かったので……なんか感動して……」
リューネさんが驚きに目を見開く。
分かります、その気持ち。自分で言ってて「なに言ってんの、コイツ……」って感じなのはわかってます。
しかし、実際その通りなのである。俺はこの世界に来て一度も料理と言える料理は食べた事が無かった。
「それって……どういう……?」
「まあ、一応そのままの意味なんですけど……」
「……?」
何時までたってもリューネさんは疑問顔だ。
しょうがないから、俺は無理やり締めくくる事にした。
「ま、気にしないでください」
こんな感じに若干強引に締める。
質問は受け付けません。ハイ。
そのままちょっと談笑してから、俺は部屋に戻り、寝た。
天国の様な寝心地だった。
◆◆◆
朝、目が覚めた俺はまたもリューネさんに朝食をもらい、すぐに町へと繰り出した。
先日はプレイヤーに物売ってなんか吃驚仰天な事に巻き込まれたから、今回はNPCに売ってみようかと思う。
市場操作のためにNPCへの売却額は少なめに設定してあるそうだが、今は金より安全だ。あ・ん・ぜ・ん。
商店街へと赴き、短く髪を刈り揃えた二十歳くらいの青年に声をかける。もちろんNPCだ。
「すいません」
「あ、いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
「ちょっと、物を売りたいなー、と」
「わかりました。では……」
そう言って、青年が指先を振る。
その動作がキーとなり、俺の目の前にウィンドウが現われる。
俺はその中に例の小細工アイテムを放り込んでいく。それと同時に、相手側の金額が上昇していく。NPCに売る場合は、もう金額が決まってるから一つ入れればその分上がっていくようだ。
ポンポン放りこんでいくのと同じく、買い取り価格もズンズン上がっていく。――と、そこでほとんど同一の変化しか起こって無かった金額が大きく変化を見せる。
「――おお?」
自分でも思わず声をあげてしまうほどの巨大な変化。
それまでは100,200程度の小さい変化だったのに対し、それを入れるとなんと、いきなり10000(!)も上がった。
桁が違う。ケタが。
文字通り、全く別物だった。
まさかゼロが二個も増えるとは、なんたる予想外。
なにがこんなに高額なのか、俺は指先の文字を確認すると――
【始まりから湿りへ:~小鬼王の道中絵巻~】
コレかよっ!
なんだコレ! そんなに重要なものなのか!? 俺にゃ分らん! なぜこんな小鬼の珍道中が面白可笑しく書いてあるだけの巻物がこんなに高額なんだ!? 誰か教えて!!
「あの、なんでコレこんなに高いんですか?」
とりあえず目の前の青年に聞いた。
NPCだからある程度決まった答えしか出来ないのかもしれないけど、ダメで元々だ。……つーか商人ならそんくらい知っとけ!
「え? ――ああ、これですか。これはですねとある業者がこの絵巻を欲しがっていて、高値で買い取ってくれるらしいんですよ。……と、行っても、私はその買い取ってくれるところの事は知らないんですけどね」
最後は苦笑気味に、青年はそう締めくくった。
俺は、なんだそれ……と軽く顎を外しそうになった。
――それはともかく、売れるなら売ってしまおうか、と俺はそれを相手側に放りこんだままにして、尚もアイテムを入れ続けた。
その結果は――、
[27840EL]
なんだ、コレ……
いや、本当になんだコレ。
俺はこの前の『殺し』で手に入れたアイテムしか入れていないはずだ。あの絵巻だけでも10000ELだが、それ以外の物で17840ELにも達した事になる。
儲かり過ぎだろ!
ちょっと叫びそうになるのをこらえて、俺は指先で了承のボタンを押しこむ。
そして俺の有り金は何と45000オーバーとなった。この短期間で儲かり過ぎ。
俺は店番している青年に別れを告げ、歩き出した。
そして歩いたのはどの位だろうか。
「――あっ! お前!」
突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと、燃えるような短い赤い髪をワックスでも使ったかのようにツンツンに立たせた男が、俺の方を指差していた。
ガッシャガッシャと重装備――とまではギリギリ行かない鉛色の金属の鎧を付けたその男はこちらにどんどん近づいてくる。
なんか見た事がある気がするんだけど、思いだせない。
こう、自分の中でもそれなりの容量使ってたヤツの筈なんだけど、何時間垂らしても釣り針に魚がかからないみたいに、全く引っ掛からない。
「おい! 俺だよ俺! 気付け!!」
なんだろ? 首を捻ってる俺の前に着た赤髪の男は、自分の顔を右の指先で指差しながらそう叫んだ。
尚も俺が、新手のオレオレ詐欺か? まだ無くなってなかったんだ……なんて考えていると、今度は赤髪の男が俺の肩を掴んで、ぐわんぐわんと揺らしてくる。
俺はされるがまま。
「あーっ! 何でわかんねえんだよ! お前……、キャラネームは知らねえけど"冬紀"だろ!? まだわかんねえのか!?」
な、なにぃっ!
ほ、本名まで知られてるっ!
こ、ここここここまでディープなストーカーがここに居るなんて事が!?
――なんて馬鹿な事をさすがに口に出す事もなく、唯一浮かんだ名前を口にした。
「…………誠二?」
俺がそう言うと、赤髪の男――神田誠二は俺の肩を掴んだまま、脱力するように崩れ落ちた。ガタイの良い身体に引きずられて、俺も座り込む。
「――つーか、何で気がつかねーんだよ……」
俺はそれに苦笑気味に返した。
「は、はは……。す、すまん。マジで」
初めて料理と呼ぶ物を食べた俺は、泣いたあげく、旧友と再会する。