012:ジメった場所を抜けた先で俺は
ついさっきまで脇腹にぶっ刺さっていたところを癒すために、俺は【HPポーションLv1】を口に含まずそのまま傷にかける。
しかし一本では回復が始まらず、俺はもう一本取り出してもう一度かけた。やっと回復が始まる。
じゅくじゅくといやな肉の音が俺の脇腹から聞こえてくる。だがそれは数秒程で収まり、一度確認するともうすでに俺の脇腹に傷は無かった。
先にもやったとおり、ポーションには二通りに使い道がある。
一つはそのまま飲み、HPという数値的な体力と精神力にも近い体力を回復する方法。
一つは傷口に直接かけ、HPのほかに傷の処置を一度に行う方法。この方法だとHPの回復は五分の一程度まで下がってしまうが、傷等の持続ダメージ(HPというよりも、痛みに耐える精神面へのダメージ)を回復するのに効果的らしい。
……全部リンさんの受け売りだ。あの人は何でも知ってる俺の知恵袋である。お婆ちゃんの知恵袋、みたいな感じ?
「――――っ?!」
び、びっくりした……
なんか寒気がしたからリンさんに聞かれたのかと思った……
タイミングが良すぎるのも困りものだ。よし、"知恵袋"は言っても"おばあちゃんの知恵袋"は絶対に言わないようにしよう。うん。
俺の感が告げている。言ったら絶対修羅が出る、と。
「うーん……さて、どうしよう……」
俺は呟きながら、首を捻る。
周りはジメジメとした湿原、真上は太陽がサンサンと照る雲ひとつない青空。そんな矛盾した風景の中で俺は、今からどうするかを考えていた。
「帰らないと、だよな」
暑苦しく高々と照る太陽を仰ぐ。
そんな太陽に反して周囲の空気はジメジメしたままだ。どうやら周囲の気候はフィールドの方が優先されるようだ。
「――つーか、もう野宿は嫌だ。近代的であのほっかほかでもっふもふのベットが恋しい」
そうだ。もう野宿は嫌だ。絶対に俺は町に帰る!
そんな決意を俺を固めた。
「――――いや? 意外と野宿もいいのかもな。あの外独特の草木の香りとか、夜の香りとか……」
何か改めて決意を固めてみると、野宿もいいかなー、と揺れる俺がいる。どうした俺。なんか野生児臭くなってるぞ俺。
俺は町に辿り着くための決意が無くならない内に俺は足を動かし始めた。
「うん。まだ、まだ走るなよ俺。町が見えてから走るんだ。そう、町が見えてから……」
どうもこんぐらいの呪文めいた物を呟き続けないと一人では歩けないらしい。どうした俺。マジでどうした。
現実に居た頃はこんなに酷くなかった。きっと、周りに広がる大自然な景色がそうさせるんだ。こんなファァンタジィィーックな世界が俺を走りへと駆り立てるんだ。
これは現実に居た時も変わりなかったな、と歩きながら思う。
去年、頑張って金貯めていった沖縄旅行でもこんなんだった。夏姉と秋穂に白い目で見られたのは記憶に新しい……という訳でもないが覚えてる。うん。
そんな現実での思い出を頭に浮かべながら俺は、歩き始めた。
…………ちなみに浮かんでいる主な思い出は「サーターアンダギーとかちんすこうとかむちゃくちゃ美味かったなぁ、また食いてぇなぁ……」である。
もう少し……、景色とかの綺麗な思い出が浮かべられる俺でいてほしかった。
――――まぁ、そんなことを俺に期待しても無駄なことは俺自身がよーく解っているのだが。
◆◆◆
どれくらい歩いただろうか、時間にして四時間。途中に戦闘もあったから、実質歩いたのは三時間くらいかもしれない。
俺はやっとお目当ての物を見つけ、感極まって思わず声を上げた。
「ま、町やぁっ!」
この際エセ関西弁なところは気にしない。
いや、本当に長かった。ジメジメの湿原を抜け、そしてまた違った湿原を抜け、更に比較的木が多めの(前の二つに比べてほんの少しだけ、だが)湿原を抜け、ようやく町が見えた。眼前にはまだ少し湿原が広がっているが、なんかもう疲れた。
湿原湿原湿原湿原……、そしてジメジメジメジメジメジメジメ……。
なんか気が狂うかと思った。
走りたいのに走れないし、マジで狂うかと思った。この先俺がちゃんと生きてけるかどうかが自分でも心配でしょうがない。
そんな中でもなにもいい事が無かった、と言う訳でもない。
これまで貯め込んだ戦闘の経験値(樹海出た後からね)の甲斐あってか、スキルが全部仲良く1Lvづつ上がった。
今のところ【Snow:スカウト:Lv50】の、スキルが【小剣:Lv1】【片手剣:Lv49】【短弓:Lv1】【索敵:Lv48】【隠密:Lv48】と言った感じだ。
うーん。もうちょっと頑張りたかったなぁ。やっぱLv上げてこそMMORPGだと思うし。しかし敵が俺と適正じゃないからどうにもならん。
いや、そんな事よりも重要の事がある。アレだ、アレ。もう俺の身体が疼いて止まらない。……行くぞっ!
