014:町の宿で夜を明かした俺は
カウンターで潜む事三十分。
スキルの【隠密:Lv48】が効いているのかいないのか知らないが、いまだ見つかっていない。お客が来てないのも見つかっていない理由の一つだ。
しかし、本当にどうしたものか。
このまま隠れている訳にもいかないというか、時間が立てば必ず見つかるだろうから、速くこの状況の打開策を打ちたてなくばならない。
「それにしても、お客さんが来ないわね……。ちょっと値上げしたのがまずかったのかしら」
お姉様(?)のひとりごとを聞き流す。
もしかしたらここは結構お高い宿なのかもしれない。俺が入れもしないようなセレブが使いそうな感じ? 外観がアパートの様だといっても、部屋自体は最高級だったりするのかもしれん。
今の時間は多分夜の八時とか九時くらいだと思う。たぶん、であるが。
窓の外は黒く染まっているのがここからでもわかる。
兎に角、これからどうするかだが……
……基本現状保持で行く!
ヘタレとか言わないで。
この行動にヘタレ要素があるかわかんないけど言わないで。
そうと決めた俺はカウンターを一つへだてたところで蹲ってる。それはもう宿にこもるヤドカリの様に……。
――――俺に宿は無いけどね!
◆◆◆
つんつん
頬が、何か細い棒の様な物でつつかれている。
俺は樹海でゲットした(むしろしてしまった)即起きスキルを使用して、目を開く。
窓から溢れた鋭い朝日が俺の眼を襲う。即起きスキルが備わっているとはいえ、起きてすぐの瞳に朝日直撃はキツイ。なかなかクルものがあ――――、朝日……?
無遠慮に瞳を刺激する朝日にようやく慣れた俺は二、三度瞬きを繰り返してみる。
目の前には箒を逆さに持って柄の方をこちらに向けたまま固まる黒髪を結い上げたお姉様がしゃがみ込んでいて――――
「うおぁっ!?」
「ひぃっ!?」
突然声を上げた俺に驚いたのか小さく悲鳴を上げる。悲鳴を上げたいのは俺もだ。
「――――えっと、あなた、誰? どこから、いつ入って来たの?」
……えっと、俺は誰だ? ――スノウ、旅人(?)だ。
……俺は、どこから、いつ入って来たんだ? ――入口から、夜に入って来たんだ。
質問の答えは俺の中ででそろった。あとは答えるだけだ。よし、行け。
「俺はスノウ。旅人で、そこの入り口から、夜に入って来た」
俺は右手で光の漏れる入口を指差しながらそう答える。――そう言えば何で今、夜じゃないの?
「……夜?」
「そう、夜。――夜……?」
何故かどちらも疑問形だった。
無理もない。今は朝で、夜という事は昨日だ。……あれ? 俺、宿屋にまで来てカウンターで夜明かした? しかも起こされなかった? 見つからなかった? ……何という俺の隠密スキル!
「あの、どうしてここに?」
もっともな疑問だった。
俺も一瞬忘れかけた。
「あ、ええっとですね、昨日泊まろうと思ってなかに入ったら受付の人が寝てまして、その姿が凄い可愛いとか言って悶えてるうちに受付の人が起きちゃって、なんか出るタイミング失っちゃいまして、そのまま……」
なんか頭の中を色々なモノがグルグルと回って上手く口にできたかわからなかった。たぶん上手く出来てない。
「では、うちのお客様だと……?」
「ええ、まあ、予定では……?」
またどっちも疑問形になってしまった。どうする……。どうすれば……っ。
そんな風に会話の糸口を見つけようと必死になっていると、向こうから話しかけてくれた。
「ちょ、ちょっと待ってください、さっき『受付の人が寝ていて、その姿が凄い可愛いとか言って悶えた』って言いました?」
「ええ、ハイ」
話を振った、というのとはいささか違うかもしれないが、とりあえず半自動で俺の口が動いた。なんか凄い事を肯定した気がするけど、もう取り消せない。
「えっと本当に?」
「もちろん」
「その、受付の人って、コレ……?」
お姉様が自分の顔を指さす。
俺は特に否定する事もなく、コクンと頷いた。というか否定する意味がわからない。実際可愛かったし、悶えたのも事実だ。
……しかし俺は一つ忘れてた。目の前のお姉様は俺が眠りに落ちてしまう前、言っていたではないか。
――――こんな姿、見られたら一生の恥だわ。本当によかった……。って――――
(…………オーマイガッ! 俺とした事が!!)
心の中で小さく叫んだ。
俺の失敗を見せつけるかのように、目の前のお姉様の顔が真っ赤に染まる。それが寝顔を見られた羞恥故である事はすぐわかった。わかってしまった。……だって言ってたの聞いてたし。
「…………あぅ」
真っ赤になった顔を隠すかのように両手で顔全体を覆う。
それに伴って左手に握られていた箒がカランコロン、と音をたてて床に転がった。
ほら! こういうのがズルイんだよ! だって可愛いじゃないか!!
そんなわけで俺は鏡を合わせたようにして自分の顔を覆った。
そしてそのまま、お互いにチラチラと指の間から視線を通わせながらまた指を閉める。あー、もう! 俺はどうしたんだ!?