「――――――レッツダアァァァッシュッッ!!」
ひゃっふ――――っ! と奇声とか上げながらスキップする。偶に小躍りとかも加えて俺は走っていく。
湿った空気が全身を叩く。
ジメジメした空気はあんまり好きじゃないが、それが走る時に受ける風となれば話は別だ。
「おぉぉ――――っいえぇぇ――――いっっ!!」
鼻唄が出る勢いで俺のテンションが上がっていく。……あ、いや、鼻唄とか通り越して叫んでるわ、俺。
◆◆◆
そんなこんなで走る事数分。
町に着いた。――――の、だが……
「ど、どこだ? ここ」
見上げる町の入り口である門を見上げて、呟く。
「湿った町〈ドンプティン〉……?」
所々に苔の生えた木製の門に刻まれた文字を読み取り、また俺は困惑顔になる。
「いや、本当にどこ……?」
俺はキョロキョロと周りを見回していると、町の中に居る人がこちらにあるいてくる。額に紋章が無いから、プレイヤーかな?
「お前、誰だ? 見たところNPCじゃないようだが……、だれが〈hah 〉に入れたんだ? カンヅキの奴か?」
どこかの山賊みたいな顔をしたチョイワルオヤジみたいのが、魔法使いのローブを着込んで、俺の身長とさして変わらない長い杖をつきながら、俺に凄んでくる。……何だこのミスターミスマッチ。
いや、それよりも疑問に残る事があった。
「えっと、〈hah〉って何です? それとカンヅキって?」
「……はぁ? お前、何言ってんだ? ここに居るってことは〈hah〉に入って新しい町までの地図をもらったからだろ?」
「いやだから、新しい町とか、地図とか、それ以前に〈hah〉って何なんですか?」
「……、まさかお前、クローズドβの経験者か?」
「へ? 違いますけど?」
「……お前、何もんだ?」
おおう? なんか疑われているらしい。何故だろうか? 生まれてこのかた犯罪なんかに手を染めた覚えもなく清く正しく生きてきたし、この世界でも特に突出した事はやっていないような気がするのだが……
……いや、そうでもないかもしれん。
兎に角、どう答えようか。
いきなり「何もんだ?」とか言われてもいまいち答えが見つからない。……なので、無難なの言っておこう。
「旅人です」
にっこり。出来るだけ爽やかな笑顔を意識して言う。
――どうだ、コレ。
ファンタジーで身元不詳と言えばこれだろ。……え? 違うって? まあ、細かいこと気にすんな。 その証拠に目の前の山賊顔のおっさんもポカーンと大きく間抜けに口をあけて――、驚いてらっしゃる? え、これじゃ納得できない?
「旅……、人?」
「ええ、まあ」
「お前、ほんとにプレイヤーか?」
「ええ、まあ」
俺が単一の返事しか出来て無いのは、ズイッと顔を寄せ、さっきより凄みというか睨みが鋭くなったからだ。下手したら追いかけられたモンスターの大群なんかよりずっと怖い。……このお方どこのヤ〇ザ?
「まあ、良い。何でも無い、気にするな」
「ええ、そうですね」
「……何がそうですね、なのかオレにはいまいち分かりかねるが、この街じゃ殺傷行為は控えろよ。オレが飛んでって粛清してやるからな」
「ええ、はい。そうします」
俺がそう頷くと、「引きとめてすまなかったな」と言ってからスタスタと速足で街中に消えていった。顔に似合わず意外と礼儀はあるらしい(失礼)。
「……にしても、粛清って……」
なんか番長みたいな存在なのかも知れない。……いや、ただ牛耳ってるだけ? そうじゃない事を祈る。
「とりあえず、入ってみるか〈ドンプティン〉!」
俺は偶然見つけてしまった新たな町に心躍らせてスキップぎみで町の中へと入っていった。
……というか俺は方向音痴なのだろうか……? こんな町に辿り着いてしまって……、今後が激しく不安だ。
◆◆◆
散々歩いたが、湿った町〈ドンプティン〉の感想はこうだ。
「……男ばっかでむさ苦しいな……」
女性が圧倒的に少ない。
始まりの町〈ユーレシア〉に比べて比較的小さい町の中を歩いているプレイヤーは全て男。その他に、売り子をしているNPCも八割は男。もうむさ苦しいったらありゃしない。
「とりあえず、色々売って金手に入れて、宿を探さないとだな」
俺はさっき通った露店街への道をたどり、歩いて行く。
流石“湿った町”と付くだけあって町の空気全体は湿っぽい。
そして俺が今から行く露店街は、基本プレイヤー運営である。稀にプレイヤー不在の時の売り子としてNPCを雇っているところを見かけるが、それなりにお金がかかるらしくあまり見かけない。
そんなわけでつきました露店街。
町特有の元々の湿った空気とむさ苦しい男の空気が混ざり合って……なんつーか、息苦しい。
とりあえず並ぶ露店の中でも出来るだけ爽やかなイケメンの露店を選ぶ。山賊みたいな顔の人や、でぷっと太ったサラリーマンの様なヤツよりは幾分マシだ。
「らっしゃい! どのアイテムをお求めで?」
ライトブラウンの癖っ毛に、スッと細められた糸目。口は三日月の様に吊り上がっている。にぱーっと愛嬌をふりまきながら笑う様は、どこか胡散臭い気がする。
威勢の良い掛け声のイントネーションは、どこか関西系のなまりに感じる。本物かどうかわからないが。
「あー、いや、買うんじゃなくて売りたいんですけど」
「おーけい、おーけい。じゃ、あい」
そう言うと、目の前に前にも見たトレードウィンドウが現れる。
俺はそれに今から売る物を入れようと【アイテム】のウィンドウを開き、物色していく。これまでの旅路(?)で手に入れたアイテムを放り込んでいく。
ポンポンと軽快にウィンドウにアイテムを詰めていくと、俺の手が不意にピタッと止まる。
「? どしたん?」
「……いや、何でも無いです。ちょっと待っててください」
「あいよー」
俺が指差す先にあるアイテムは――、
《漲るゴボウゥ》
【森の中を練り歩く巨大な大樹の根の先。長寿の大樹では無いと根が“ゴボウゥ”になる事は無く、非常に珍しい。ちまたでは珍味とされ、貴族にも受けが良い。シャキシャキとした食感が絶品である。生でもイケる。むしろ生のがイケる。】
《漲る根棒ゥ》
【森の中を練り歩く巨大な大樹の根の先が長年の時を経て硬質化し、細い棒状に凝縮された“ゴボウゥ”。ただの根っこ、ただの牛蒡、ただのゴボウゥと侮るなかれ。鋼にも近い硬度に達した“棍棒ゥ”は武器として店で売ってる鉄の棍棒よりも余程役立つ。しかし、それを振るって戦う姿は非常にマヌケに見えてしまうのが難点。】
――――おおう。なんだこれ。
あんの《漲る大樹人》め、こんなモノを落としてたのかよ。
非常に処分に困るモノを……
ゴボウゥの方は食べるにしても、棍棒ゥの方はどうするか……
俺はそんなことでため息を吐きながら、ジッとアイテムの欄を凝視し続けた。
出来てしまったので勢いで投稿しました。次は少し間があきそうです。
ジメった場所を抜けた先で俺は、まさかのゴボウと棍棒を入手していたことに気がつく。