俺はもう俺がわからなかった。
長めの前髪に隠れるようにしてひっそりと在る紋章を見つけ、ついでにこの人NPCじゃねえか、と今さら気が付いた。
こんなNPC反則だろ……、と俺は蚊の鳴くような声で呟いた。
まだ顔は熱かった。
◆◆◆
これまでの事は、とりあえずカウンターへと戻ったリューネさん(さっき頑張って名前を聞いた)への説明し終わった。
ついさっきまで俺も少し顔が赤かったが、いい加減戻るために最近お留守だったスルースキルさんに来てもらって、スルーしてみた。一発で治った。
……ようは気にしなければいいんだ。そう言うことか。すまなかったルーさん(スルースキルさんの略。特に深い意味があるわけでは無いが)、最近ないがしろにしてて。これからも俺を助けておくれ。
「――――ま、そう言う訳で俺は泊まろうと思ったわけです。……結局泊まれませんでしたが」
「そ、そう……です、か」
所々途切れた言葉で、リューネさんがそう返事を返す。
彼女はまだ顔が赤いままだ。俺の中のルーさんよ、戻してやってくれよ。…………なに? 範囲外? ……そりゃしゃーない。
とにもかくにも、説明を終えた俺はここをとっとと立とうと思う。
だってルーさんいる俺でもこの状況が続くとつらそうだからだ。
「えっと、じゃあ、俺はこれで」
「……はい。夜は……、どうしますか?」
「あー、ええっと、ここまでたどり着けたら泊まります」
「そう……、ですか。よかったら、是非泊まってください」
彼女はいまだ真っ赤のままそう答える。
俺はそれに会釈で返し、そのままクルッと背を向け扉へと歩き始めた。背後から視線を感じない事もないが、それを気にする事を俺はしない。
なぜなら俺の中でルーさんがちゃんと仕事してくれてるからだ。
俺はそのまま日が昇った街中へと躍り出た。
――――そう言えば『ルーさん』って呼称は、どこぞの『ルー何柴さん』を脳裏に浮かばせそうだよね。……今度からヤメヨ。
◆◆◆
商店街でここら辺の地図をあらかた買ってから、町の外を出た。
この前入って来た入口――北門の反対側の、南門から今回は出てみた。やっぱり湿った町の近辺であるから、湿原くさい。草とか木は少ないけども。
フィールドを歩くと三十分。まだ敵に端遭遇していない。――――が。
なんか……、俺…………
(――す、ストーカーされてるっ!!)
最近の俺は、どうなってるんだろうか。
モンスターの大群に追いかけられ、でっかい樹に追いかけられ、挙句の果てにプレイヤーからも追いかけられるってどういうことだ!!
マジでどうなってるんだ! 教えてくれスーさん!(スルースキルさんの略。ルーさんは芸能人のほうがあんま好きじゃないからやめた。他意は無い) ……なに? こっちこそ教えろ? ムチャだ!
とっにっかっくっ!
俺の【索敵】スキルの常に24メートルに四人の人影。付かず離れずの塊が一定の距離を保ったまま行動している。
気が付いたのは町を出てフィールドに入ってからすぐだった。
出てすぐに【索敵】のスキルを使用した時に、遠くの方で四人パーティがかかったので、俺とおんなじくらいの時間で出たのかな? と特に気にしたことも無かったんだが、何時までたっても付いてくる。本当に。
絶妙のタイミングを使い、俺がさりげなく振りかえっても人影一つ見えない。……が、【索敵】スキルにはしっかり表示されてる。
一瞬、幽霊かなんかかと思った。一瞬だけど。
特に俺に攻撃意識は持ってはいないようで、俺から見える光点は黄色表示だ。
これが攻撃意識――というか攻撃を行うと、もしくは戦技や魔技等の呪文詠唱などを行うと、赤色表示に変化するそうな。要はモンスターのアクティブ、ノンアクティブと同じらしい。
おー、こわこわ。
……と、そこで何か四人のうちの一人が別行動をとり始めた。
小さなマップ上ではあるが、どこかのゴキブ――、Gをふっとうさせるような異常に速いコソコソとした走りで、俺の右側を半円上に迂回していく。やっぱり俺との距離は距離は24メートル。……なんだ、そんなに好きなのか24メートル。
そのまま俺の前方まで来ると、いっきに直線ダッシュをした。……なんだ、24メートルは捨てたのか。残念だ……
いくら遠いとはいえ自分の前方に居るはずだから、見えると思ったのだが、それらしい人影はに見えない。
偶にもやっ、と霧が霞むような黒いモノが見える。……もしや、あれが……? だとしたらホントに幽霊さん……?
ここはデータの世界なのだから本当にそんな輩がいるとは思ってはいないが、なんかよくわからないモノは怖い。正体がわからないモノは、やはり少し恐怖が湧く。
……まぁ、今回のはそんなに怖いわけじゃないけど。
そんな風に考えながらスッタスタと歩いて行く。
そう言えば今日、俺走って無い……。たぶん、あれだな。ストーキングされてるから。なんかいつも以上に気が張ってるのかも。
そこで俺はちょっと気が付いた。
「そうだよ。その事スルーしちゃえば問題無いんじゃ――――おごぼぁあ!?」
突然、何の前触れもなく、地面が、崩れた。
俺は想定外すぎる展開に全くついて行けず、変な悲鳴を上げた。
小さな堀の様になった地面に足を取られ、俺は呆気なく転ぶ。そりゃあもうマヌケなくらいに。
「――いっつつ……」
俺は小さく呻く。
尻もちついたので、とっても痛い。鈍い痛みが余計にツライ。
そこで、視界の端に映る小さなマップの中の、いつの間にか四つに戻っていた黄色い光点の内の三つが――、
――――赤く、染まった。
「――――ッ!!」
町の宿(※注:カウンターです)で夜を明かした俺は、今度はモンスターじゃなくてヒトにストーキングされた。